彼女は女の子5
目の前にあるのはカフェのロゴがプリントされたマグカップになみなみと注がれている『本日のコーヒー』。僕が頼むのは大抵定番メニューが多い。一方彼女が頼んだのは、僕の武骨なコーヒーとは正反対のカラフルなカップで、更にモコモコしたぬいぐるみのようなものが巻き付いている。
「うーん、可愛い!」
それをスマホで撮影して、彼女はニンマリと笑った。後で画像を美容室のウエブページにリンクしている写真サイトに掲載するらしい。美容室の従業員が交代で更新しているそうだ。
「これ人気でね、売り切れちゃった店舗もあるんだって」
そう言って、カップの正面をクルリと僕に向けてくれる。『ぬいぐるみのような』じゃなくて、本当にぬいぐるみだった。赤いクリスマス仕様の紙製のカップを包んでいるのは、リボンを付けたクマのぬいぐるみだ。伸び縮みする素材で作られていて取り外せるようになっているらしい。そーか、あの時追加料金を払っていたのが、これか……!うーん、確かに可愛いけど僕だったらこれを頼むくらいならレジに置いてあったクッキーを頼む。それか二杯目のコーヒーを注文するだろう。いや、やっぱ中古コミックかな。一~二冊は買えるハズ。
「それは……持って帰れるの?」
「うん。温かい飲み物を買ったときに使うの。素手で触っても熱くないから」
思わずホッと息を吐く。ここで写真を撮るためだけにお金を払ったと言うなら勿体無いと思ったのだ。役にも立つなら、気持ちの整理も付けやすい。いや、コレお金出したの彼女だから僕がアレコレ気にする必要はないんだけど……でも何となく有用性とか理由の落としどころを付けたくなるのは、僕個人がそう言う性格だからか、それとも理系男の性質なのか。
「そうだね、それなら保温にもなるし役に立つよね」
すると彼女は目をまん丸にして僕を凝視した。
うっ……変なこと言ったのかな?俄かに心配になった所でプッと彼女が噴き出した。
「……あははホント!うん、保温にもなる。『役に立つ』ね!」
真面目に考察した僕の台詞が―――なぜかツボに入ったらしく、彼女はコロコロと笑い出した。僕は冗談を言ったつもりは無いんだけどなぁ。……まぁでもウケたならどうでもイイか、と言う気分になってしまう。彼女が目の前で笑っているだけで、何だか楽しくなってくるんだ。だから思わず、僕もつられて笑ってしまった。
ああ楽しいなぁ。何でこんなに楽しいんだろう?
ただ向かい合って座って、飲み物を飲んでいるだけ。他愛無いぬいぐるみのクマを話のネタにして。男同士だったら話題にもしないような些細なことなのに。
ふと目の前のカップを包む、彼女の細い指が目に入る。
「あれ?それ……」
「ずいぶん楽しそうね?」
トン!と肩を叩かれた。
キョトンと顔を上げて僕の斜め後ろを見る、彼女の視線を辿るように振り返る。するとそこにいたのは―――同級生の女の子二人組だった。
「デート?」
口を開いたのは、この間飲み会でちょっと口論してしまった相手だ。とは言えその飲み会の後、すぐに蟠りは無くなったのだけれど―――僕は一瞬口籠ってしまう。だって彼女は付き合っていた相手に振られたばかりなのだ。その結果僕の彼女に対して辛辣な言葉を吐いてしまったわけで……つまり僕が初めて出来た彼女との関係にあんまり浮かれているからイラついて八つ当たりしてしまったと言う、説明してしまえば身も蓋も無い話だった。だけど苛立つ気持ちも分かる。僕だって少し前までは『リア充爆発しろ』なんて苦々しく思う側だったのだ。だから、また相手の気持ちを逆撫でするような態度をとってしまったらどうしよう?と咄嗟にブレーキがかかったのだ。
「えーと……」
すると彼女は眉を下げてアングリと口を開けた。それから「あーうー」と唸って腕組みをする。そして「ちょっと来て……!」と言って僕の腕を取って椅子から立ち上がらせ、カフェの奥の方に引っ張っていった。
その場に残った二人に声が聞こえないくらい十分距離を取ってから、彼女は口元に手を当てて困った様子で囁いた。
「変に気を遣わないでよ!あの時言ったこと……私が振られたことは忘れて良いから!もう吹っ切れたし……!」
「……ゴメン」
僕の下手な気遣いの理由は、気遣い虫の彼女にはバレバレだったらしい。肩を落とした僕を彼女は慰めるように笑った。
「うん、私こそゴメン。揶揄うようなこと言って」
「あ、うん」
僕こそ使い慣れない気を遣って、返って彼女に気を遣わせてしまって悪かったと思う。だけどこれ以上謝るのもなんなので、ただ神妙に頷いてみせた。すると彼女も息を吐いて表情の強張りを解いた。
「じゃ、これでお邪魔は退散しますので。『デート』頑張ってね……!」
「ありがとう」
今度こそホッと肩の力を抜いて頷いた。すると彼女も安心したようにニッコリと笑う。
その表情は、本当に吹っ切れているみたいに見えた。そうじゃ無かったとしても、彼女の言い分を信じてそうだと思うことにした方が良さそうだ。それから「じゃね」と軽く手を上げてもう一人の女の子の元に戻り、彼女は席に座っている僕の彼女に会釈して、カフェを去って行ったのだった。




