⑥ お茶会と謝罪と
目の前に出された紅茶に口をつけると、ほのかな酸味と甘みが広がっていく。
最高級の茶葉を使用されたお茶は大変おいしいが、向かい合って座っているテーヴィアの真剣な眼差しにミネレーリは居心地が悪くなってくる。
「とてもおいしいです。テーヴィア殿下も飲まれてはいかがですか?」
ほっとした顔を見せるテーヴィアは年相応でとても可愛らしい。
いつもの凛々しい顔つきが嘘のようだ。
「本当に先日は姉様がすみませんでした。わたくしもあのように場を弁えずに叫んでしまって。ミネレーリ様を巻き込んでしまいました」
「巻き込まれたと思っておりません。ですのでお気になさらないでください」
「本当に気にしていませんから、ミネレーリは」
ミネレーリの隣に座り、同じようにお茶を飲んでいたミンティがテーヴィアを宥めるように話す。
まったく気にしていないのは本当のことだった。
けれど、気になることは別にあるとは言えるはずもない。
「いいお天気ですわね~」
あまりの前後に脈絡のないエディティの明るい声に、お茶を吹き出してしまいそうになる。
最近交流をもつようになったエディティ侯爵令嬢は柔らかで独特の雰囲気をもっているが、それが外見だけではなく中身も柔らかくふわふわなのだと知ったとき、ミネレーリは無言になってしまった。
前から交流のあるミンティや、王立図書館の館長をしているため面識のあるテーヴィアは特に驚いた様子もなく相槌をうつ。
なぜこの四人で茶会を開いているのかといえば、二週間前の試験まで話を遡らなければいけない。
レヴェリーに叩かれた翌日には王家からの使者が来て、ことを内密にしてほしいと国王直々の手紙にしたためられてあった。
手紙を読んだ父親とミネレーリの心の内だけにとどめておくことになったが、あの試験の時に一緒に帰らなかったリリーローザが疑問に思わないかミネレーリは心配だった。
けれど気にしていてもリリーローザがミネレーリに尋ねてくることはなく。
養母と同じように視線が合えば逃げられる、前と変わらない現状。
せめて目だけでも合わすようにすればいいのにと、ミネレーリは他人事のように思っていた。
そんな中でミンティが、どうしてもテーヴィアが謝罪をしたいと言っていると聞いて、試験に予想通り受かった二人とテーヴィア、ミネレーリでお茶会をすることになったのだ。
やはりというか、カクトス目当ての御令嬢達は真っ先に試験に落ちた。
リリーローザは落ち込んでいたが、受かる気だったのかと逆に驚いてしまうのをなんとか堪えるのにミネレーリは必死になった。
余計な火種は生みたくない。
受かったミンティとエディティに納得のできない者など誰もいなかった。
「あの……ミネレーリ様……」
カップを置いて聞いてもいいものかというように目線を彷徨わせているテーヴィアに、なんでしょうか? と問えば躊躇いがちに口を開かれ。
「姉様がおっしゃっていたことが気になっていて……。ミネレーリ様は姉様と同じだ、と」
あの日、レヴェリーに一撃ともよべる平手をうけた後での言葉をミネレーリは思い出す。
『あなたはわたくしと同じだと思っていたわ』
思わず苦笑がミネレーリの口元から漏れる。
同じ? どこが? どのあたりが?
