③ 試験は着飾る場所ではありません
二週間後はあっという間におとずれ、王宮に招かれた数多の令嬢達はパーティーなどを行うホールに一堂に集められていた。
大半の令嬢達が縁談にでも来ているかのごとく着飾っているのを見て、ミネレーリの隣にいるミンティが得体のしれないものを見ているかのように引きに引いている。
「あの集団の中には絶対に混ざりたくないわ~」
その集団の中にはミネレーリの妹であるリリーローザもいる。
可愛らしいピンク色のフリルがついたドレスに身をつつんで瞳を輝かせる様を見ていて、ミネレーリは最近よく起こる頭痛がしそうになった。
この二週間は今まで以上に会話をすることも、家の中で鉢合わせることもないまま過ごしていたが、リリーローザは注意したことをきちんと理解できていると思っていたが。
新しく作られたドレスを着ているのを見て、朝に顔を合わせた瞬間、父も養母もなにをしているのだと言いたくなってしまった。
けれど……そう思いつつ、リリーローザの周りの令嬢達を見て、どこも同じことをしているのだと思い、ますます辟易してしまう。
ミンティの反応が正しいものだと気付いているのは、その集団から自主的に距離をとっている数名だけだ。
婚約者や、ミンティのような既婚者が大多数こちら側だが、婚約者がいる令嬢も着飾って集団の中に混じっているのだから質が悪い。
「それにしてもミネレーリが変な顔をした理由がわかったけど、リリーローザがカクトス様狙いだとは思わなかったわ」
「その言い方だとリリーローザが嫌がるわ。真剣に好きなのですって」
「いやいや無理でしょう。どう考えても。リリーローザじゃあ」
「ガルテン公爵夫人、もう少し声量をおさえて。淑女の言葉づかいではないわ」
「大丈夫よ。聞かれて困る方は、今周りにはいないもの。カクトス様は確かに若い令嬢方の憧れではあるけれど、憧れだけにとどめておくべきものよ。実際の本人は厳しいなんてものじゃないから。ああいう場を弁えない令嬢が嫌いだそうよ。まあ、表向きは紳士的に接しているらしいけど」
「それはシェルツさんからの情報なの?」
「ええ。シェルツとは割とよく話すそうよ。堅苦しくしなくていいから楽なんですって」
シェルツが同性からも好かれるのは、その部分かもしれない。
ミンティのことで男性独身貴族達からのやっかみは多かったとはいえ、味方も多かった。
一緒にいて楽になれるのは、とても重要なことだし、シェルツは飄々としているのに人の心を掴むのが上手い。
ミネレーリでさえ笑わせてくれる数少ない貴重な人間だ。
「素敵な旦那様ね。シェルツさんは」
「なっ!? ……わ、わかっているわよ。そんなことぐらい」
声を上げそうになり、場所が場所だけにすぐに正気に戻ったミンティは耳を赤く染めながら、ぼそぼそと呟くように言う。
「その素直さをシェルツさんにも見せてさしあげればいいのに」
「嫌よ。調子に乗るから。それから、その貼り付けた笑みが怖いわ。すぐにやめて」
「無理ね。作りものの笑顔でも王家の方々の前では貼り付けなければ不敬でしょう」
「その作りものの笑みも壊してくれる人がようやく現れたかと思ったのに。妹の想い人だっただけだなんて」
そう。リリーローザが想う人。
ただそれだけのはずなのだ。
だから、このままミンティがミネレーリが抱える疑問にも気付かないでいてほしいと思う。
どうしてリリーローザにあんなことを言ってしまったのか。
まだミネレーリには答えが出せていないから。
そうしてしばらくの後、宰相閣下が入ってこられた。
閣下の合図に、その場にいた者は例外なく頭を下げる。
直後衣擦れの音がして、正面の飾り立てられた煌びやかな椅子に誰かが座ったのがわかった。
宰相閣下の許しを得て顔を上げれば、そこには美しく利発な顔立ちをしたテーヴィアが鎮座していた。
12歳という年齢ながらも同じ歳の貴族の子女達とは異なる、王族だけが持つ雰囲気だけではないものがあるようにミネレーリには見える。
