第四章:03
ちょっと間があいてしまいました。
某サイトの某アニメ化企画のSF・ロボット部門に応募していたもので……
・・・
ざああ、と大量の水しぶきがどしゃぶりの雨のように床を打つ。
もはや本来の住人は誰もいなくなったフェイスダウンの要塞上で、三人のアルカーが
対峙しあっていた。
(アルカー・ヒュドール……)
ノー・フェイスはじりっ、と足元のつぶてを踏みにじりながらヒュドールの動向を
注視しつつ、思考を巡らせる。
アルカー・ヒュドール。正体は刑事局長、天津稚彦。
いったいいつからCETを……いや、人類を裏切っていたのか。やはり、最初からだと
見るのが道理だろう。単なるスパイではなく、フェイスダウンにとっての最高機密
"精霊"を宿しているのだ。CETの設立まで含め、連中の手のひらにあったということか。
この先突き上げを喰らうことになるだろうあわれな御厨への同情はさておいて、
目の前の男がこの場に現れた意味を把握する必要がある。
先のとおり、この男はフェイスダウンの中でもけして軽んじられる立場ではないはずだ。
その男が明確に、組織に叛旗をひるがえした。かといって、CETの味方になるつもりが
ないことも明白である。もしその気があるなら、こちらを挑発するような行為を
繰り返すはずもない。
二対一の状況ではあるが、実際のところ侮れるものではない。
キープ・フェイスと死闘を繰り広げぎりぎりのところで渡り合ったこちらに比べ、
奴はじっと時を待ち最後の最後で勝利をもぎとっていったのだ。当然、
ダメージが蓄積されたこちらに対し相手はまったくの無傷だ。
ふりかえりもしなかったが、アルカーもまた焦れていることが伝わってきた。
ノー・フェイスと違って軽く手合わせした経験のある彼は、相手の実力を
ある程度察しているのだろう。強敵を屠ったあとだけに、もしこの場で
仕留めにかかられたらあやうい。
だが……
(……その可能性は、うすいはずだ……)
アルカーのマスクはもとより感情を読み取れないが、ヒュドールのリング状になった
それは特にわかりづらい。その下にあるはずの人間としての顔も、もともと
考えてることを察しづらかったのだが。
警戒をむき出しにしたこちらに対し、青いアルカーはひょうひょうとした態度で
力を抜いて立ち尽くし、軽く空を見上げている。おそらくはその先にある、
――フェイスダウンの総本拠地を見ているのだろう。
(こいつの目的は読みづらいが、手段は推測しやすい……)
ヒュドールとしての正体を現してからの天津は、行動すべてがこちらを誘導している。
フェイスダウンの海底基地を暴露し、アルカーをそこに送り込んで暴れさせる。
その間に奴はまんまと改人たちを連れ去り、自身の戦力に引き込むことに成功した。
いまや改人たちの行方は、まったくわかっていない。
そして、今。キープ・フェイスとアルカー、ノー・フェイスが激突しているのを
ただじっと静観し、最後の最後にとどめを刺した。
利用しているのだ。アルカーと、ノー・フェイスを。
そして自身は最小限の労力で目的を達成する……さすがに、老獪な権力闘争を
勝ち上がってきたエリートなだけはある。化かしあいで勝てるとは、
思わない方がいいだろう。
今の戦いとて、最後まで姿を見せないという選択肢もあった。それでもわざわざ
手をくだしにきたのはよほどキープ・フェイスに恨みでもあったか。
もしそうでないとすれば――
(まだ奴は目的を果たしていない)
狙いが、ほかにある。
そんなこちらの逡巡を知ってか知らずか、ヒュドールはあたりの残骸を漁りはじめた。
まわりの瓦礫とまざってしばらくわからなかったが、どうやらそれは
キープ・フェイスのなれの果てのようだ。
しばらくして何かを持ち上げる。四角いクリスタルのような――
「……電子キーか?」
「マスターキーだ」
フェイス戦闘員はロックされた扉を直接通信で開くことができる。が、改人たちは
その機能がないらしく、特殊なキーで施設を出入りしている――とは、
先日アルカーが捕虜にした改人の情報だ。それをヒュドールが手にした。
