第二章:05
先週はインフルエンザで死んでました……
・・・
――閃光が走り、轟音を立てて建造物のひとつが崩れ落ちていく。
その間にも爆炎が吹き上がり、別の建物を溶かしつくす。
その光源の合間に――三つの人影が飛び交っていた。
・・・
「――"ヴォルカニック・ストナー"ッッッ!!!」
「"サンダー・フォール"ッッッ!!!」
空中へ跳んだキープ・フェイスに向け天地から挟み込むように、
アルカーとノー・フェイスが"力ある言葉"を発動する。
噴火のごとく猛炎を立ち上らせ上昇するアルカーの蹴りと、
落雷さながらの勢いで落下するノー・フェイスの蹴りが、狙いたがわず
キープ・フェイスに突き刺さる。
――が。
「――ぬるいな」
どちらの蹴りも、当たれば鋼鉄の塊が消し飛ぶ威力だ。
にもかからわず、大戦闘員は片手で双方の脚を掴み、いなしていた。
「ぐッ……!!」
ぐるん、と一回転してその勢いのまま両者を投げ飛ばすキープ・フェイス。
ノー・フェイスは床を陥没させて埋まり、アルカーは空高く投げ出される。
そのまま、近場の塔を蹴って、空中のアルカーへと追撃をしかけてくる。
「――"フラカン……ッッ"」
「遅いわぁッ!!」
バランスの取れない空中でなんとか迎撃しようとあがくアルカーだが、
その防御ごと脚で打ち抜かれる。完全に目測が外れている。
キープ・フェイスの動きを捉え切れていないのだ。
腹に突き刺さった脚を起点にし、もう片方の脚で首をからめとられるアルカー。
拘束を外そうとあがくも、がっちりと絡めた足はそれを許さない。
さらにはどこから取り出したか、ワイヤーを投げるとアンテナらしきものに
投げて巻きつける。その遠心力を利用し――
――激突。
空中でアルカーを放し、塔にたたきつけたのだ。そうして自分は
悠々と壁を伝って降りてくる。
(く……!)
「なんだ、若造どもが。だらしがない」
ぼこり、と穴から身を起こすノー・フェイス。
蹴りを受け止められてから、わずかに二、三秒の出来事だ。
その間にこの大戦闘員はいくつもの攻め手をしかけてきた。
早い。速い、というよりも早いのだ。
あの大改人――シターテ・ルが目にも留まらない超高速を武器としていたのとは
ことなり、けして追いつけない速度で動いているわけではない。
だが、ノー・フェイスやアルカーが『次の一手』を打つころには、
キープ・フェイスは『二手・三手』をつないでいるのだ。
言ってみれば、同じ一秒でもノー・フェイスたちの三倍は行動している。
おそらく、戦略を組み立てる頭がこちらの何倍も優れているのだ。
たんに回転が早い、というだけではない。事前に予測のしようがない、
偶発的な事象にさえ的確に対応してくる。
(……行動の何割かは、勘にまかせて動いているな)
半分機械のような存在であるフェイス戦闘員が、勘に頼るなどというのも
皮肉めいた話ではあるが。おそらく、身を委ねるほど己の勘を信頼できるのは、
それに見合うほどの経験を積んできていることの証左だ。
がら、と瓦礫が崩れる音がしてアルカーが落下してくる。さすがに己も彼も
歴戦の勇士だ。あやうげもなく着地し、構える。
「……手ごわいな」
おもわずぽつり、ともれる。相当な強敵であることは覚悟していたが、
攻め手が思い浮かばない、というのはいささか厄介だ。
……それに、まだ本気など出してはいるまい。
「やれやれ……」
その証拠にキープ・フェイスは構えることもせず、腰に手をやって
こきりと首をならす。警戒している様子がまるでないが、こちらが動けば
着実に対応することだろう。
「……情けないな、ノー・フェイスよ」
「なに?」
アルカーに顔を向けたまま、こちらに失望したような言葉をなげかけてくる。
その言葉に一瞬気をとられ――反応が遅れた。
礫が眼前にせまる。手首の動きだけで、拾い上げていた瓦礫を投げてきたのだ。
アルカーやノー・フェイスがよくやる手だが――それをやりかえされるとは。
が、所詮つぶてだ。あえて肩口で受け、キープ・フェイスに向け前進し――
「――がッ!?」
――想像をはるかに超えた衝撃に、半身が吹き飛ばされる。
崩れた体勢を建て直そうとしたその一瞬に、キープ・フェイスはもう目の前まで
跳躍してきている。
とっさに膝の力を抜き、崩れ落ちるようにしてその手刀をかわす。
だがほとんど同時に放たれた蹴り上げには対応できず、顎を跳ね上げられる。
「……ちぃッ……!」
だが黙ってやられるつもりもない。跳びかけた意識をなんとか繋ぎとめ、
相手の足を掴む。そこに、猛然と吶喊してきたアルカーが体当たりをかます。
アルカーとキープ・フェイスが接触する、その刹那の攻防。
キープ・フェイスが空いた脚で膝蹴りを放ち、それをアルカーが肘で受け止める。
アルカーが右ストレートを打ち込めば、キープ・フェイスは半身を開いて受け流し
蛇のようにその腕を絡めとる。そのままへし折ろうとするが――
「――"ジェネレイト・ボルト"ォッ!!!」
ばりっ、とノー・フェイスが掴んだ箇所から雷光がほとばしり、
キープ・フェイスを縛り上げる。さしもの大戦闘員も、一瞬硬直する。
そこを逃さずアルカーが――
「"アルカー……"」
「――ぬるい」
――炎の拳を打ち放とうとしたアルカーが、突然姿勢を崩す。
見れば、足元の床が崩れ踏み外したようだ。
(――まさか、あらかじめ――!?)
