もうちょっとだけ、カッコ良くなった僕
萎れていた彼女が水を吸ったレタスのようにシャキン!と蘇った。
彼女は目を輝かせて俺をビルの五階にあるウニクロの巨大店舗に連れて行った。
「ひ、広いな……」
ウニクロに行った経験はあったが、この店舗を訪れたのは初めてだった。
「確かワンフロアで世界一の広さって、開店した時言ってましたね。あ、メンズコーナーはこちらです!」
僕はキョロキョロしながら、小柄な彼女が転がるように走って行く後ろに着いて行った。メンズコーナーもでかかった。大量の服の洪水に頭がクラクラしそうだ。
ピタリと止まった彼女の背中に、情けない声を掛けてしまう。
「あの……こんなに一杯あったら……選べる気がしないんですが……」
「ですよね!」
「え?」
「初心者は一から選ばなくて良いのです。マネしましょう!」
「真似……?」
「そうです。お店で服を作る時、かならずその服をどう他の服と組み合わせるのかって考えます。そしてお勧めコーディネイトを提案します。お客様もその服をどうやって着たら良いかイメージしやすいですし、ひょっとするとコーディネイトを見て他のアイテムも買ってくれる可能性も広がるでしょう?」
「確かに」
なるほどね。僕はコクリと頷いて納得を示した。
「だからそれをマネするのが手っ取り早いのです!」
「でもそう言うのって、どうやって知るんですか?」
「ふふふ……目の前に一番のお勧めがありますよ~じゃん!」
「あ!……マネキン?」
彼女が大仰に手を広げて、服を纏った顔の無い人型のマネキンを示した。
確かにスッキリしていて見栄えが良い。でもこのまま着るのはちょっと恥ずかしいのでは?もしかして直ぐに言いあてられたりしないだろうか……真似っこだって。
心配そうな俺の表情に気付いたのか、彼女はチョイチョイと手招きをして僕を店の中にあるベンチスペースへ誘導した。ストンと座ってまたしてもチョイチョイと手招きする。
うーん。なんかこの仕草、前も見たけど可愛いな。
そんな余計な事を考えつつ彼女の隣に腰を下ろすと、彼女はスマホを取り出して指でスイスイっと操作し始めた。直ぐに目的の画面に辿り着くと「じゃじゃん!」と言って画面を差し出した。
「マネキンもモチロンいいのですけれど、サイトにコーディネイトが載っているんです。それぞれ好みとか似合うものってその人のタイプによって違いますからね。これを見て自分に合ったコーディネイトを探して、そのアイテムを探し出しましょう!」
『WE RECOMMEND!』と表示されたページには男性モデルが服を着てさり気ないポーズをとっている写真がズラリ。
「お、おお~。こんな便利なモノがあるんですね……」
「そうです、しかも全部ウニクロで揃うんですよ?それに総額も分かるので予算の検討にも持って来い!なんです」
写真を一つ選んでスクロールすると、アイテムごとの商品詳細と値段が表示されている。軽く暗算してみて予算の範囲内に余裕で収まる事を理解した。
「どんなのが良いですか?」
「ええ?分かりません……」
「まあまあ、試しにカッコイイな~って思ったもの、選んでみてください」
「じゃあ……これ」
雑誌に出て来そうな外国人(?)モデルが帽子を被って決めポーズを取っている写真を恐る恐る指差してみた。すると彼女は頷きつつ「ふむふむ、なるほど~」と一応賛同を示してからバッサリと笑顔で言った。
「お好きな物は分かりました。カッコいいですよね、ちょっとワイルドで。だけど―――選ぶのは『自分に似合うもの』が良いですね」
「う……でも、何がなんだか」
第一服を選んだ記憶が無い。
どっから手を付けて良いか、皆目見当がつかない。
すると若干涙目になりそうな僕の顔を覗き込んで、自らの唇に人差し指を押し付け彼女は囁いた。
「大丈夫です。先ずは自分に似た感じの人!つまり―――日本人モデルさん、アジア系の人を参考にしましょう」
な、なるほど。確かに。
僕が選んだモデルは白人系で僕と掛け離れた容貌をしていた。
「それと、タイプです。つまりキャラに合っているかどうか。自分のキャラに似ている写真、若しくはちょっと進んでこんな風になりたいなって言う雰囲気のものを選ぶと良いですよ。―――と言う事で私のおすすめは……これですね」
グレーの襟付きの柔らかい生地のジャケットに、黒いスリムなジーンズ。それから襟にボタンの付いたカチッとしたシャツを着た黒メガネの男の人。確かにカッコイイ。でも思ったほど派手じゃない。
「これが僕のキャラに合っているって事ですか?」
ちょっとザックリしたスーツみたいな。大学生なのに気負い過ぎじゃないかな……。大抵僕は襟無しのTシャツに無地のパーカーとかラフな格好が多い。ちょっと気恥ずかしい気もするなぁ。
するとコホン、と一つわざとらしく咳をして、彼女は言った。
「古今東西女の子は―――スーツや制服。そう、誠実で仕事のできそうな頼りがいのある男の人が、大好きです」
「は、はあ……でも、僕バイトさえした事の無いすねかじり大学生……なんですが」
頼りがいって言葉からかけ離れている。
すると彼女はチッチッチって指を立てて左右に振り、ニコリと笑った。
「あくまでイメージです!そして『願望』。今後その男の子がそう育ちそうな雰囲気を醸し出せれば、好感度はアップします!……もちろん、好みがあってゴリマッチョが好きとか、遊び慣れたダンサー風が好き、という人もいますが。おそらく過半数の女の子は、誠実な頼りがいのある男の子に好感を抱きますし―――それに、そう言う雰囲気が貴方にはあります!誠実で!頭が良くて!優しい感じ!」
あ、『頼りがい』が抜けた。
と思ったが―――彼女の謎の説得力にまたしても流されるように……僕はコクリと頷いた。
そうしてサイズを確認して商品を選んで、試着を繰り返した。
彼女は着替えた僕に近づいたり離れたり、服を着た僕をしゃがませたり前習いの姿勢をさせたり―――上から下から散々眺めて、吟味してくれた。
こうして同窓会用の僕のコーディネイトが出来上がった。
彼女に手伝って貰って購入した服一式で―――僕はもうちょっとだけ、カッコ良くなったのだった。