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買い物に付き合った私



「本当に……有難うございました!」


 そう言って頭を下げ、ホクホク顔で買ったばかりの服が入った紙袋を抱えて歩き出す背中を見ていた。


 するとクルリ、と彼は振り向いて。

 私がまだ彼の事をぼんやりと眺めている事に驚いたのか、ちょっとだけ目を見開いて―――それから小さく手を振ってくれた。




 か、かわい……。




 その照れくさそうな仕草に、キュン、と胸が締め付けられた。


 楽しい時間は一気に過ぎてしまった。

 失礼な事もたくさん言ってしまったし、今思うと怪しさ満杯の私の強引なお節介によく耐えてくれたと思う。それどころか……『買い物に付き合ってくれますか?』なんて、彼の方から改めてお願いしてくれて。偉そうにお洒落指南を語る私の話を、熱心に聞いてくれた。


 嬉しい。


 一人前に届かない半人前の私を、ちゃんと頼ってくれるのが心地よかった。

 美容師の専門学校を卒業して、臨時講師に来てくれた店長に拾って貰って一年が過ぎて……頑張って練習して店長の試験を通過し、お客さんの髪を切っても良いって許可を貰ったのに、全然指名が取れなくて。安いからって一旦私を指名した人も―――ジーっと小柄な私を見つめた後「やっぱ違う人で」と言われた時の絶望感。「あ、はい!わっかりました~!」なんて明るく返事をしてはみたものの……辛かったなぁ、泣きたくなった。


 いかにも『新人!』って感じだったから?

 それとも見た目?小さ過ぎる?恰好がイマイチ好みじゃない、とか?

 金髪……茶色くらいに染め直した方が良いのかなぁ。お客様をカットする時は、ちゃんとその人に合った髪型にするのに、派手にされちゃうと思われちゃう?それとも慣れて無さそうに見えて不安にさせちゃうのかな?『安かろう悪かろう』って想像されて。




 だからあの男の子が私に髪を切らせてくれた時、とても嬉しかった。

 その上スッゴく喜んでくれて。『ありがとう』って言ってくれて、私舞い上がっちゃったんだなぁ。もっともっと色々してあげたくなっちゃったんだ。


 でもこれで。

 あの男の子ともお別れ。


 気に入ってくれたら―――何ヵ月か後にリピーターになってくれるかな?

 来てくれるといいけど。こんな風に不躾に買い物に誘ったりとかは……もう出来ないよなぁ、きっと。


 だって彼はお客様なんだ。

 あの服を着て、同窓会に行ったら……すぐに彼女とかできちゃったりして。

 私の頭の中には、派手ではないけれどもちょっとお洒落、それでいて誠実そうな今流行りの塩味男子がシミレーションみたいにリアルに思い浮かんでしまう。

 彼はあまり気が付いていないけど、客観的に見て、かなりカッコ良く変身しちゃうと思う。

 今まで無頓着な人だったらしいから、久し振りに会ってギャップにキュンとしちゃう女の子もいるかもなぁ。


 それは私の仕事が成功したって事になるんだけど。

 喜ぶべき事なのに、何だか少し胸が痛い。


 私は溜息を吐いた。


 成功したら―――彼はまた、私を指名してくれるかな?

 その時久し振りに会った彼は、どんな風に変わっているのだろう?


 楽しみなような、寂しいような複雑な気持ちを抱えて、私は地下鉄駅の改札へ向かって歩き出したのだった。



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