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今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?  作者: marupon
第四部:『アルカー・テロス ~我はアルファであり、オメガである~』
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第三章:05



・・・



日が落ちようとしている。




駿河湾に半ば沈みかけた太陽が、海面を赤く染め上げる。そこに浮かんだ

いびつな鉄の要塞もろともに。それはまるで、血を流さないフェイスや改人たちの

死骸のかわりに、血の海を浮かび上がらせているようにも見えた。



(……感傷的な表現だな)



らしくない。

ノー・フェイス自身、そんな詩的な表現を自然に思い浮かべたことに驚いていた。


戦闘中にそんな益体もないことに意識をとられるのは、自殺行為だ。

にもかかわらず五感はさえわたり、紙一重でキープ・フェイスの手刀を

くぐりぬけることができた。



身体が、軽い。



躯体に蓄積された疲労はむしろピークに達している。いかに人造人間たる

フェイスとはいえ、稼働すればするほど能率が落ちる点は人間と変わらない。

ましてやノー・フェイスはつい先日フルフェイスと対峙した際のダメージが

回復しきっていないのだ。本来なら、動きは鈍る一方のはずだ。



にもかかわらず、ノー・フェイスの意識は彼自身の全身を完全に支配していた。

指先ひとつひとつ、人工神経の一本一本まで制御しきっていることを

強く実感していた。あるいはそれは、まやかしの感覚かもしれないが。

事実として先ほどまで翻弄され続けたキープ・フェイスの動きに、かろうじてながら

ついていくことができている。



("精神"が……これほどまでに、肉体に影響をおよぼすとは!)



心が、軽い。



ほんの少し前までちりぢりになりそうなほど惑っていた自分の心が、

今はおどろくほど凪いでいる。アルカーの言葉が、迷いを払ったのだ。



(ずっと、考えていた。オレは……オレは真にアルカーには、なれないと)



アルカーのような強さはえられない。えられないことが問題なのではなく、

彼の力になりきれないのでは、という恐れがあったのだ。



しょせん、自分はフェイスダウンの創造物。彼らの走狗だったものにすぎない。

アルカーの……人間、赤城火之矢とは違う。同じ力は、得られない。

そのことは誰よりもノー・フェイスが痛感していた。


だからこそ……だからこそ、もっと正しい道があるのではないか?

この力は……本当に自分が持つべきだったのか?



