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今度のヒーローは……悪の組織の戦闘員!?  作者: marupon
第四部:『アルカー・テロス ~我はアルファであり、オメガである~』
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第三章:04



・・・



正直なところ、キープ・フェイスにも多少ならぬ動揺があった。



アルカー・エンガ。アルカー・アテリス。

分かたれた二つの精霊を一つに戻すこと。それこそがキープ・フェイスが

単騎で二人を待ち受けていた理由だ。


その目的のためにはもはや数で押しつぶす、などという手は通用しない。

改人、大改人をけしかけて窮地においやり、力の覚醒をうながす――

という、これまで取ってきた手では達成できないのだ。



なにしろ、精霊を宿す分にはある意味たやすい。精霊たちが望めば、それでいい。

だが一度宿ったものを引き剥がし、再度融合させるには適合者たち自身が

その自覚を強く持つことが必要なのだ。

ただ、追い詰めればよいというものではない。




だからこそ、キープ・フェイスは細心の注意を払って彼らを追い立てた。

うっかり壊さないように、しかし余裕は与えないように、おそるおそる――




彼我の戦力差は圧倒的だ。

キープ・フェイスは二人がかりであろうとこの未熟なアルカーたちに

遅れをとることはないし、そのことは彼らにも伝わったはずだ。




勝てない。このままでは。




――アルカーたちは、そう痛感したはずだ。その印象を植え付けることに

キープ・フェイスは全力を注いだ。

その目論見が外れた……とは思えない。それだけの実力差は見せつけたはずだ。

そこに真実を教えてやる。精霊の力の本領を。



(選ぶはずだ……)



絶対に勝てない、絶対に勝たなければならない相手。それを前にした以上、

アルカーたちに選択肢はない。こちらが()()を促していることは

察しているだろうが、それでも選ばざるをえないはずだ。


いや。


それ以上に――ノー・フェイスにとって、己の根底をゆるがす真実だったろう。



生まれたばかりの幼い自我に芽生えた憧憬のままに、無謀にも造反し。

そのまま機能停止を待つばかりだったところにまったくの冥加に

手にした、"英雄"の力。さぞかし舞い上がったことだろう。



それがぬか喜びだった。

自分はただ道に落ちていた玉璽を拾っただけであり、本来持つべきものが

すぐそばにいることも知らず、まるで自身が皇帝になったかのように

浮かれあがっていただけだと、突き付けられたのだ。



(……奴は、奴が抱えていた憧憬だけは本物だろう)



力を手に入れ、ただそれを笠に着て暴れていただけの改人どもとは違う。

己に宿った精霊を最大限利用し、目的――フェイスダウンから人々を守る、

という青臭い使命を果たそうというその気概は、確固たるものだった。

そこは、さすがは己が眷属だと認めるに足るものだった。


だからこそ、突き付けられた事実に目をそむけることはできないはずだ。

いや、実際にノー・フェイスはあきらかに浮足だっていた。

キープ・フェイスを前にしているにも関わらず気もそぞろになり、

目の前の敵ではなく己の内面に目を向けてしまう。改人でさえ今の

ノー・フェイスの隙をつくのはたやすかっただろう。


それほど奴は、動揺していたのだ。

――もう一押しすれば、精霊を拒絶してしまうほどに。



だというのに――



(――なぜ貴様が否定する!?)



今度は逆に、己自身がうろたえていることをキープ・フェイスは

認めざるをえなかった。



呆然としたノー・フェイスの意識に叱咤をかけたのは、アルカーの言葉だった。

あろうことかこの男は、精霊の本領を否定したのだ。



「……たかが知れた、とはずいぶん言ってくれるものだ。

 現実が見えていないわけではあるまい? 今の貴様は、本来得られたはずの

 半分にも満たない程度の実力しかない。この俺に、この俺ごときに

 手も足もでない情けない力しか、な」

「うぬぼれるな」



あえて高圧的に、未熟なアルカーを威圧するように脅しかけるが意に介さない。

虚勢をはっているでもなく、心の底からキープ・フェイスの話に

意義をかんじていないようだった。



愚かだからではあるまい。いまさらこちらの話を斬って捨てるような

考えなしでは、これまでの熾烈な戦いを生き抜けようはずもない。


キープ・フェイスの言葉を真実だと認識したうえで――

"聞く価値がない"と本気で思っているのだ。



(なぜ、貴様がそんなふうに思える!!)



