第二章:04
・・・
「……」
アルカーは愛車を横滑りさせるように停車し、あたりを見渡した。
ついで、ノー・フェイスのI-I2が並ぶように停まる。
海底基地の、発着場。苛烈な防衛網を抜けてたどり着いたその場所は、
想定と異なり静まり返っていた。フェイスたちによる迎撃を覚悟していたのだが……。
「……誰もいない、な」
「……ああ」
ぎぎっ、と機械の軋む音がするのは側面に備えられた自動砲やミサイルコンテナが
周囲を警戒するように動く音だ。だが基地から一定距離近づくとアルカーたちを
狙うのをやめた。それ自体は射角の関係や基地への被害を鑑みれば不思議ではないが。
白兵戦に対する備えがまるで見受けられないのは、不気味だった。
「向こうも、改人を放逐したことで戦力が大幅に低下している。
前回、俺が大分荒らしまわったこともあって、使える兵が想像以上に少ない……
の、かもしれないが」
「だとすれば、兵力を集中させた一箇所に誘導し、そこで圧し潰す腹か」
あるいはそう思わせておいてふいをつくか。
どちらにせよ、こちらがとれる手立てはそう多くはない。
「さて、大きく分けて道は二つ。このまま転送装置があると思しき箇所へ
直行し、制圧。真っ向から叩き潰す作戦。
もう一つはまず外縁の迎撃システムを潰して後援を呼び寄せる策だが……」
「ホオリとホデリの防御がいつまでもつかわからん以上、時間的な猶予がない。
最速の道を選ぶべきだ」
この無表情な相棒にしては珍しく焦りを隠そうともしないが、それも無理はない。
彼にとってもっとも大事な少女たちが敵の首魁に囚われたままなのだ。
一刻も早く救い出したいと言うのが、本音だろう。
その思い自体はアルカーも同じだった。だからこそ、あえて釘を刺す。
「急くなよ、ノー・フェイス。失敗しては元も子もない」
「――わかっている。わかっては、いるが」
言われずとも理解していることだろう。ノー・フェイスは寡黙な性格どおり
慎重で計算だかい。それでもなお、少女たちの身を案ずる心がはやるのだろう。
「……だが俺としても、おまえの意見に賛成だ。
時間をかければ、奴らが転送装置を破壊する可能性も低くはない。
多少の危険は承知のうえで、吶喊するべきだ」
「事前に得られた基地内の見取り図は頭に入っている。オレが先導しよう」
ノー・フェイスはバイクを降り、迷うことなくまっすぐ入口の一つに向かう。
こういうとき、機械的な処理ができる相棒は頼りになる。
フェイスアンドロイド。フェイスダウンに作られた、人造人間。
機械として生まれつきながら、この相棒は人の心を持って悪に立ち向かっている。
(……)
だが時に、人の心をもつが故のあやうさというものもある。
アルカーと同じように。
(……前回は、俺がこいつになだめられた。
今度は、俺が見てやらなければな……)
お互いに足らないところを補うからこその"相棒"だ。
アルカーはノー・フェイスの背中を見つめながら、その後についていった。
・・・
(……)
ホオリやホデリの身を案じて焦っている。確かにそれもあった。
だが実のところ、ノー・フェイスには別の不安要素も抱えていた。
今のところ……問題はない。だが、恒久的にこのままともならないことは、
本能的に察していた。
(……作られたオレが、本能的というのもおかしな話だが……)
中途半端に、人間臭いことを考えるものだ。自虐する。
初めて見る基地だが、前回アルカーが持ち帰り情報班によって分析された地図を
電子頭脳内にインプットしてあるため、足先に惑いはない。
むしろ懸念しているのは、いまだにまるで敵影が見えないことだ。
もうすこし、こちらを消耗させてくる腹づもりかと思っていたのだが。
「……奴らの首領……フルフェイスは相当な自信家だった」
廊下をひたはしりながら、ぽつりと呟く。振り向きはしなかったが、
アルカーがそのつぶやきに耳を傾けたのは察せられた。
「もし奴が計画を遂行するのに全力を費やし、本気で俺を潰すつもりだったなら
今ここに五体満足で立ててはいない。それだけの圧は感じた」
「遊ばれている、ということか」
アルカーもアルカーで前回の襲撃で思い当たる節があるのだろう。
疑念を抱くでもなく、受け入れる。
「奴らのトップがそれなら……その次席も、似たようなものかもしれん」
