④ 重なる面影は
「レヴェリー殿下!? どうしてこのような所へ……!」
いきなりのレヴェリーの訪問に宰相は慌てて座ったばかりのソファから立ち上がる。
先触れのない訪れもそうだが、今はテーヴィアの教育係の審査の真っ最中。
レヴェリーがここまで来ることなどありえないと宰相は思っていたのだろう。
王宮の様々な事情をメイディアやミンティから聞くだけのミネレーリも、この日、この場所に彼女が現れるとは思いもしていなかった。
第一王女殿下レヴェリー・クララウス。
側室の御子であり、女性であるため王位継承権はなく、幼少の時からブラインド王国の王太子との婚約が決まっていた。
クララウス公国は女性に継承権はなく、正妃の御子であるテーヴィアにも権利はないが、すでにテーヴィアの一つ下に王子が誕生しているため、問題はあまりなく政は進んでいる。
正妃の子であるテーヴィアにはレヴェリーと違い、婚約者がいない。
それは正妃を愛し、正妃の子を溺愛する国王が他国には嫁がせたくないという思惑からだと、まことしやかに囁かれている。
それを裏付けるかのように、レヴェリーには無関心を貫いている国王だが、正妃の子であるテーヴィアとイルザ第一王子には多大に干渉されると、王宮で働いている者がこぼしているらしい。
またテーヴィアは教養や勉学にも秀でていて、一応だが王妃教育も施され、その過程を12歳にしてほぼ終了しているとも。
反対にブラインド王国へ嫁ぐことが決まっているレヴェリーの王妃教育は、まだ終了していない。
レヴェリーは16歳。テーヴィアは12歳。
あまりにも差があると、まるでレヴェリーを嘲笑うかのように貴族達は噂するのだ。
そのことに反発心が膨れ上がってしまうのはレヴェリーのせいではないだろう。
だからなのかレヴェリーはテーヴィアとは一定の距離を置いて接し合っていた。
例え父王に愛されなくとも、側室の母に蔑ろにされようとも、それはテーヴィアのせいではないとレヴェリーは理解しているのだと、ミネレーリは第一王女という肩書きに恥じないレヴェリーを、さすがは王家の姫と思っていた。
だが、それはあっけなく崩れ去った。
一月前の婚約破棄騒動で。
「あなたとお話がしてみたいと思っていたのよ。ミネレーリ伯爵令嬢」
「恐れ多いことでございます。私になにか御用がおありでしょうか?」
ゆっくりと失礼にならないように顔を上げれば、レヴェリーは微笑んでいた。
美しいその笑みに、違和感を感じてしまう。
こんな笑みをミネレーリはどこかで見たことがあった気がした。
「今度開こうと思っているお茶会にあなたを是非呼びたいと思っていたの。来てくれるかしら?」
お茶会とは言うが、これは単純に取り巻きにならないか? という勧誘だ。
そして王女殿下の誘いを断る権限など伯爵令嬢であるミネレーリは持ち合わせていない。
どうして自分を? と思うが返事は「はい」以外与えられてはいないのだ。
面倒そうならミンティも巻き込んでしまおうと考えて頷こうとした時、
「姉様!」
可憐な声は試験が始まる前に上座から聞いたもの。
「テーヴィア……!」
それまで穏和に話していたレヴェリーの声が一変したのがわかった。
憤怒。憎悪。嫉妬。
そんな色々な負の感情が入り混じった声。
テーヴィアは駆けてくるなり、レヴェリーの腕を掴んだ。
「姉様! お話がしたいと思っていました!」
「話? なんの? 必要ないでしょう。そんなこと」
「姉様! わたくしはっ……!」
「黙りなさい! この泥棒猫!」
あまりの苛烈さにミネレーリは瞠ってしまう。
「レヴェリー殿下! そのような言い方は」
「あなたは口を噤んでいなさい! 宰相ごときが!」
止めに入ろうとした宰相の言葉にも耳を傾けようとしないレヴェリーに、けれどテーヴィアは引き下がらなかった。
「嫌です! 黙ったら、もう姉様は口を聞いてはくれません! それは嫌なんです!」
「っ離しなさい!」
真っ直ぐなテーヴィアの瞳は激情に駆られるレヴェリーに怯むことがない。
「このっ……!」
その真っ直ぐにレヴェリーを見据える瞳に魅入っていると、レヴェリーが手を振り上げたのが見えた。
体は反射的に動いて。
パァン! と大きな音がしてミネレーリの左頬に痛みが走った。
次いで痛みを覚えた頬が熱を帯びていくのも、口の中に鉄の味が広がるのも感じる。
あまりにも強い一撃だったせいで口の中が切れてしまったのだろう。
息をのむ気配が前方からも背後からもする。
顔を上げれば、そこには驚愕と怒りの表情をしたレヴェリーがいた。
「……どうして、そんな子を庇ったの?」
「私にとってはレヴェリー殿下もテーヴィア殿下も等しく貴い存在ですので」
「そんな泥棒猫が貴いわけがないでしょう!? 姉の婚約者を奪う妹なんて!」
「わたくしはそんなことしていません! バルムヘルツ様が勝手にわたくしに求婚してきたのです!」
「まだそのような嘘をっ!」
「嘘ではありません!」
言い募るテーヴィアに、頭に血がのぼったのか、再度手が振り上げられる。
背で隠しているテーヴィアを守ろうとミネレーリは立ち上がって、再び痛みを代わろうとした。
その刹那、レヴェリーの顔を見て、ミネレーリは息をとめた。
激情に駆られた顔。けれど、瞳はこの世にとどまっていないかのような。
「……お、かあ、さま……」
重なる二つの影が、ミネレーリには生き写しのように見えて。
ミネレーリが呆然としている中で振り上げられた手は、ミネレーリに届くことはなかった。
間一髪のところで、レヴェリーの腕をカクトスが捕まえたのだ。
「なにをしているのですか? レヴェリー姫」
「カクトスお兄様!?」
「大丈夫かい? テーヴィア姫」
テーヴィアを安心させるような優しい笑みを浮かべながら、カクトスはレヴェリーと対峙した。
分が悪いとわかったのか、カクトスから腕を引き剥がして、その場から去ろうとしたレヴェリーは、チラリとミネレーリを一瞥する。
「あなたはわたくしと同じだと思っていたわ」
一言そう言って去っていくレヴェリーにテーヴィアは叫ぶように名を呼んだ。
「レヴェリー姉様!」
けれど、テーヴィアの呼びかけに、レヴェリーが振り返ることはなかった。