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愚か者は理解できない(父親視点)

いったいなにがいけなかったのか。

なにを間違っていたと言うのか。

わからないと素直に吐露したら、数少なくなり、それでも残ってくれた友人達は口を揃えて皆こう言うんだ。


娘を、リリーローザを甘やかしすぎたのだ、と。




裕福な伯爵家の嫡男として生まれ、けれど、それに恥じないように驕らないようにと勉学や領地経営など学び、誰にも文句など言わせない結果を出していた。

婚約者こそ決まっていなかったものの、容姿が優れていたせいなのか、女性の誘いが後を絶たなかったが、それすらも律して生きてきた。

唯一私の周りにいたのは幼少の頃からの幼馴染で、親同士の繋がりがあった公爵家の娘であるコリーニという少女。

愛らしく笑い、いつも私の背を追いかけてくる彼女を兄妹のいなかった私は妹のように可愛がった。


『チェスティお兄様! いつかお嫁さんにしてくださいね!』


コリーニには兄がいたが、8歳も歳が離れていたせいか、より身近な「兄」という存在は私のようなもので。

可愛いと、愛らしいと愛でていた。

家族のような関係。

だから、いつもお嫁さんにしてほしいというコリーニの願いを笑って承諾した。


『いいよ。コリーニが素敵な女性になったらね』


『うん! 約束よ! チェスティお兄様!』


子どもの他愛無い、叶えられることのない口約束のはずだった。

それほど私の中でコリーニは伴侶という対象ではなかったのだ。

コリーニにもいずれ婚約の話が持ち上がるか、気になる男性と出会い結婚するだろう。

公爵家の娘であるコリーニは縁談も数多くくるだろうし、きっとコリーニに気になる男性ができても、これだけ愛らしいのだから、相手もきっと好いてくれるに違いない。


楽観視していた。

高を括っていた。

いずれコリーニは私から離れていくものだと疑わずに。


けれど、歳を重ねてもコリーニは私だけを、その瞳に映していた。


『チェスティお兄様、約束忘れないでくださいませ』


『またそんなことを言って。そろそろ帰らないと公爵夫人が心配するよ』


『もう! 子供扱いばかりして!』


気付けなかった。

いや、気付かない振りをしていた。

いずれコリーニは気付くと、大人になれば私がコリーニをそんな対象で見ていないと。


間違っていたと、己が甘かったのだと気付かされたのは、彼女に、ジェーヌと出会い互いに恋に落ちたとき。

なにもかもが鮮烈で儚げな彼女に一目で惹かれ、ジェーヌも私を愛してくれた。

結婚をするのならジェーヌしかいないと思い、父母に紹介すると、なぜだか困惑した顔をされて。


『チェスティ、貴方はコリーニ嬢を妻にするのではないの?』


母の言葉があまりにも衝撃的で、一拍おいて私は隣にいるジェーヌの存在に気付いて、慌てて首を振った。


『なにをおっしゃっているのですか! コリーニとは幼馴染みであり、それ以上の関係ではありません! 母上もご存知のはずです!』


父母の反応は微妙なものだったが、私はジェーヌを妻にすると宣言して、その場を離れた。

コリーニはすぐにそれを父母から聞きつけ、暴れて泣いて私と結婚するのだと錯乱したらしい。

部屋から出てくることもなく、困り果てて公爵夫妻は父母にお願いに来た。

コリーニを私と結婚させてほしいと。

小さな頃からコリーニを知っている父母は、私にジェーヌと別れるよう勧めたが、私は頑なに拒否をしてコリーニに会わなくなった。

もう16歳の年頃の女性なのだ。そんなわがままが通用するはずがないとわかってくれなくては困る。

