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⑧ 求婚×求婚

噂好きの令嬢達の話の範囲内でのことしか知らないが、カクトスがこういった舞踏会やパーティーで女性をエスコートすることは今まで一度もなかったらしい。

王弟子息で公爵家跡取り。次期宰相。

誰もがその隣を狙ってはいたが、彼に権力を振りかざせる人物などいなかった。

王家であればまったく別問題だったかもしれないが、歳の近いレヴェリーは生まれた時から婚約が決まっていたし、なによりカクトスを嫌っているようだった。

誰がカクトスの心を射止めるのか。

素行の悪い貴族の間では駆け事にもなっているらしいそのもっともな有力候補に、ミネレーリは今日押し上げられてしまった。


「楽しいですか? カクトス様」


ファーストダンスをエスコートした令嬢と共に踊るのは通例だ。

軽やかにステップを踏みながら中央で踊るミネレーリはカクトスがとても楽しそうに見える。


「楽しいよ。嬉しいと言ってもいいかな。女性と踊って嬉しいなんて思ったことがなかったな」


どうして嬉しいのか。

聞きたいけれど、聞くのが躊躇われる。

カクトスはどう答えてくれるのか。

わからない。考えがつかない。

ミネレーリの憶測だけで判断できるものではない。

そうやって逃げているだけなのかもしれないと、薄々わかっている。

けれど、どうしてもまだ駄目なのだ。


ミネレーリの沈黙にカクトスは苦笑いをするだけで許してくれた。

今は卑怯だと理解していても、この優しさに寄りかかるしかない。


ダンスを終えて中央から下がると、そこにはミンティとシェルツがいた。

二人もダンスを終えた直後らしい。

シェルツの肩が少しだけ上下していて、またミンティに無理矢理なダンスに付き合わされていたようだ。

自然と笑みがこぼれてしまう。


「ミンティ、もう旦那様になったのだから激しいダンスをシェルツさんと踊らなくてもいいのではない?」


「よく言ってくれたね、ミネレーリ嬢」


同意をするシェルツの足を他人にはわからないようにミンティは踏みつけて、シェルツを睨む。


「わたしの夫なんだから、このぐらいできて当たり前なのよ」


意地悪に聞こえるが、これはシェルツと他の御令嬢達が一緒に踊るのは嫌だからしていることだとミネレーリは知っていた。

なんというか結婚したのだから素直になればいいのにと思うことがたびたびだ。

でも、シェルツもこんなミンティだからいいのだろう。


「ミネレーリ~?」


ぱっと顔をそらして、ミネレーリは扇をひろげた。


「私少しだけ夜風にあたってまいります。カクトス様、また」


「そうだね。でも、すぐに戻ってきて。君がガルテン公爵夫人の従妹だと知っていればなにもおきることはないだろうけど、女性は僕の想像を超えることをいつもするからね」


「肝に銘じます」


礼をとり、誰もいないバルコニーに足を運ぶ。

令嬢達はミネレーリのことを気にはしていても、ガルテン公爵家の血縁者であるため、唇を噛んでいる。

それにこの場にはカクトスもいるので、下手に騒いでカクトスに嫌われる行動などとりたくはないのだろう。

テーヴィア殿下の試験で、カクトスに嫌われる行為をもう散々やっていることに気付いていないのがすごい。

バルコニーは王城の中庭へと続いている。

さて、この舞踏会を終えた後、リリーローザと父をどうするべきかとミネレーリは思い悩む。

ダンスを終えた後に見かけていないので、もしかしたら帰ったのだろうか?


「ミネレーリ・ヤヌアール伯爵令嬢ですか?」


そんなことを考えていたせいで、バルコニーに近付いてくる男性にミネレーリは気付かなかった。

中庭に続く石階段のところに、その男性は立っている。


「……どなたですか?」


「これは失礼。私はアモル・リーベンと言います。以後お見知りおきください」


「……初めまして。ミネレーリ・ヤヌアールと申します」


暗がりから現れた優男は中々に整った容姿をしていた。

そして初めて会った青年ではなかったが、キチンとした挨拶は初めてだったので一応作法にのっとって最低限の礼節をとったのだ。


リーベン伯爵家次男、アモル・リーベン。

彼はリリーローザがデビュタントをした時からの彼女の取り巻きの一人だった。

色々と頭が足りない部分はあれど、リリーローザの容姿は養母に似て儚げで守ってあげたくなる美少女だ。

ある程度礼儀やマナーさえできれば問題ないという顔だけ身体だけ目当ての男性貴族がリリーローザに近付くことは、多々あった。

厄介なのはミネレーリが追い払っていたが、リリーローザに注意するように促しても「皆いい方」という的外れな回答しか返ってこず、父にそのことだけは何度も苦言を呈してきた。

アモルは独身だし、悪い噂も聞かないが、リリーローザを神聖化しすぎているきらいがある。

まあ、変なことはしない人物だろうと思って放っておいたのだが、そんなアモルがミネレーリに何用だというのだろう?