その惑いはキープ・フェイスによって形をもって突き付けられた。

ずっと恐れてきた真実を、知らされてしまった。



だというのに。



「ノー・フェイスッ!!」



アルカーが叫び、何も言わずそれに応えてキープ・フェイスの足元にすっと

己の足をさしだす。攻撃ですらない、ただ足を相手と交差させただけだ。


が、その動きはキープ・フェイスの動きにわずかな乱れを生み出す。

ノー・フェイスの足を避けようと左足を持ち上げたところに、

アルカーがその足裏につま先をひっかけ、蹴り上げる。


結果、キープ・フェイスは体勢を崩されて上体がかしぐ。


「ちっ……!」



キープ・フェイスの軽い舌打ちが集音センサーがとらえる。その響きは小さく、

おそらくつい漏らしてしまったものだと察せられた。



「焦れたか、キープ・フェイス」



相手の神経を逆なでにするため、あえて挑発する。さすがにそれで簡単に隙を

見せるほどぬるい相手ではなかったが、返答がわりに返ってきた足刀には

やや雑さがにじんでいた。



「理解しがたいだけだ。状況は何一つ変わっていないのに、

 無駄に自信だけあふれている貴様らがな!」



キープ・フェイスの足刀を打ち払い、後ろ回り蹴りを見舞う。

が、相手の言う通りこちらの攻撃が通用するようになったわけではない。

キープ・フェイスは打ち下ろした足をそのままばねにして飛び上がり、

こちらの回し蹴りを避けつつノー・フェイスの両肩にかかとを叩き込む。



たまらず強打された首筋を抑えながら崩れ落ちると、肩に落とした

両脚をそのまま首に巻き付けてくるキープ・フェイス。先ほどまでの

容赦をかなぐり捨てて首をへし折りにくるが――



「"アタール・ヘイロー"ッッ!!」



――飛来した炎の光輪を回避するために脚をほぐし、跳び上がるキープ・フェイス。

光輪はノー・フェイスの頭をわずかに1mmほどかすめて飛んでいく。



「――見ろ。ほんの少し、俺が殺気をだすだけでもうお前たちは追いつめられる。

 今も、あやうく機能停止する寸前だったろう?」

「だがまだ動いている」



ここに至ってもこりずに煽るキープ・フェイスだが、ノー・フェイスはもはや

なびくこともなく傲然と言い返す。



「かろうじてな」

「運がよかったから、ではない。

 オレの後ろには、アルカーがいる。アルカーの後ろには、オレがいる」



軽く、首をもたげるキープ・フェイス。あきらかにいらだっているのが見て取れた。

だからといって動きに精彩を欠くわけではないところは、さすがの一言だが……。



「……それがこの戦いにどう関係する? 二つに分かれた力は、

 それぞれ半分以下の強さしかない。そのことに変わりはない」

「なら、その"強さ"を今、見せてやろう」



小さな小さな舌打ちが聞こえてきたのは、前にいるキープ・フェイスからではなく

後ろにいるアルカーからだ。おそらく、ノー・フェイスがやろうとしていることを

察したのだろう。



(悪いな)



心の中で軽く詫びながら、半身を沈めながら突進する。

たしかに今から彼がしようとしていることはリスクが大きく、そのわりにリターンが

大きいとも言い難い。いささか冒険というにも無謀な行為だが、実際のところ

キープ・フェイスとの実力差はいぜんとして大きく開いている。


それを埋めるには――相手の意識にわずかな空白がある今がチャンスなのだ。



(奴は、オレたちの"力"をあなどっている……)



後ろに流れていく風景がスローに見えるほど意識を研ぎ澄ませながら、

キープ・フェイスの動向に神経を張り詰めさせる。こちらのタックルを

よけようともせず、真っ向から叩き潰すつもりのようだ。




キープ・フェイスは――自分のスペックに絶対的な自信をもっている。

それはこれまでのやり取りからも、戦闘スタイルからもはっきりと伝わってきた。

その自信は過信とは言えまい。おそらく、アルカーとノー・フェイスはおろか

ここにヒュドールや大改人があらわれ加勢したとしても、こちらに旗色が向くとは

言い難い。



だからこそ。

だからこそ……キープ・フェイスはアルカーとノー・フェイスをあなどっている。

"誰よりも強い己"に確固たる信頼をおいているがゆえに、"半分の力しかない二人"を

評価していないのだ。



(そこに――隙が、ある!)



裏をかえせばこちらをあなどっている、今が好機なのだ。

相手がこちらの評価を少しでも見直せば、勝機は失われる。



(なら――!!)



・・・



(――粗忽ものが!)


内心憤りながら、キープ・フェイスは走り寄るノー・フェイスを迎え撃つ。

彼に言わせれば、この未熟者の動きはあまりにわかりやすい。

すなわち、なかば捨て身になってアルカーに攻撃のチャンスを与えようというのだ。



予想どおり、ノー・フェイスはフェイントをかけることもなく勢いのままに

キープ・フェイスに組み付き、止まることなくもろともに突き進む。

そして鉄の大地を蹴り飛ばすと高く飛び上がり、そのつま先を塔の壁面に

めりこませて駆け上がっていく。



キープ・フェイスはあえて逆らわない。逆らう必要がない。

ノー・フェイスのやろうとしていることはすべて、見抜いているからだ。



(単なる肉体のスペックだけではない。それを活かすためのソフト……

 ためこんだ、"経験値"が違うんだよッ!)



ふつふつと怒りがわいてくるのは、いまだにそんな粗雑な戦法が

キープ・フェイスに通じると勘違いしているノー・フェイスの愚かさに

憤りを感じているからだ。



ノー・フェイス……フェイス人造人間はキープ・フェイスのボディデータを

そのまま用いられて製造される。だがその肉体を制御する精神は個々によって違う。

人間たちから奪い取ったエモーショナル・データによって生まれた自我が

それぞれのボディを御するのだ。



(だったら……だったらおまえたちは、もっとその身体を

 うまく扱えるはずだろう!)