心配するジェーヌに大丈夫だと言い聞かせて逢瀬を重ねた。


なのに……いきなりジェーヌは行方をくらましたのだ。

私は子爵家を訪れ、色々な所を探し回ったが、結局見つけることはできず。

憔悴している私の元へ、同じく憔悴しきったコリーニが訪れた。


『チェスティお兄様、私にはお兄様だけなのです』


あんなことがあってもコリーニを嫌いにはなれなかった。

そして私と同じように憔悴しているコリーニを見て、彼女以外私をこんなにも想ってくれる人はいないのではないかと錯覚してしまった。

弱り果てていた心に付け込まれ。

私は結婚を承諾していた。


ジェーヌを忘れてコリーニと生きよう。

そう決めて結婚した生活は、幼い頃からの付き合いもあり、なにも問題なく過ぎていった。

コリーニは生き生きと輝き、早く赤ちゃんがほしいとねだってくる。

ジェーヌのことを引き摺りながら、それでもコリーニとの未来を考えて頷けば、コリーニは昔と変わらない花がほころんだように笑う。

これが幸せなのだと、自分自身に言い聞かせて。


『チェスティ様……』


その全てが偽りで塗り固められたものだと知ったのは、ジェーヌと再会したときだった。

やはり会いたくて会いたくてたまらずに会いに来てしまったと。

コリーニ様との約束を破ってしまうけれど、想いを抑えきれなかったのだと泣くジェーヌに、ジェーヌを隠していたのはコリーニだとわかった。

どうりで探し回っても見つからないはずだ。コリーニが手配している屋敷など探すはずもない。

そんなことをすると考えることにすら至らなかった。


怒りがとぐろを巻くように、私の中で暴れ回るのを感じた。

愛らしい幼馴染み。

今は愛らしい妻。

けれど、コリーニは私のことなど一切考えていない。考えているのは己の幸せだけ。

泣き続けるジェーヌを抱き締めてキスをしても、彼女はごめんなさいを繰り返すばかり。

ジェーヌは私のことを考えて身をひいた。

コリーニとは違う。なにもかも。全て。


ジェーヌと再会してから私はコリーニを避けるようになった。

あまり屋敷には帰らず、子爵家を忍んで訪れ、ジェーヌを腕の中に抱く。

偶に帰ればどこに行っていたのかとしつこく聞いてくるコリーニに、どこでもいいだろうと返答をすれば傷付いた顔をするのが、いっそう私の腹わたが煮えくり返ることに、なぜ気付かない!

私はパーティーにさえ一人で出席をするようになり、コリーニはだんだんと屋敷の外から出なくなっていった。

苦言を呈してくる父母も使用人も、煩わしいばかりで。

ジェーヌだけが私にとっての癒しだった。

ジェーヌさえいれば、仕事の疲れも貴族としてのしがらみも忘れられる。

いつかコリーニとは離縁して、ジェーヌと一緒になろう。

友であるゲヴィヒトも手助けをしてくれると言ってくれている。

決意を固めて、行動に移そうとしていた。


その矢先だった。コリーニとジェーヌが懐妊したと聞かされたのは。


ジェーヌとのことを知ったコリーニは叫び喚いて、私に取り縋った。

どうして! どうして! と。

自分のしたことがわからないのかと冷たく問えば、自分は悪くないと泣く。

その醜悪な姿に幼馴染みの情も、今まで愛らしいと思っていた感情もなにもかもが水のように心の中から流れて消えていった。

縋りついてくる手に嫌悪を感じて反射的に突き飛ばすと、父母は烈火の如く怒って私を責めた。

妊婦になにをするのかと。

コリーニの産む子供など、コリーニに似て醜いに違いない。

どれだけ外面が美しかろうが、中身が汚いのは私の子供ではない。

そう吐き捨てれば、父母はまるでおぞましいものでも見るような目で私を見た。

間違っているのはコリーニだというのに、なぜ気付こうとしない!


