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髪を切ったらモテた僕

 同窓会の会場になったイタリアンのお店は駅前のビルの中にあった。

 入口まで来て、気恥ずかしさで一瞬足が止まる。


 美容室で髪を切って。

 わざわざ服を買いに行って。


 今までやった事のないお洒落をしている僕。

 本当にお洒落な人達からしたら、全然『お洒落』って言えるレベルじゃないかもしれない。でもそう言う事に全く無頓着だった僕が、同窓会に出席するからって自分の格好を気にし始めているっていう事実が……気恥ずかしくなったのだ。なにカッコつけてるんだよ、大学デビューか?なんて思われないかな……。


『その考えがカッコ悪いです!』


 その時、ファイティングポーズを作り俺を見上げて微笑む、頼もしい小さな黒い魔女が頭に浮かんだ。


『お洒落はもはや身だしなみ、人への礼儀です!』

『お洒落して―――何が悪いんですか?』


 うん。もう大丈夫。


 俺はフーッと深呼吸をして、肩をストンと落とした。

 笑われたって、別に大丈夫。この日以外顔を合わせない人の方が多いんだから。せっかく彼女が掛けてくれた魔法なんだ。試してみたっていいじゃないか。







 参加して分かったけど……俺の変化など全く目立たないくらい、皆、垢抜けていてビックリした。制服から私服になったからそう思うのだろうか?元々皆お洒落だったと言う可能性もあるけど―――とにかく大半の人は大学や専門学校に行って二年目ともなると、身だしなみに気を使うのが普通になるらしい。中にはもう働いている子もいて、すっかり大人って雰囲気を醸し出している人もいる。


「おーい、久し振り」

「こっち、こっち!」

「おお!」


 遠く離れた大学に進学した友人達が手招きしている。

 あ、何だか安心感。やっぱ馴染みの奴等は落ち着くなあ。工学系の大学に進学した趣味嗜好のあう、俺の同類だ。

 でも二人とも、派手では無いもののそれなりに身だしなみを整えている。結構お洒落だ。それもシックリ似合っている。都会暮らしの所為だろうか?―――俺はホッと胸を撫で下ろした。良かった!俺浮いてない!返って今までの格好で来てたら浮いてたぐらいだ~。


「なに、ちょっとカッコ良くなってない?」

「本当だ!お洒落小僧って感じ。髪切ったの?バンブーのおっちゃん、やるじゃん」


 二人は俺の行き付けの理容室を知っている。いつも竹田のおじちゃんのネタで盛り上がっていたからな。


「違う所で切ったんだ」

「へー似合うじゃん」

「うん、ビビった。最初誰かと思ったモン」

「そっちこそ。二人もお洒落になったよな。もしかして都会でシティーボーイってヤツになっちゃった?」

「『シティーボーイ』!」

「死語じゃね!」


 ケラケラとひとしきりじゃれ合ったら、気持ちも解れた。


 楽しいな。小さな魔女さんのお陰だ。

 きっと今までの格好でここへ来ていたら、すっかり大人びたような友人を前に自分の格好のダサさが引っ掛かって純粋に楽しめなかったかもしれない。そう言う事を気にしない為に身だしなみに気を遣うっていう考え方もあるんだ。


 大事なのは中身。

 だけど、お洒落に少し気を遣えばちょっと楽しい。


 きっと今の僕なら、例え以前の服に着替えてこの場に戻ったとしても―――卑屈にならずに座っていられるかもしれない。


 そんな魔法を黒づくめの金髪の魔女が、掛けてくれたんだ。







 トイレに行って戻って来る所で、人とぶつかりそうになった。


「あ、ゴメンなさい」

「いいえ」


 清楚な感じの可愛い女の子。白っぽい服装で肩くらいまでの柔らかな髪がふんわりしている。整った眉の下の睫毛がくるっとしていて。それを見て僕は黒い小さな魔女を思い出した。彼女のバッチリド派手なメイクを見た時ビビったなぁ……だからだろうか。昔なら気後れしそうな、キチンとした身なりの清楚な女の子を見ても動揺しない。薄味だねって思うくらいだ。


 壁に体を寄せて、その清楚な女の子を先に行かせようとした。


「ありがとうございます」


 そう言って笑顔になったその子が―――ちょっと目を見開いて、俺の顔を凝視した。


「え……ちょっと!随分変わったねえ!一瞬、分かんなかった……!」

「?」

「分かんない?ちょっとだけ大人しーく、メイクも変えたからなぁ」


 ……あ。分かった。


 『見んなよ!』


 そう言って俺を殺意の籠った目で睨みつけた、アイツだ。


「カッコいいじゃん!それにH大だっけ、この間ノーベル賞取った人いたよねぇ」

「いや、あれは物理化学科で俺は機械工学科……」

「そうなの?理系には変わりないでしょ?いいなあ……将来も安泰だし、このまま大企業とかに勤めるんでしょ?私就活なかなかうまく行かなくってさあ……羨ましい」

「そんなに上手く行けばいいけどね」

「ね!連絡先交換しよっ!せっかく再会したんだから~」


 何だか妙なトーンの話し方に、押されっ放しになってしまう。

 スッゴく怖かった奴に再会して、媚びたような物言いをされて混乱しかない。見た目だけ見たら、本当に清楚で可愛らしい感じなんだ。道を譲った所までは『あ、可愛い女の子だな』って単純に思ったくらい。


 中身がアイツだって知って、戦慄した。


 お洒落って―――メイクって、スゴイ。


 小さな魔女さんは初対面の数秒で印象が固まるって言ってた。

 高校生の時あんな仕打ちを受けていなかったら。うっかり普通に『可愛い子だなぁ』なんてニコニコしていたかもしれない。知らなかったら優し気な印象を受けたかもしれない。


 こ、こわ~~!!


 何だか勢いに押されて、一度登録して全く使っていないメッセージアプリのIDを教える破目になってしまった。それから二次会で、ソイツとソイツの友達が詰め寄って来て、キャイキャイかん高い声で良く分からない話を捲し立てられた。元カレの話?同じサークルの女子の話?聞き流すのが精一杯。何を言っているのか理解できないから頷く事しか出来なかったのに―――帰り際「優しいじゃん、あんなにちゃんと話聞いてくれる男って初めてだよ」って囁かれて、また背筋が凍った。


 友達に「モテてるな!」「ひょっとしてモテ期、来た?」って揶揄われたけど、あの清楚な見た目の短大生が、実はクラスで騒いでいた派手なグループの女子だって説明したら「げえ……!」って目を見開いて二度見していた。




 ……ホント、人は見た目じゃないよな。




 僕は派手な金髪の、真っ赤な口紅の女の子を思い浮かべ―――友達と一緒に清楚な、見た目だけは可愛らしい短大生を眺めながら、心から思ったのだった。



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