なにもかも違うのに、どうしてそれがわからないのだろう。
「あの……やっぱり聞いてはいけませんでしたか?」
ミネレーリの苦笑を言い難いことだとテーヴィアはとらえたのだろう。
「いいえ」と首を振って、ミネレーリはそれを否定した。
「ですが、気持ちのいい話ではもちろんありませんので、テーヴィア殿下にお話してもいいものかどうかわかりかねるのです」
「わたくしはかまいません! 聞かせてください!」
「ミネレーリ、その話はまだ殿下には……!」
さすがにミンティは、まだテーヴィアに話すのは早いと思っているのか止めに入ってくる。
「遅かれ早かれ一年後に社交界にデビューされたら噂で聞いてしまうことだわ。それだったら私の口から話しておいたほうがいいでしょう?」
ぐっ、と言葉に詰まったミンティは少しして諦めて頷いてくれた。
「……わかったわ」
「エディティ様、不快なお話をこれからするかもしれませんがよろしいでしょうか?」
「わたしはかまいませんわ」
ゆったりと微笑むエディティは、きっとミネレーリのことを貴族達がする噂話で知っているだろう。なのに変わらずにこにこと笑っていてくれる。
中身はふわふわだけれど、実はしっかりしていて、掴めない人だなとミネレーリは思いながら、テーヴィアに視線を戻す。
「私はヤヌアール伯爵の娘ですが、現在の母は本当の母ではありません。妹がおりますが腹違いの姉妹になります」
そこからすでにテーヴィアとレヴェリーに似ているせいで、テーヴィアは驚いているようだが、真っ直ぐにミネレーリを見て続きを促してくる。
「本当の母はガルテン元公爵夫妻の娘でした。ミンティにとっては叔母になります。元々父と母は結婚していましたが、それは父の望むものではなかったようです。私は物心ついてから母が亡くなるまで、ずっと母と王都から離れて生活をしておりました。引き取られてから、父が私に愛情を与えてくれたことは一度もありません。娘として愛しているのは妹だけ。それをレヴェリー殿下は人づてに聞かれて、御自分とご一緒だと思われたのだと思います」
「それは違います!」
「ええ、テーヴィア殿下のおっしゃる通りです。私のような一臣下が申し上げるべきではないのでしょうが、私とはまったく違います。国王陛下はきちんとレヴェリー殿下を愛していらっしゃる」
叫んだテーヴィアに間違っていないとすぐに返答できる。
国王がレヴェリーにたいしてどう動いているか見ていれば、すぐにわかることだ。
確かに愛情の比率は平等には決していかない。愛している王妃の子供であるテーヴィアとイルザに愛情が過分に傾くのもしょうがないことなのかもしれない。
最初はミネレーリだってレヴェリーのことをなんとも国王は思っていないのだろうと思っていたのだから。
けれど、婚約が破棄され、レヴェリーの嫁ぎ先を未だ諦めずに探しているのを聞き、ミネレーリを叩いたことも内密にしてほしいと直々に書かれた手紙を見た時、ああ違うのだなとわかったのだ。
国王は国王なりにレヴェリーを愛しているのだ。
それが独りよがりの愛情でも、レヴェリーが望まない形でにしろ、ミネレーリとは全く異なる。
ミネレーリは欠片も愛されていない。
レヴェリーは愛されている。それに気付いていないだけ。
「自分の望まない形なら、それは愛ではないのでしょうかね」
己の理想をくれないのなら、それは愛ではなくエゴ。
それこそ己のエゴなのではないだろうか?
「すみません……無理に話をしていただいて……」
「気になさらないでください。私がミンティに止められても話したのですから」
「ですが!」
「ミネレーリ嬢の言うとおりだよ、テーヴィア姫」
四人だけしかいない庭園にいきなり聞こえてきた青年の声に振り向けば、そこにはにこやかに佇むカクトスがいた。
「カクトスお兄様!」
「それにあまり王家の姫が臣下に謝ってはいけないよ。威厳が無くなってしまう」
ゆったりと歩いてきたカクトスはテーヴィアにそう注意する。
途端にテーヴィアはしおれた花のように、しゅんとなってしまう。
「ごめんなさい、カクトスお兄様」
「僕にもだよ。テーヴィア姫。簡単に謝ってはいけない。わかるね?」
「はい」
「いつもながらにお厳しいことですわね」
ミンティの辛辣な口調にカクトスは笑顔で「貴族としては当然だろう?」と返す。
なんというか、この二人ってそりが合わないのかもしれない。
そんなことを考えていると、カクトスはミネレーリに視線を移した。
「ミネレーリ嬢、今日は僕が君を送っていくよ」
「いえ、お手をわずらわせるわけにはいきません。私はミンティと帰りますので」
「僕がそうしたいんだ。それに君にお願いもあったんだ」
「お願い?」
首を傾げればカクトスはミネレーリの前で膝をついて、愛を乞うように手を差し出した。
「ミネレーリ嬢、次回の舞踏会での君のエスコートを僕に務めさせてください」
あまりの急展開にミネレーリは目を丸くして、テーヴィアを始め、ミンティとエディティも固まってしまっていた。