アルカーの移動先と行動を先読みし、足元の床に衝撃を与え
崩れかけさせていたというのか。
アルカーが体勢を崩した一瞬で、拘束を解き放つキープ・フェイス。
そのまま――脚を掴んだノー・フェイスごと蹴りを放ち、アルカーに叩きつける。
「ぐぁぁッ……!!」
ふたりまとめて、吹き飛ばされ、幾度もはねてようやく止まる。
起き上がる一瞬は相手からすれば絶好のチャンスだろうに、
大戦闘員は首を傾げて見やるだけだ。
――もてあそばれている。
「ちッ……余裕綽々、という態度だな」
身体を払いながら、アルカーが悪態をつく。だがノー・フェイスは
相手の様子に何か別のものを感じ取っていた。
……それは、"同型"ゆえに感じるなにか、なのだろうか。
「……奴はただ遊んでいる……だけでは、ないように見える」
「なに?」
アルカーの問いかけには答えない。答えられるほど、
確信めいたものではないのだ。ただ、キープ・フェイスの視線からは……
こちらの精神を監視し、その心の隙をつこうとする周到さを感じる。
(……奴は、強い。だというのに、何を警戒している?)
そう考え――はたと気づく。
警戒している、とは限らない。
(何かを――待っている?)
警戒しているのではなく、何かが起きるのを待っている――
あるいは、こちらに何かをさせようとしている。
そう考えた方が、しっくりくる。
だが、何をさせようというのか?
「――惜しいな。惜しい奴だ、まったく」
キープ・フェイスの声にはっ、と意識を引き戻す。
この強敵を前にして気を散らすとは、油断もはなはだしい。
が、大戦闘員は仕掛けてくる様子はない。腰に手を当て、こちらを――
アルカーを、じっとみつめて語りかけてくる。
「なるほど、確かによく精霊の力を使いこなしてはいる。引き出してはいる。
だが……そもそも、その精霊が不完全では、な」
「……なんだと?」
不可解な内容に、思わずアルカーも疑念を返してしまう。
たしかに、こちらは精霊についてほとんど何も知らない。それに対し
超科学力をもつフェイスダウンは、我々が知らないことも把握しているのだろう。
だが、精霊が不完全とは――何のことだ?
「おまえたちも、既に気づいているだろう。精霊は炎と雷だけではない。
ほかに地と水の精霊が、この地球圏には存在している」
そう語る間にもこちらは隙をうかがい仕掛ける機を狙ってはいたが、
話の最中であってもキープ・フェイスはまるで虚を見せない。
そんなこちらにおかまいなく、語り続ける。
「それぞれの精霊は――対となって、存在している。
炎と雷。地と水。それらは別個の存在であり、不可分の存在だ」
CETからすればごく最近知った事実だが、おそらくフェイスダウンは
とうの昔から理解していた事柄なのだろう。――だがなぜ、今それを語る?
「――そう、対となった精霊は、不可分なのだ。精霊の適合者、
すなわち"アルカー"は……本来なら、対の精霊双方を宿して、
初めて"基本態"となる」
ざりっ、と足元の小石を蹴り除けて正対するキープ・フェイス。
「だがアルカー。アルカー・エンガよ。
貴様は、片方の精霊しか得られなかった。そこの未熟者が、
雷の精霊を宿したがために、な」
ざっ、とノー・フェイスを指さすキープ・フェイス。
「炎と雷の精霊、その双方を宿したアルカー……"アルカー・テロス"。
その存在になって初めて、貴様は"真のアルカー"になれた。
今の貴様は――半端者でしか、ないんだよ」
・・・