コリーニをどうしようかと頭を悩ませていると、信じられない出来事が起こった。

コリーニがジェーヌをナイフで切りつけたというのだ。

慌ててジェーヌの元へ行けば、幸いかすり傷程度で済んでいたが、もう私の中に一切の情も残る余地が、それでなくなった。

その事件を理由に、まだ産み月にもならないコリーニを辺境の町へと追いやった。

公爵家はさすがに今回のコリーニのしでかしたことに弁解はできないと悟り、手を出してこれないのをいいことに私はなし崩し的にジェーヌを後妻にすべく動き回った。


その間にジェーヌとコリーニは子を産んだ。

ジェーヌは彼女によく似た愛らしい女の子を。

そしてコリーニは私によく似た容姿の女の子だったらしい。

産婆をしてくれた人間の報告書だけを読み、その紙を捨てた。

ジェーヌとジェーヌが産んだ子、リリーローザ以外、私には不要なものでしかない。


そして、やっとすべての根回しが終わり、ジェーヌを妻に迎えられると思ったというのに。

コリーニは最後の最後まで私を困らせた。

離縁状を同封した手紙を送り、公爵家に戻そうと思っていたのに、コリーニは手紙を受け取ってすぐに自殺をしたのだ。

ガルテン家の怒り様は尋常ではなく、伯爵家として社交界を渡ってゆくためには仕方がないと思い、葬儀が終わった翌日を見計らって私はミネレーリに会いにいくと、ガルテン家からコリーニのことを引き合いに出して、しぶしぶながらミネレーリを引き取ることができた。

だが、今回のことで、もう公爵家に貸しはなくなってしまい、私は最後の最後までコリーニが忌々しいと思い、ミネレーリを一瞥して、息を呑んだ。

艶のある黒髪に濃い新緑の瞳。

ミネレーリは私の面影を色濃くした容姿をしていて。

リリーローザはジェーヌにそっくりの金髪に金の瞳だ。愛しいジェーヌに似ていて愛おしいと思う。

だからなのか、ミネレーリはきっとコリーニと似た容姿をしているのだと変な自信があったというのに。

まるで私の子供だと主張しているような姿に、目を向けることすら嫌気がさした。

ジェーヌも初めてミネレーリを目にして、いたたまれずに目をそらし、あまりミネレーリを見ることはしなかった。


『コリーニ様に……責められているような気がします……』


優しいジェーヌは苦しそうに、私にそう告げた。


忌々しく、憎らしい。

ミネレーリのなにもかもが私の勘にさわる。


リリーローザにはミネレーリと仲良くしないようにと言いつけたが、お姉様なのにどうして? と無邪気に言葉を返してくる。

こっそりと会っていると執事から報告を受ける度に、どうやって引き剥がそうかを真剣に考えた。

だって、そうだろう?

ミネレーリの傍など、リリーローザにとって悪い影響しか与えない。

あのコリーニの娘なのだから。

けれど、その心配は数年して解消された。

リリーローザが自らミネレーリと距離を置きはじめたのだ。

喜ばしいことだというのに、苦々しい思いで私の心はいっぱいだ!

距離をとりはじめたのは、あまり勉学やマナーなどの習い事が上手くいかずに、反対にミネレーリは驚くほど優秀で教師達はこぞってミネレーリを褒める。リリーローザの前で。リリーローザの気持ちなど知る由もなく!

何度も家庭教師を入れ替えても結果は同じ。

その度に塞ぎ込むようになったリリーローザに、ミネレーリへの悪感情は増大していくばかり。

社交界にデビューすると、瞬く間に周りを味方につけた手腕に吐き気をおぼえる。

それに引き替えリリーローザはデヴュタントを迎えても、初々しいまま。

かつてのジェーヌを見ているようで、微笑ましく思っていたのだが、その気持ちすらもミネレーリは踏みにじろうとする。


『お父様、リリーローザに男性の方と距離が近すぎると、注意をお願いいたします。私の言葉では聞いてはくれません』


『お父様、リリーローザに危機感というものを養わせてください。さすがに私一人では見張るのにも限界があります』


『お父様、リリーローザに無暗に男性からのプレゼントは受け取るなとおっしゃってください。リリーローザにプレゼントを渡された方は婚約者がいらしたんです。それに簡単に物を受け取っているようでは軽く見られてしまいます』


私に話すことはすべてリリーローザへの苦言ばかり。

リリーローザだって頑張っているのだと言えば、無表情の顔に呆れを滲ませる。

ミネレーリの言うことは正しい。

だが、人の成長の速度は人それぞれだろう。


『それではリリーローザのデビュタントは早過ぎたのでしょうね。頑張っている、で認めてくれるのならば、こんなに喜ばしいことはないでしょう。ですが、社交界は結果がすべてです』


親である私を見下すような言い方に、イライラが募る。

わかっている。

わかっている!