アルカーの放つ雑な短い一言が、キープ・フェイスをいらだたせる。

そのいらだちを表に出すほど未熟ではない。


そう、自身の感情を制御できる"フェイス"と違う、感情にふりまわされる

"人間"であるアルカーが……なぜ、こゆるぎもしないのか。



「おまえは……おまえが本来手にした力。それはこんな小競り合い同然の

 戦いに用いられるようなものでは、ない。それこそ天地開闢に等しい――

 フェイスダウンをものともしない力だ! 貴様には、それを手にし損ねた

 歯がゆさがないと言うつもりか?」

「当たり前だ」



ざり、とアルカーが片足を前に出す。普段の奴の戦闘スタイルである

半身を引いた態勢ではなく、仁王立ちになる構え。

まるで、その背を誰かの目に焼き付けるような力強さに満ちた姿だ。



その背中にノー・フェイスの視線を受け止めながら、アルカーは

じれるキープ・フェイスへ言葉を続ける。



「――俺は、ずっと手を伸ばし続けてきた。貴様らの魔の手を振り払うために……

 襲われた人々を守るために。力、という点でいえば俺はその時すでに

 十分な力を持っていたはずだ。少なくともフェイスたちを薙ぎ払うに

 必要な分の力は……」


わずかにアルカーが視線を落とし、己の手を見つめる。

矛のように鋭く伸ばしたその指を、鋼鉄をもやすやすと斬り裂くその手を

まるで頼りない命綱でも握っているかのように、弱弱しく。



「それでも俺の手は二つしかない。この身体は、一つしかない。

 ――貴様にわかるか? 二人に一人、どちらか片方しか救えない。

 そんな非情な二択を迫られ続ける焦燥を。

 時にその道理をねじ伏せるために無謀で押し通すしかない、恐怖を

 ……俺はずっと、その恐れと戦ってきた」

「……」



絶望的に強大な敵を前にして、アルカーはキープ・フェイスに向けて語っていない。

その言葉はほんとうのところ、背後にいるノー・フェイスに向けられている。

そのノー・フェイスも呆然としたまま、アルカーの背に目を吸い寄せられたままだ。



まるでキープ・フェイスのことなど忘れたかのような両者に、いますぐ押さえつけて

その減らず口を閉じさせたい苛立ちをかろうじて抑え込んだ。

キープ・フェイスの目的はアルカーたちをたたき伏せることではないのだ。

今ここでアルカーの言葉を力づくで押し止めるのは――何かに敗北することだと、

人造人間の祖たる存在は理解していた。



何に敗北するのかは、わからなかったが……。



「おまえは、強い。だがおまえの強さは切り捨てられる者の強さだ。

 貴様の目的が何なのか俺は知らない。だが、そのために必要とあらば

 改人はおろか、フェイスどももいくらでも使いつぶすのだろう」

「それが『戦闘員』たるゆえんだ」


いくぶん憐れみを込めたアルカーの声にむしろ誇りをもって答える。

わが身可愛さに裏切りさえする改人と違い、フェイスにはただの一体も

目的より自身の安全を優先するものなどいない。ジェネラルとて、

必要であるならいくらでも挺身することだろう。



ただ命令にしたがう、というだけの話ではない。何が必要とされるかを

確たるものとして理解し、恐怖を制御し目的を果たすためにすべてを

費やすことができる。それこそが人造人間・フェイス戦闘員の真価なのだ。


それを誇りに思いこそすれ、後ろめたく思うことなどなにもない。



「だから、おまえは理解できないんだ。いざとなれば自分がやればいい。

 圧倒的な、絶対的な力を持つ自分が一人で目的を果たせばいいと――

 フェイスも、改人もそのために消費する駒としか見ていないおまえには」

「わからんな。お前たちが善しとするか悪しきとするかはそれこそ

 知ったことではないが、それは純然たる事実だ。

 必要な分を使い、必要なことを為す。ある意味ではそれこそが、

 フェイスダウンの力だ。お前たちを凌駕する力だ」

「おまえ自身も、使いつぶされるのか?」



