提案を受けた僕
「喜んでいただけて何よりです。でも、とーぜんですよ!」
金髪の髪を今日はツインテールに纏めている彼女は、真っ赤な唇の両端を上げて微笑んだ。
スマイルマークみたい。表情筋がよく動く人ってこういう人の事を言うんだろう。やっぱり接客業だからこんなにクルクルと表情が変わるのだろうか。
睫毛と目元にキラキラした粉のような物が付いていて、それが何だか不思議でついついマジマジとそのピカピカした目元を見つめてしまう。
「それは元からお客様が持っていた素材が良いからです。私はちょっとだけそれを目立たせるように、お手伝いをしただけなんですから」
胸を張って、僕に伝わるようハッキリと言い聞かせてくれる彼女を見ていたら―――だんだん彼女は魔女なんじゃないかって思えて来る。街中に身分を隠して住んでいる……真っ黒な装いの小さな魔女。だって彼女の言葉は特別によく、僕の鼓膜を震わせる。彼女の声がまるで脳まで直接響いているみたいに、スッと僕の中に入って来るんだ。
彼女の服装は今日も真っ黒だ。
この間美容室に入って分かったけど、基本その美容室の人達は真っ黒な服を着ている。髪の毛が付いても目立たないように……だろうか?私服っぽいけど、黒を選ぶのがその店の決まりなのかもしれない。
今日も真っ黒なストン、としたワンピース。形が変わっていて、裾が少しすぼまっている、まるでかぼちゃみたいなデザインだ。杖でも持たせたら本当に魔女か妖精みたい。いや、彼女の場合は髪切り鋏が魔法の杖……に当たるのだろうか。
「あ……りがとうございます」
僕は頬に更に熱が上るのをまざまざと感じながら、たどたどしくお礼を言った。
『ありがとう』って正面から口にするのって……さっきもちょっと思ったけど、いつ振りだろうか。何だかとてつもなく恥ずかしくて、声がしりすぼみになってしまう。
すると彼女は「あ!」と言うような口になって、それから厚底の黒いブーツでちょっと背伸びをして僕に手招きをした。
「?」
僕は訳の分からないまま少し膝を曲げる。口元に手を翳した彼女が、小さな声で囁いた。
「その後リベンジ出来ましたか?同級生に……」
あっ!思い出した~!
僕……うわ~恥ずい!
なんちゅー女々しい事を口走ったんだ。気が動転していたとは言え……。
僕はブンブン顔の前で手を振って、同時に首も左右に振った。できればハズイ俺の台詞、全部無かった事にしたい……。
「いえ!高校の同級生だから会う機会、ぜんっぜん無いですから。それ忘れてくださ……あれ?」
「どうしたんですか?」
「あ……クラス会。忘れてた。高校のクラス会が今度あるんです。だからその同級生も出席してたら、顔合わせるかも」
うわー嫌だな。
仲良かったクラスメートに会えるのは嬉しいけど、大学生になったアイツら、ますます派手で傍若無人になっていたりして……!また『ウザい、ダサい』とか『見んなよ!』とか言われたら、かなり凹む。まあ、ガラスの心を持った十代のあの頃よりは若干……気にせずにいられるのだろうけど。俺も僅かばかり成長しているから。
「どうしたんですか?浮かない顔ですね……」
「いえ、また『ウザい』とか『ダサい』とか言われたら凹むなぁって。せっかくカットして貰って良い気分になったのに。正直、自信ないんですよね」
「……」
そう呟いて背筋を戻す。
小柄な魔女みたいな彼女は、ビラを手に持ったまま右手を自分の顎にあて―――ジ~~ッと上から下まで。ゆっくりと視線を俺の体に這わせ……
「分かりました」
と頷いた。
「え?何がですか」
「服を買いに行きましょう」
「服?」
「サイズが合ってないですね」
ギク。確かにサイズは合っていない。だって母親が買ってきたもの着まわしているだけだし。でもちょっと大きめなだけで……それほど礼儀にもとるような恰好はしていない筈だけど。
「そこの喫茶店で待っていてください。今日早上がりなんです。一時間半後に、そちらに向かいますから」
「え……ええ?」
「せっかくこんなにカッコ良くなったんです!こうなったら乗りかかった船です。貴方の同窓会の衣装、スタイリングのお手伝いをいたします!」
「ええ!そ、そんな……」
何だか嫌な予感がした。
これって、もしかして詐欺だったりして。
知合いの高級な店に連れて行かれて、借金させて○万円のスーツとか○十万円の時計とか買わされたりしちゃったり……!
「ぼ、僕そんなにお金な……」
「大丈夫です!ファストファッションでお洒落初心者は十分ですから。貴方が今着ているウニクロだって、キチンと似合う物を選べば十分素敵に変身できます。その子にもう『ダサい』なんて決して言わせませんから……!」
ウニクロ?
ならこの間、母親に服かって来いと言われて渡されたお金がある。もう選ぶの面倒だから自分で買っておいでって言われて。
小柄な魔女がビラを持っていない右手で拳を作り、ファイティングポーズで僕を見上げている。その大きな目に吸い込まれそうになって―――僕は思わずまたしても頷いてしまったのだった……。