黙れ!

喋るな!

視界に入るな!

真に正しいのは私なのだから!

お前は間違いだらけのコリーニの娘なのだから!

そう、間違いだらけ。

妹と同じ男を好きになる恥知らず!


『私もウィスティリア公爵家子息様のことが好きだもの。お互いライバルね。頑張りましょう』


選ばれるのはリリーローザだ!

優しく可憐な!

気位ばかり高いコリーニの娘が選ばれるはずなどない!

絶対に!


そう確信していた…………はずだった。









「おとうさま! いっしょに遊びましょう!」


リリーローザが無邪気に笑って、手を伸ばしてくる。

それに頷くことも出来ずに、乾いた笑いが口から零れた。

あの忌まわしい事件以来、リリーローザは心を病んでしまい、精神年齢が幼子に戻ってしまったかのような話し方をする。

お前が愚かだったのだと、知人に怒鳴られ、返す言葉もない。

ゲヴィヒトは12歳ぐらいからの友であったが、女性の好みが似ていて、互いがジェーヌに想いを抱いていると知った時は、好敵手として競い合った。

ジェーヌが私の手を取ってくれた時に、勝敗は決まっていたが、それでもゲヴィヒトの想いは変わらないまま。

よもやその想いが歪みはじめ、リリーローザへ向かうなど思いもしていなかった。

だからこそ、我が家との縁を断ち切ったというのに。

ゲヴィヒトができているからと事業を立ち上げたが上手くいかず、こんなことになってしまい。

せめてリリーローザが理解して、嫌だと言ってくれれば、屋敷を手放しても構わなかったのだ。

だが、幼少の頃から優しかったゲヴィヒトに騙されて、リリーローザは嫁いでいってしまった。

そして、最悪の結果をもたらし……。


「おとうさま! はやく!」


強引に引っ張っていこうとするリリーローザに、椅子から腰をあげる。

こういう時にリリーローザに駄目だと言うと、泣き喚いて手が付けられなくなるのを、もう身をもって知っていた。

それでも数日前、ミネレーリとカクトスが結婚したと使用人がこっそりと会話していたのを聞いた時の暴れぶりよりはいい。

あの時は久しぶりに大変な思いをした。


『わたくしがカクトス様と結婚するの! おねえさまよりずっと好きなの! カクトス様! カクトス様! カクトス様!』


錯乱する姿に重なったのは、コリーニだった。

違う。リリーローザはコリーニの娘ではない。

コリーニの娘はミネレーリだ。


『確かにミネレーリ嬢の母君は、大変な過ちをおかしてしまった。けれど、いずれリリーローザ嬢も同じようになりますよ』


ミネレーリのことでガルテン公爵家との話し合いがもたれた折、シェルツ・ガルテンは憐みを込めた瞳で、私にそう言った。


『あなたも間違いだらけだ。ミネレーリ嬢があなたに似ていなくてよかったですよ』


こんなことになって心の整理がつかないジェーヌは、こっそりとミネレーリの結婚式を見に行き。

慌てて連れ戻そうと躍起になる私の目に映ったのは、コリーニにも私にも面影すらない笑顔を浮かべるミネレーリ。

髪も瞳も私と同じだというのに。

ああ、ミネレーリはコリーニとも私とも違うのだと、その時はじめて気が付いた。


けれど。


リリーローザが子どものように笑っている。

使用人が減った屋敷で、今日もジェーヌは泣いているのだろう。


なにが間違っていたというのか。

いったいなにがいけなかったというのか。


わからない。

わからないんだ。














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