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⑭ 王女として

ミネレーリが目を覚ましてから数日後、王都では厳かにレヴェリーの葬儀が執り行われた。

ブラインド王国の元王太子、バルムヘルツのことは伏せられたまま、事故として公には発表され、王家の墓に埋葬されるレヴェリーの棺を、ミネレーリは凝視し続けた。


『ほんとうはね、わかっていたのよ』


あの時の声が、耳にこびりついて離れない。

何百人もの貴族が集う中で、その場にいて事の顛末を知っているミネレーリに視線が多く注がれたが、ミネレーリがそれを気にとめることはなく。

土がかけられていく棺から目を逸らすことなく、あの日のレヴェリーを思い出していた。




「ミネレーリ様」


葬儀が終わり、人がいなくなった墓の前でミネレーリは待ち人に声をかけられ、振り向いた。


「お久しぶりでございます。テーヴィア殿下」


数日前より少しやつれた顔をしたテーヴィアが、力なく微笑む。

その隣にはカクトスがいて、ミネレーリは心中の複雑な気持ちを押し隠して不出来であろう笑顔を作った。


「カクトス様もお久しぶりです。お見舞いの品等、ありがとうございました」


「いや……もう大丈夫なのかい?」


「健康状態とは言い難いですが、それなりに完治はしたと思います。……起こってしまった出来事を元に戻すことはできませんから」


倒れてから、カクトスからは毎日のようにお見舞いの品が届けられた。

まだ求婚を受け入れてもらえてはいない。だから病人の君のところへは行ってはいけないからと、手紙まで添えられて。

求婚の返事すら、まだ返せていないのに会うのは酷く躊躇われたが、テーヴィアがどうしてもミネレーリに会いたいと言っているとミンティから聞かされて、今日この日に会う約束をしたのだ。


「それじゃあ、僕は少し離れているから。なにかあったら呼んで」


「カクトスお兄様、ありがとう」


気をきかせてくれて離れていくカクトスにミネレーリは頭を下げ、テーヴィアは一言礼を言う。

そうして二人きりになると、お互い無言のまま、お墓を見つめ合う。

もう時間は戻せないと冷静な判断をしているミネレーリは、自身のことを本当に冷たい人間だと思わずにはいられない。

母を重ねていたせいでレヴェリーを傷付けてしまっていた可能性はある。

でも、レヴェリーはもう戻ってこない。

重ねていた事実も消えはしない。


ああ、そうか。関心が湧かないのだ。


ミネレーリは己の薄情な面に笑いさえこみ上げてしまう。

レヴェリーは公国の姫殿下。

敬い傅く。

それが当然のこと。

それぐらいにしか思っていなかったのだ。

一点、母に似ていた部分に強くミネレーリが反応していただけ。

でも、こんなところもレヴェリーには見抜かれていたのかもしれない。

でなければ最後にミネレーリに、あんな言葉を言えるはずがない。


「ミネレーリ様、わたくしはブラインド王国の王太子様の元へ嫁ごうと思っています」


いきなりの言葉に驚いてテーヴィアを見れば、テーヴィアは未だ視線は墓に向けたまま、淡々と口を開く。


「そうしないと二国の間には埋められない溝ができてしまいます。きっとそれは民を不安にさせ、不幸にもさせてしまうことです。それは避けなければいけないと考えました」


ブラインド王国からは内密に謝罪と、なにかお詫びをしたいという旨が公国に届いたらしい。

元王太子がしでかしたこととはいえ、国土を遥かに上回る国の姫が元王太子のせいで死んだのだ。

ブラインド王国はなにを要求されても文句は言えない立場に追い込まれている。

けれど、属国にしてしまうと他国との軋轢を生みかねない。ブラインド王国は国土は公国に負けるが、それでも小さい国ではないのだ。


「王家が起こした問題は王家の人間が責任をとる。それが当然で、一番いい方法です」


「……もう、お心は固まっておいでなのですね」


墓から視線をミネレーリに向けたテーヴィアは、数日前より頬はこけ、肌の血色も悪いように見える。

だが、瞳の奥は揺らがない決意を湛えていた。


「イルザが13歳になった時に嫁ぐのが一番いいかと思っています。それまで時間もたくさんありますから、王太子様と交流を深めたいと思っています」


きっと国王は反対しただろう。

それぐらいは話し合いを見ていないミネレーリでさえも容易に想像できる。

この歳までテーヴィアの婚約者を定めていなかったのは、国内で結婚相手を探すため。ずっと手元に置いておくため。溺愛する娘を手放したくないから。


愛を平等に与えることはできない。

すべてを平等になんて不可能。


結婚する際にミンティがミネレーリに言っていた言葉だ。

いずれ子を宿さなければいけない母として、それは己を奮い立たせるものだったのだろう。

何人産んでも贔屓をしないようにと。

国王もテーヴィアに向ける愛情の一欠けらでもレヴェリーに与えていれば、なにかが違っていたのだろうか。

確かに国王はレヴェリーを愛していた。

けれど、それはレヴェリーが望むものではなく。

レヴェリーはテーヴィアと同じように、愛してほしかっただけなのだろうとミネレーリは思う。


今ならわかる。

ミネレーリも父に愛情を一心に向ける母に、その一欠けらでもと願っていたのだろう。

それが、ずっと側に居てほしいという思いになっていたのだ、多分。


「レヴェリー殿下は仰っておられました。『わたくしが一番ほしい愛をくれるのは、テーヴィアだけだ』と


瞬間、泣きそうにテーヴィアの顔が歪んだ。

ぐっとそれを堪えると、テーヴィアは笑った。まだ痛々しい笑みで。


「ありがとうございます、ミネレーリ様」


ミネレーリの前を去るまでテーヴィアは泣かなかった。

その後ろ姿にミネレーリは長く長く礼をし続けた。

今度は自分自身が決意する番だと思いながら。












後残り二話です。

ミネレーリは当初から終わらせかたを決めていましたが、リリーローザは右往左往しました。

この二人の結末を、きちんと書ききりたいと思います。

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