⑤ 騒動の発端
「君には会う度に驚かされているね」
王宮医師に手当をされ、普段高位貴族でも滅多に入ることを許されない王達が住まう後宮近くの部屋に通されたミネレーリは試験を終えるまでの間、ミンティを待つことにさせてもらった。
本当ならリリーローザに来てもらうべきなのだろうが、カクトスがミンティにミネレーリの迎えを頼むと言い切られてはどうしようもない。
きっとリリーローザがカクトスに想いをよせている令嬢だとわかっているからなのだろう。
その上で避けるのは、やはり今回の新調したドレスを身にまとっていたせいなのは疑う余地もない。
ダンスの試験では令嬢達に紳士的に優しく接していたが、ほんの少し表情が硬くなる時があった。
あれは怒りそうになるのを堪えていたのかもしれない。
そう思いながら、部屋の扉付近でソファに座ることなく立ち続けるカクトスに視線を移した時に、その言葉は投げかけられた。
「先日は大変申し訳ありませんでした。みっともないところをお見せしてしまって。ですが、驚かれたのはあれ一度きりだと思われますが?」
二度しか会ったことのない中で、カクトスを困惑させてしまったのは二回目だ。
最初は普通の出会い方をしたはず。
「初めて出会った時も僕が驚いたのを覚えていないのかな? あまりにも無表情でどちら様ですか? って言うから正直言葉に詰まったよ。なのに名前を名乗った途端に張り付けた笑みを見せられて。驚かないほうが無理じゃないかな」
王都のはずれにある湖の近くのベンチでカクトスとは出会った。
名前はなんらかのパーティーに出るたびに令嬢達が口にしていたし、貴族の名前を憶えていることは当然のことだ。
ただ顔を知らなかっただけ。
だから、無表情で問いかけてしまったのだ。
「それは失礼をいたしました。お名前は存知あげていたのですが、お顔を知りませんでしたので」
「自意識過剰でなく、令嬢達に顔は知られてると思っていたから僕も悪かったけどね。いきなり声をかけてしまったから」
「いえ。大抵の御令嬢はご存知だと思います」
「君は違ったでしょ」
なにがおかしいのか肩を震わせて笑うカクトスに、ミネレーリは首を傾げてしまう。
そういえば二度目に会った時に醜態をさらして以来会っていなかった。
できれば忘れてほしいと言いたいが、婚姻前の男女であるため、薄い扉を開ければ騎士と侍女が控えている。
あまり公けにしたくないことなので、ここで言うのは諦めるしかない。
「傷はもう痛くはない?」
今まで和まそうと雰囲気をもっていってくれていたカクトスの、いきなりの真摯な声に一瞬だけ虚をつかれたミネレーリだったが、問題はないと頷いた。
「一週間ほどは屋敷の外には出ない生活をすれば問題はありません」
ガーゼをあてられた頬は、令嬢には不似合いすぎるものだ。
屋敷にこもってばかりは窮屈だが、その拘束される時間でしかできないこともある。
ミンティからシェルツが持っている蔵書でも何十冊か借りようと考えていると、カクトスが溜め息をついた。
「明日には王家から正式に謝罪がいくと思う。……テーヴィア姫のせいではないのにレヴェリー姫は思い込んでいるんだ。テーヴィア姫のせいだ、と」
一月前、貿易など色々な面で親交のあるブラインド王国の王太子がクララウス公国に招かれてやってきた。
クララウス公国を見聞するのと、婚約者のレヴェリーに会うのを目的として。
ブラインド王国にレヴェリーが訪れる機会は何度もあったが、逆は今まで一度もなかった。
王太子教育が終了するまではという理由だったらしいが、本当のところはレヴェリーにあまり愛情を持てなかったせいだろうと噂好きの貴族が話していたが、あながち間違いではなかったのかもしれない。
ブラインド王国の王太子は歓迎のために開かれた夜会で、テーヴィアを見て一目で恋に落ちてしまった。
あろうことか、その場でレヴェリーに婚約の破棄を告げ、テーヴィアに求婚した。
ありえない。
ミンティと共に話を聞かされた時に、ミンティのこぼした本音にミネレーリも激しく同意した。