一段下がった手前には従兄のカクトスがいて、まるでテーヴィアを守るような立ち位置だ。
兄妹のように仲が良いとミンティから聞かされたことがあるが、その事実はミネレーリの心に眩しさを宿す。
ミネレーリが決して手にできないものを持っている。
それが、酷く眩い。
「テーヴィア殿下、集まられた皆さんになにかお言葉を」
宰相閣下の促しに頷いたテーヴィアは、真っ直ぐな眼差しを一堂にむけてくる。
「今日はわたくしのために集まっていただきましたこと感謝します。審査は宰相にお任せしていますが、わたくしも自分の目で皆さんを見ていきたいと思っています」
テーヴィアの挨拶が終わり、カクトスとテーヴィアが退出した後、審査のために各々移動する中でミンティがぼそりと口を開く。
「さっきの向こう側にいた麗しい女性の方々、み~んなカクトス様にうっとりしていたわよ。なんのためにここに来たんだか」
「麗しい女性というところまで我慢したのはわかるけれど、後半の言葉づかいが酷いわよ」
「ミネレーリ以外には聞かれていないから平気よ」
「あら、わたしには聞こえていましてよ?」
涼やかな声がふり、驚いてミネレーリが振り向けば綺麗な銀髪を緩く結い上げて、優しげな琥珀色の宝石の瞳の主が笑ってこちらを見ている。
「エディティ様、お久しぶりですわね」
「ええ、お変わりないようですわね、ミンティ様。初めまして、お噂はかねがねミンティ様から伺っております。エディティ・アンバルトと申します」
「お初にお目にかかります。ミネレーリ・ヤヌアールと申します。以後お見知りおきくださいませ」
遠目に姿を見たことはあっても話すのは今日が初めてだった。
エディティ・アンバルト侯爵令嬢。
貴族の女性でありながら仕事を持ち、王立図書館で館長をしている才女と名高い方。
けれど、それだけではなく美貌もミンティに劣らない。
「わたしがいることを承知でお話されていたのでしょう? ミンティ様は」
「ミンティ……驚いてしまうから教えておいてほしいわ」
「驚くと言いながら表情はまったく変わらないじゃないの。せっかく鉄仮面を崩せるかと思ったのに」
「わたしにも驚いているようには見えませんでしたわ。ミンティ様のおっしゃっていた通り、冷静な方なのですわね、ミネレーリ様は」
「表情が動かないだけです。ミンティがなにか吹き込んでいるようですけれど、半分以上でたらめですので信用なさらないでください」
審査を待つ間、他愛もない会話をしてミンティやエディティと過ごすミネレーリは、前々から話してみたいと思っていたエディティとお近づきになれたことで、今日ここに来てよかったと思っていた。
審査に通るのは、ほぼこの二人で確定だから、後は粗相がないようにしようと考えながら。
審査はマナー・ダンス・教養・勉学と続いたが、基本はどれも貴族の令嬢達は学ぶもので、誰もがそつなくこなしていく。
ダンスはカクトスが相手を務める一人でもあり、令嬢達はカクトスに群がって審査がそこだけ時間がかかったが、ミネレーリやミンティ、エディティは他の空いている方々をすぐに選んで審査を終わらせた。
カクトスとのダンスの順番待ちの中にリリーローザがいて、またしても頭痛が起きそうになったのは仕方のないことだった。
そして最終審査は数分間の宰相閣下との話し合い、もとい面談のようなもの。
これが終わればすぐにでも帰って休もうとミネレーリは思い、宰相閣下との面談を始めたのだが、それはミネレーリがソファに腰を下ろした瞬間にノックされた扉によって阻まれた。
「失礼するわ」
宰相閣下の返事を待たずに扉が開いて入ってきた人物を見て、ミネレーリはすぐに臣下の礼をとった。
テーヴィア殿下と同じ薄赤色の艶のある髪が印象的なその人物は、扇を開いてミネレーリに声をかける。
「顔を上げてちょうだい。ミネレーリ・ヤヌアール伯爵令嬢」
そこに現れたのは数日前、近隣国の小国であるブラインド王国の王太子に婚約を破棄された、第一王女のレヴェリーであった。