「ヤヌアール伯爵に良く似ているご容姿だ。とてもお美しい」


それはリリーローザには似ていないと言いたいのだろう。


「お褒めにあずかり光栄です。妹は舞踏会に来ているようですが、私になにか御用がおありでしょうか?」


安易に妹の取り巻きがなんの用だと言ってやる。

興味のない人物に無駄な時間をとられることほど面倒なものはない。


「そのご様子ですと、お父上から話は伺っていないようですね。リーベン家をとおして、ミネレーリ嬢に私から求婚のお願いをしているのですが」


「は?」


唐突かつ、あまりにも意味不明な内容にミネレーリは作り笑いを忘れて、いつもの無表情を晒してしまった。

いきなり無表情になったミネレーリになにを勘違いしたのか、アモルは熱弁をふるってくる。


「初めて見た時から、貴方のような方が伴侶であればと思っておりました。ミネレーリ嬢の御眼鏡に私は適わないでしょうか?」


「父からはなにも伺ってはおりません。それはガルテン公爵家が否と答えているからだと思います」


ミネレーリの婚約はヤヌアール家の一存では決められない。

確かに母が亡くなった直後は、まだ色々な負い目があった祖父母はミネレーリを伯爵家に任せるしかなかったが、すでに引き取られて十年以上経過して立場が逆転しているのだ。

祖父母が負い目を追っていた母は他界していて、浮気など疑う余地もなくミネレーリは父親そっくりの容姿をしている。

逆にリリーローザの方が浮気でできた子なのではと囁かれているのを、ミネレーリは知っている。

それがリリーローザがミネレーリからさらに離れる結果になったが、人の口を縫うことなどできないのだ。

諦めて前を向いているしかない。

ミネレーリはそうやって社交界を生き抜いてきた。

だから、認められた。

最初は母の悪口を言う貴族が大半だったのだから。

居心地がいいとは言い難い場所を歩いて行かなければならないのは貴族として仕方がないとミネレーリは思っている。

けれど、リリーローザは仕方がないという考えを持つことができなかった。

父と養母はそんなリリーローザを甘やかし許す。

そんなヤヌアール家がガルテン公爵家に物申せなくなるのは当たり前ではないか。

数年前、ミネレーリの婚約はガルテン公爵家が責任を持つとメイディアから言われた時も、父は無言で承諾するしかなかった。

メイディアがあえてミネレーリに言わない縁談話。

聞く必要も話す必要もないと判断しているのだ。

それにしてもメイディアから縁談の話がきたことぐらいは聞いていてもよさそうなものなのだが。


「ガルテン公爵家が私にすら話をしていないということは、聞かせたくない、もしくは聞かせる価値などないと思っているのでしょう。アモル様、貴方様の真意はどこにあるのですか?」


「真意、とは?」


これだけ辛辣に言っても顔色一つ変えないアモルに、ミネレーリは作り物の酷薄な笑みを浮かべた。


「リリーローザを女神のように信奉しているあなたが私に求婚などおかしいでしょう? 私に求婚しても貴方の利益になるものなどなにもありませんもの」


「それは違います。私にとっては利益だらけですよ」


「どこがですか?」


「ミネレーリ嬢と結婚すれば、リリーローザ嬢と縁者になれる。それは離縁しない限りは絶対です。そして、ミネレーリ嬢と私が結婚すればリリーローザ嬢はウィスティリア公爵家子息と結婚できる。彼女はきっと喜ぶでしょう。ほら! 利益だらけですよ!」


頭痛が襲ってくる。

あまりにも予想外の変化球からの攻撃だったために、痛みも半端じゃない。

アモルの言うとおりにミネレーリと結婚してリリーローザと縁者にはなれるが、リリーローザがカクトスと結婚できる保証などどこにもない。

というか、まずありえない。

ミネレーリがいなくともカクトスはリリーローザを選びはしなかっただろう。

そんなのはカクトスをよく知ればわかることだ。


「理解できません。すみません、頭が痛みますので、これで失礼いたします」


「お返事をお聞かせください。ミネレーリ嬢」


「失礼いたします」


「ミネレーリ嬢!」


突然腕を掴まれ、力いっぱい圧迫される。

無表情を変えることはなかったが、さすがに痛い。


「離していただけませんか? このようなことをして無礼だと思いませんか?」


「お返事をまだ聞いていませんので」


「お断りいたします。ガルテン公爵家からも、そのように返事があったのでしょう?」


「私のどこがいけませんか?」


「そうですね。あえてあげるなら全てです。正直ここまでバカにされたことはありません。今度正式にリーベン家に抗議をいたしますので」


掴まれた腕がみしみしと音をたてる。

このまま人の骨を折る気かと思ったが、それは突然横から伸びてきた手によって事なきを得た。


「女性になにをしているの? 君はたしかリーベン伯爵家の人間だよね」


「カクトス様……」


カクトスの登場にアモルが驚いている隙に、カクトスはミネレーリの手をとって歩き出す。

掴まれた箇所は赤くなっていた。


「ごめん。遅くなった。ちょっと色々あって」


会場の中に戻ると、ミンティとシェルツがこちらを心配そうに見ている。

その傍にはリリーローザと養母もいて驚くが、その前にカクトスはいきなりミネレーリに向き直った。そうして膝をつく。

ほぼ会場の中央にきていたせいで、会場中の視線が一気にこちらに集中したのがわかった。


「あの、カクトス様……」


「ミネレーリ嬢。僕は君が好きです。どうか結婚してください」


瞬間、会場の音もなにもかもミネレーリの中から消滅して、カクトスの言葉だけに頭がいっぱいになった。














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