ブラインド王国はクララウス公国に比べて一回り国土が小さい。
そんな国同士での婚約はレヴェリーが生まれた時に同じ歳ということもあって、国同士のために決まったものだ。
それを勝手に破棄するなど、しかも兵力もクララウス公国に勝つことのできないブラインド王国を背負って立つはずの王太子の所業に国王は怒り、ことのあらましをすべて知らされたブラインド王国の王は卒倒したらしい。
そうして、王太子の廃嫡が数日もしないうちに決定した。
これが自国の中で起こったことであれば、ブラインド王国も王家の力を使ってなんとでもできたかもしれない。
だが、国を出た外交の場だったことが、廃嫡以外の罰を許さなかった。
幸いなことにブラインド王国には王子が三人いたので、第二王子を王太子にすえることになったそうだが、こちらもこちらで色々な問題が生じた。
レヴェリーは例え政略結婚でも、王太子を一途に慕っていたせいで、泣き喚きテーヴィアに掴みかかろうとしたが取り押さえられ、見張りをつけられて監視された。
その間に王太子の廃嫡が決まり、婚約もないものになり。
更に更に暴れたそうだ。
王太子の責とはいえ、婚約を破棄されたレヴェリーのこれから先の縁談は苦労することが目に見えている。
国王は必死になってレヴェリーの相手を探しているが、暴れた事実も相まって無理ではないかと貴族の誰もが思っていた。
そんな渦中に強制的に巻き込まれたテーヴィアは、元々姉であるレヴェリーを尊敬し誇っていた。
求婚してきた夜会で王太子を拳で殴りつけたことは美談で語られている。
が、テーヴィアにとってはそこからが苦しみの始まりだった。
レヴェリーは人が変わったようになり、テーヴィアと一切会わなくなり、会えば暴言を叩きつけられ、掴みかかられそうになる。
それでも諦めず真っ直ぐにレヴェリーにむかっていくテーヴィアのなんと美しかったことか。
ミネレーリはつい先程のことを思い出して、リリーローザもああであったらと思ってしまった。
リリーローザもテーヴィアのようであれば、今もまだ仲の良い姉妹のままいられただろうに。
けれど、同時にミネレーリはレヴェリーの瞳を思い出した。
「……レヴェリー殿下はこのままではいけないと、思います」
「どういう意味?」
唐突なミネレーリの発言にカクトスは目を丸くしている。
「……レヴェリー殿下は、恋に狂われている」
母と同じ瞳だった。
現世を生きていない目。
あの時だけのものだったが、あれを放置すればきっと。
「……お母様と同じようになってしまう」
息をのんだカクトスが、逡巡しながら口を開きかけた時、
「失礼いたします! ミネレーリ!」
扉を蹴破るような勢いで部屋に入ってきたミンティに、がしっと顔を掴まれる。
「大丈夫!? ミネレーリ!」
「最低限の礼儀を守りながらの突進はいつ見てもすごいと思うわ。誰も真似できないわね」
「ああ、よかった! いつもの無愛想なミネレーリね!」
「ここは王宮ですよ。ガルテン公爵夫人」
ミネレーリがそう言えば、やっと落ち着いたのだろう。
扉を咄嗟によけたカクトスはミンティの剣幕に苦笑している。
ミンティは咳払いを一つして、カクトスに淑女らしく頭をさげた。
「お騒がせして申し訳ありません。カクトス様、ミネレーリを連れて帰りたく思いますので、これで失礼させていただきます」
「今更の代わり身ね」
「なにかいった? それとミネレーリ、馬車の中で事情はたっぷりと聞きますから。なにかあった顔をしているから」
「色々あったわね」
「それ以外でよ。顔に出ているわ。それ以外でなにかありましたと」
だからそう言うのはミンティだけだと言おうとして、カクトスが微妙な顔をしていることに気づいた。
悔しいような。面白くないような。
「カクトス様?」
「ああ、ごめん。陛下には僕から伝えておくから大丈夫だよ」
歯切れの悪いカクトスを残して、そのままミンティに引きずられるようにミネレーリは退出した。
なにか言いたげなカクトスの視線が気になりながら。