「キープ・フェイス、フルフェイスはおまえたちを呼び寄せるつもりだったからな。
これを渡す算段だったわけだ」
「――!」
その言葉に、ヒュドールの思惑を察する。
即座にとびかかろうとするが、すでに遅い。
手がとどくはるか手前で、ヒュドールの姿が光に包まれ、消えた。
「ちぃッ!」
「ヒュドールは、本拠地にむかったのか!?」
舌打ちにこたえるように、アルカーが問いかけてくる。
「……さっきのキープ・フェイスの話を、おぼえているか」
「精霊は二つで一つ……か?」
ぎりっ、と伸ばした指を握り締め、くやしげにアルカーに問いかける。
精霊は、二つで一つ。アルカー・エンガは本来、炎と雷の精霊、
その二つがそろって真の力を発揮できる。
ならば……
「……当然、奴が宿している"水"の精霊も――」
「二つで一つの存在……そうか、"地"の精霊を……!!」
アルカーも合点がいった様子であとをついだ。
「ヒュドールもまた、地の精霊をとりこむことで真価を発揮できる……
なら、奴はホデリを狙いにいったはずだ」
がんっ、と鋼鉄の床をたたく。誰も彼もが、あの少女たちのことを
利用すべき道具としてしか見ていないことが、どうしようもなく腹立たしい。
その肩にかるくアルカーが手を乗せ、なだめる。
「だが、ホデリとホオリはフルフェイスのもとにある。皮肉な話ではあるが、
奴のもとにいる限りヒュドールには手出しできないはずだ」
「だが、オレたちがたどりつくまでに何かしらの策を講じているはずだ。
一刻もはやく、フェイスダウンの本拠地に乗り込まねば……」
ヒュドールが目的をはたすにも、フルフェイスが本懐を遂げるにも
アルカーとノー・フェイスがフェイスダウンの本拠地にたどり着けなければ
話にならないはずだ。
フルフェイスは、炎と雷の精霊を迎合させるために。ヒュドールは、
ノー・フェイスたちにフルフェイスをぶつけその隙をぬって地の精霊を
確保するために。
なら、決戦場に向かうための手立ては必ず残されているはずだが……
「……御厨たちを呼ぼう。ここから先は、捜索の専門家たちによる
人海戦術が必要だ」
「……そうだな」
アルカーの言葉にすこし、肩の力を抜く。
くしくも、キープ・フェイスに彼が言い放った言葉を思い出す。
(仲間だ。俺が届かない誰かに手を伸ばしてくれる、俺と同じ力を持った誰か。
同じ志を持った、誰かが! 一人でもいれば、俺の力は無限大に膨れ上がる。
俺だけが持つ無敵の力など、必要ない!!)
(……まさしく、だな)
もしもノー・フェイスがキープ・フェイスを一対一で倒す力を得ていたとして。
結局はヒュドールが現れ、戦利品をかっさらって出し抜かれていたことだろう。
今、ヒュドールやフルフェイスの思惑を上回るにはCETや自衛隊にすべてを
任せるしかないのだ。
すこし、哀れに思う。
改人はともかく、フェイス戦闘員はそのすべてが目的のために身を投げ出せた。
キープ・フェイスも、ジェネラルも、その隷下すべてが。
裏をかえせば全員が代替可能な手ごまでしかなく、だからこそキープ・フェイスには
『信頼』できる仲間、などは存在しなかったのだ。
信頼などされず、自他とわずその身を使いつぶすだけのフェイス戦闘員。
己の身以外になにひとつ頼むものがなかったキープ・フェイス大戦闘員。
はたして、どちらがより哀れだったのだろうか。
(フェイスは……)
憎んですらいたはずのフェイスだったが、はじめてその存在意義にも思いを
めぐらす。そう、存在意義だ。
ノー・フェイスは、幸運だった。生まれながらに強い自我を持っていたがゆえに、
自分がどう行動すべきか、己自身で定めることができた。
だが、フェイスは。フェイスたちは。
(赤子のように導かれ、与えられた道をただたどるしかなかった同胞たちか……)
あるいは――彼らはただ単に、導かれ方を誤っただけなのだろうか。
生まれてから機能を停止するまで、奪うことしか教えられなかったはらから。
あるいは――ほかの導きがあれば――
(――考えても、益体のないことだな)
邪念を振り払い、水平線に視線を巡らせる。
夜の闇が、近い。
・・・