おもわず鼻で笑ってしまう。少し、苛立ちが紛れた。



「当然だ。必要とあればな。

 おまえたちがそれを好まないのは知っているとも。己の欲望を――

 自身の感情を最優先にし、やらねばならないことから目をそむける。

 何も自己犠牲の話だけでもない。日常の、ほんの些細なことさ。

 それが積もりに積もって――お前たちの社会は、ゆがみを抱えた」

「そうだな。ある意味ではその通りだ」



はじめてアルカーが、キープ・フェイスの言葉を肯定した。

だがそこに含みを感じ取り、軽く首をかしげる。



「手の届かない者まで、救いたい。己の身を犠牲にしてでも。

 俺はそう望んでしまう。仲間の制止を振り切り飛び込みたい衝動を、

 どれほど耐え忍んできたか」



ぎりっ、とアルカーが手を握り締める。そのほんの些細な動きさえ

キープ・フェイスの癪にさわって仕方がない。



「俺が死ねばおまえたちに対抗するものはいなくなる。

 そんなことは……そんなことはわかっている! それでも、

 それでも俺は――みんなを救いたくて、アルカーの道を選んだんだ。

 ああ、そうさ。それが俺の傲慢さだ!」

「その願いは、精霊の真価を手にすれば――」

「不可能だ! 可能ならば、貴様らが許すはずがない」



内心かるく舌打ちする。たしかにフェイスダウンには対抗策が用意されている。

もっとも、そのぐらいは感づかれるだろう。

だからこそ一気に畳みかけたかったのだが……



しかしアルカーは思ったほどにそこには拘泥しなかった。



「だがそんなことが問題なんじゃあない。問題なのは……

 俺がどれだけ力を手に入れようと、俺は一人でしかないことだ。

 それでは……無限に湧き出る貴様らから、みんなを守ることができない。

 目の前にいる相手を一瞬で薙ぎ払えようと、その間に他の誰かが死ぬ!」

「誰かが死んでいる間に、俺たちを仕留めればいい」

「俺はそれが嫌なんだ!!」



まるで駄々をこねた子供のようにアルカーがわめく。

普段の厳しい戦士の姿からはかけ離れたその様に、嫌悪を抱く。



「ああ、キープ・フェイス。おまえはそんなわがままが嫌いなんだろう?

 できもしないことに、"必要な"犠牲すら嫌がる俺たち人間が、

 たまらなく鼻につくんだ」

「よくわかっている」



嘲笑を隠しもせず応える。だがアルカーは逆に憐れむような笑みを声に含ませた。



「だから、おまえたちはたどり着けなかったんだ。そんなわがままを通す方法に」

「……何?」

「簡単なことだ。人間は――おまえたちが自制できないと見下す人間たちは、

 みんな知っていることだ」



アルカーがほんのわずかに背後に視線をむける。その複眼がノー・フェイスの単眼と

交錯し、まるでたがいに力をわけあったかのように両者に力がみなぎっていく。



「仲間だ。俺が届かない誰かに手を伸ばしてくれる、俺と同じ力を持った誰か。

 同じ志を持った、誰かが! 一人でもいれば、俺の力は無限大に膨れ上がる。

 俺だけが持つ無敵の力など、必要ない!!」



熱風が吹きよせて、思わずたじろぐ。

いや、風など吹いていない。キープ・フェイスを揺るがせる風などあるはずがない。

揺るがしたのは……アルカーの気迫だ。


(俺が……圧し負けた、だと……?)


生まれて初めて"冷や汗"という感覚を覚える。

流す汗もない、作られた仮面だというのに。



「そうだ。あの夜。俺の目の前で、あの少女に伸ばした手が届かなかったとき――

 ノー・フェイスが代わりに伸ばしたその手にどれほど俺が救われたことか。

 俺に必要なのは、その手だ。俺以外が伸ばしてくれる両腕を求めていたんだ。

 おまえにはわかるまい、キープ・フェイス!!」



そう言い放ち、アルカーは……人間、赤城火之夜は人造人間の前に立ちはだかった。



・・・



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