フェイスたちは人間よりも優れた存在だ。すくなくとも、それを目指して作られた。

感情にふりまわされ、己の肉体すらもてあます人間とは、違うのだ。



だというのに。

だというのに、なぜこうも無様な戦い方しかできないというのか。

なぜ――間違って手に入れた力を手放し、正しく在る場所に戻そうとしないのか。

あまたいるフェイスの中でただ一体反旗を翻した仮面は、"うっかり"手に入れて

しまった力に、拘泥しているというのだろうか。



(灸を喫えてやる……)



キープ・フェイスを抱えたまま塔を駆け上るノー・フェイスは、今や地上から

数百mはあろう位置に達していた。



キープ・フェイスにはわかる。

このあとノー・フェイスは身をひるがえし、塔から離れて空中へと躍り出る。



はたして予想した通り、ノー・フェイスは片足で壁面を強く蹴り、

もう片足をキープ・フェイスの片足に巻き付けきつくしがみつき、

けして離さないよう抱きしめたまま――宙に跳んだ。



(そして――)



無様にしがみつくノー・フェイスから地上へ意識をうつす。

その視線の先ではアルカーが後方に宙返りし、その両脚をこちらに向ける。



ヴォルカニック・ストナー。

炎の精霊の力を"力ある言葉(ロゴス)"で引き出し、超高速・超高熱の

跳び蹴りを叩き込む技だ。全力のそれを無防備にうければ、

いかなキープ・フェイスとてダメージはまぬがれない。



まともにあてられれば、だが。

当然、隙だらけのそんな技で致命傷を受けるような彼ではない。



(だから――)



再び意識をノー・フェイスに向ける。

こちらもまた、"力ある言葉(ロゴス)"をとなえている。



ライトニング・ムーヴ。

雷の精霊の力を引き出し、疑似的に光速へ到達して移動する技だ。

その勢いを利用し、キープ・フェイスの防御を崩して真っ向から

ヴォルカニック・ストナーにぶつけるつもりなのだ。



(それが――)



それが――



「それが、粗忽だと言うのだ……!」



ライトニング・ムーヴが発動するその直前、間抜けなノー・フェイスに

怒りを込めて罵る。



ライトニング・ムーヴは疑似的に光速に到達する。が、光速で移動している間は

現実に干渉できない。移動を終了した一瞬だけ、運動エネルギーが発生する。


だが真に光速ではないといってもその際に生じる衝撃は甚大なものだ。

そこにヴォルカニック・ストナーが直撃すれば発生する威力は計り知れない。



とうぜん、しがみついたままのノー・フェイスもただでは済まない。

となれば、ライトニング・ムーヴを終了させる時は自分が

ヴォルカニック・ストナーから逃れるだけの隙を残していくはずだ。

そして、キープ・フェイスだけをぶちあてる。



(バカが……!)



これほどまでに実力差を見せつけられて。

『ノー・フェイスが離脱する瞬間』をキープ・フェイスが捉えられないと、

いまだに思っているのだろうか。



キープ・フェイスにとってみればその程度の芸当は軽くこなせる。

ノー・フェイスの挙動に意識を集中させれば、いつ離すつもりなのか

察知するのはたやすいことだ。あとは、逃げるつもりのノー・フェイスを

逆にヴォルカニック・ストナーに押しやればいいだけだ。



(むしろ、それで死なんでくれよ……)



どちらかというとそちらを危惧しながら、ノー・フェイスの全身に注視する。

0.001秒、0.002秒、0.003秒と過ぎていく。キープ・フェイスにすれば

無限にも等しい時間の長さだ。



(……)



ノー・フェイスが"力ある言葉(ロゴス)"を唱えおわる。

全身に青白い雷電がまとわりつき、光速への道へいざなっていく。



(……?)



時空がゆがみ、物理法則を()()()()()

二人の身体に無限大の加速度が加わっていく。



(………………!?!?!?!?!?)



そして光速へと到達するその一瞬前、キープ・フェイスは己の読み違いに

ようやく気付いた。






わずかな間。人間の意識には"間"とすら認識できない、ごく一瞬の空白。





赤く染まった海の上に爆炎と雷光が暴れ狂い、沈む太陽よりもまばゆく光った。



・・・



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