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⑩ お説教

ガルテン家の屋敷について早々に父親から殴られた頬を手当てされ、メイディアに今日は早目に休むようにとミネレーリのために用意されている一室に半ば放り込まれてベッドに寝かせられた。

メイディアの言うことを聞き、素直に眠ろうと思うのだが、中々寝付けない。

今日の出来事が頭の中で、ぐるぐると回っている。

カクトスに求婚されたこと。ヤヌアール家での決別。

本当に色々あり過ぎて、疲れてしまっているのだろう。

そういえば頭痛の薬を飲むのを忘れていたと、起き上がり薬を取りにいこうとした時、寝室の扉がノックされ、ミネレーリの返事を待たずに開かれる。


「寝ていなさいってお祖母様から言われているでしょうに。なにをしているのよ」


そこには水差しとグラス、薬をトレイにのせて持ってきたミンティがいた。


「今、ミンティが持っている頭痛薬を取りにいこうと思っていたの。わざわざありがとう」


「どういたしまして。どうせ飲むだろうと思ったから持ってきたのよ。最近なにかある度に飲んでるじゃない」


照れ隠しにそっぽを向きながら話すミンティに、素直じゃないなと微かに笑う。

ヤヌアール家でも今も、ミネレーリを思っての行動を起こしてくれるのに、いつも恥ずかしがる。

それもミンティの魅力の一つかもしれない。


『お姉様!』


決別したリリーローザの幼い影が、なぜだか先ほどと同じように思い出された。

引き摺っているわけでも、決別を悲しんでいるのでもない。

それでも、確かにあの幼い頃にリリーローザに笑顔を向けられるたびに心には愛しさが灯っていたのだ。


「ミンティ…………私はミンティのことを好ましく思っているわ」


「なによ、突然? 知ってるわよ。そんなこと」


薬を差し出してきたミンティの手からグラスを受け取り、薬を飲み込んでミネレーリは一息ついた。


「でも、大事かと問われたらわからないと答える」


思うのではなく、それはミネレーリの中での断定。


「お祖母様に関しても同じ。シェルツさんも同様ね。お父様達は私の中でどうでもいい存在だった。私は普通の人が持てる感情を持つことができない。そんな私がカクトス様の求婚を受けていいと思う?」


「……それはミネレーリが決めることよ。それに私は昔からミネレーリのことは知ってるから。そういうのも全てわかったうえで一緒にいるんだけど?」


呆れたミンティの目は、なにを今更と語っている。

そのことを有難いと感じてきたのは本当のことだ。


「ミンティぐらいよ。なにもかもわかった上で一緒にいてくれるのは。けれど、カクトス様は違うわ」


きっと感情があまり表には出ないけれど、外面は取り繕っている。ミネレーリに対して、カクトスはそう思っているはずだ。

そんな人間だったら、どれだけ簡単なことだっただろう。

幼い日に自分がおかしいと自覚してからもミネレーリは変わらない。変わる必要などないと思っているし、きっと変わることはできない。

変わることができるのならば、ミンティやメイディアにたいして大切な感情を抱きたいと悩むはずだ。

それすらも今まで一度もなかった。


「私ね、ミンティ、リリーローザにカクトス様を慕っていると告げられた時になぜだか言ってしまったの。私もカクトス様が好きなのよって」


まるで珍妙な動物でも見てしまったかのようにミンティが固まった。

その姿があまりにも可笑しくて、ミネレーリは笑ってしまうのをおさえられない。


「最初はリリーローザへの当てつけで言ってしまったのだと思ったわ。でも……最近それは違うんじゃないかと感じてきた。ミンティに向けるものとは違う気持ち…………確かに私の中でカクトス様は特別なのかもしれない。でもね、それを恋と呼ぶのはまったく別。ミンティがシェルツさんに抱いている愛情なんてものでもない。私の中でカクトス様の立ち位置は特別かもしれないけど、宙ぶらりんの状態に近い。本当に私はおかしい人間。ね、ミンティもそう思うでしょう?」


「思わないわよ」


切り返しは速攻で、ミネレーリの言葉を否定するものだった。

ミンティの美しい顔は険しくなっていて、この話が不快だと思っているのが、ありありとわかる。

それでも今日は止めることができない。


「ミンティぐらいだと言ったでしょう。わかったうえで一緒にいてくれるのは。でも、他の人は違うの。逃げ出す人もいたわ」


昔のお手伝いさん達のミネレーリを見つめる表情は、微かだが覚えている。

母の狂っていく行動のせいで辞めていくお手伝いさんの中で、ミネレーリが嫌で辞めていった人もいたはずだ。


「カクトス様も逃げ出すわ。本当の私を知れば。だったら、私は求婚をうけるべきでは」


バン! といきなり大きな音がしてミネレーリは口を噤んだ。

ミンティが机を両手で思いっきり叩いたのだ。さすがに不快にさせすぎたかとミネレーリが思っていると、ミンティはミネレーリの傍までやってきて、頬を両手で強くおさえた。


「あ~~叩いてやりたいけど、二重に怪我を負わせることはできないしムカつくったらないわ! いい! これから言うことを忘れずに記憶しなさい! いいわね! ミネレーリは怖がっているだけよ! カクトス様に嫌われるのを!」


「え……」


「本当に興味がなかったら、ミネレーリだったらすぐに対処して終わり! 忘れちゃうの! 簡単に! もうあっさりと! 昔から一緒にいるんだからこれは事実! お祖母様だって知っていることよ! それなのにカクトス様のことだけはうじうじしてばかり! これがどんな意味かわかる!? 例え恋じゃなくても愛じゃなくてもミネレーリの中でカクトス様は特別なの! 嫌われたくない相手なの! そんな相手が現れたことすら奇跡なのよ! ミネレーリには政略結婚しかないと思っていたのに!」


「政略結婚は貴族の大半がしていることだから、別に抵抗などないわ。愛などいらないなら、なお楽だし」


「愛のない結婚が嬉しいなんて言うミネレーリだから心配だったのよ! そんな貴方がカクトス様にだけは違うの! これはすっごく重要なことなの! 求婚を無理にうけろとは言わない! それでもカクトス様は嫌われるのが怖い相手なんだってこと自覚しておきなさい! いいわね!」


「……怖い……?」


「い・い・わ・ね!」


強制的にミネレーリの首を縦に振らせるミンティの顔を見ながら、ミネレーリは呆然と呟いていた。














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