「誘い込んでいる、といいたいわけだな」
アルカー自身同じことを考えてはいたのだろう。口にしないながらも
先を促してくる。
「……そうなると気になるのは、この先で待っているだろう相手……
おそらくは、キープ・フェイスの力だ。おまえは、どう感じた?」
「あいにく、直接対峙してはいないから肌として実感できていない。
が……」
わずかに口ごもった後、やや暗い声音で応えてくる。
「……改人、そして大改人の群れを前にして余裕綽々のあの態度。
控えめにいっても、大改人三体より弱いと言うことはあるまい」
「……」
事前のミーティングでも同じ話はでていた。大改人と相対してから
まだ日も浅い。あの激闘がまざまざと思い浮かぶ。
あれよりもさらに強大な、フェイス戦闘員のプロトタイプ。
容易な相手ではない。
「だが相手が一体なら……勝ち目は、ある。
問題は取り巻きがどれほど残っているか、だが……」
前回、ノー・フェイスはフルフェイスに不覚をとった。
圧倒されたといってもいい。
だが、それはノー・フェイスが一人だったからだ。これまでの
フェイスダウンとの激闘の日々で、彼は理解していた。
どれだけ強かろうが……一人では、限界がある。
おそるるべきは、連携のとれた集団なのだ。
フルフェイスとキープ・フェイス。この両者が同時に現れることがあれば
作戦の遂行は困難を極めるだろう。そうでなくとも、ジェネラルとフェイス戦闘員が
集団で同時に現れれば、辛い戦いとなる。
本音を言えば、こちらを消耗させる目的でフェイスたちが奇襲してきてくれたほうが
ノー・フェイスたちとしてはやりやすかったのだが。
考えをめぐらしながらも、頭の中ではマッピングを続けている。
「次の扉で、一度"外"にでる。その先にある一番高い塔の地下が、
転送装置と思しき場所へ通じている」
「外、か……警戒しろよ、ノー・フェイス」
広い場所に出た直後に、襲われる可能性もある。
見えてきた扉をくぐった直後、念のため床をけって上空へ飛び上がる。
「……!?」
そのまま壁にはりつき、周囲を確認したノー・フェイスは驚愕した。
ついで、アルカーが外に飛び出してくる。
そこには、フェイス戦闘員の影は――かたちもなかった。
いたのは――たった一つの、人影。
広大な吹き抜けのような広間に、いくつか高い塔が立ちそびえている。
その合間に、たった一人で――キープ・フェイスが、立ち尽くしていた。
「ようやく来たか……アルカーども」
・・・
「……!」
警戒のため飛び上がったノー・フェイスの後を、間髪いれずに
"外"へと突っ込むアルカー。だが、その周囲には予想したような
フェイスの存在は、ない。
いたのは、たった一体のフェイス。その姿は一見何の変哲もない
フェイス戦闘員のように見えた。が、ややあって気づく。
そのフェイスは、ほんの少し他のフェイスと外観が違う。
まるでつぎはぎのようなその装甲。そして、かもし出す圧が違う。
(こいつ、が……!)
直接対面するのは、初めてだ。だがアルカーはすぐに気づいた。
このフェイスこそ、改人たちを粛清しようとした――
"大戦闘員"、キープ・フェイスに間違いない。
ざっ、とアルカーの隣にノー・フェイスが降りてくる。
上から周囲を確認していた彼が、ぼそりと告げる。
「……あたりに、他のフェイスの影は見えん。
敵地である以上、なんの仕掛けがあっても不思議ではないが……」
「……まさか、たった一体で迎え撃ってきたとはな……」
相手が自信家だということは、前回の襲撃の際通信から覗えた。
だがただ一体のフェイスさえ配置していないとは。
(よほどの自信があるらしい)
たしかに、改人の集団を一人で潰そうとしていたほどだ。
その実力は、計り知れないものがある。
こきり、とキープ・フェイスが首をまわす。
まちくたびれたと言わんばかりに。
「……さて。お互い相手の目的はわかっている。
ここに到って腹の探りあいなどというのも――つまらん」
その発生装置から流れる流暢な言葉は、なるほどノー・フェイスの
それに良く似ていた。だが、彼のような力強い暖かさはまるでない。
処刑人のような、乾いた冷たさだけがこめられている。
「シンプルにいこう。転送装置は今も稼動している。自由に使え。
――オレを、倒せたならな」
・・・




