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美容室で髪を切ったらモテました。  作者: ねがえり太郎
おまけ2 同級生から見た僕
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彼と彼女の関係

 学祭の翌日は一学期春タームの授業終了日で、翌日から夏タームの授業が始まる。タームの間に休みが挟まる訳じゃないから、体感では一区切りって感じは全くしない。だけど落ち着かない気持ちを抱えたままジリジリしているのが嫌で、学祭の時屋台で真っ先に声を掛けてくれた、ノリの良いひょろ長い男の子に打上げをしないかと持ち掛けた。学祭気分の抜けきらない科の同期生達に彼が声を掛けてくれて、十数名ほどで居酒屋に行く事になった。当然ひょろ長い男の子と仲の良い彼も一緒だ。


 飲み放題コースはいろいろあるけれど『一時間三十分ビール無しで八百八十円飲み放題』一択。常に金欠の学生には選択肢は少ないのだ。学祭空けのぽっかり力の抜けた体に、飲み負けしないようにドンドンつぎ込むアルコールが染みる。いつもなら飲み会では飲み過ぎないように気を配っている。大抵私が最後のお会計を受け持つからだ。―――果たしてこういう所が駄目なのかな?しっかり者と言われる世話焼き気質。……後輩ちゃんはいつも飲み過ぎてデロデロになってしまうから、同性の私はいつも少しハラハラしていた。だけど男性側からしたら、そう言う危なっかしい無防備な女の子の方に惹かれるのかもしれない。

 今回私に対する思い遣りの欠けた態度から彼女のずるい側面が発覚して、元カレは不信感を抱いたそう。だけどもし、その対応が遠慮がちに周囲を慮るものだったなら、きっと今頃彼は後輩ちゃんに無事告白をして、両想いになっていた筈。


 そんな事が頭にあったからかもしれない。私は強かに酔っぱらってしまった。そうして酔いに任せて、周りの話題に相槌を打ちながら笑っている気になる彼の隣に半ば強引に腰を下ろしたのだ。


「飲んでる?」

「うん、飲んでるよ」


 無難に返す彼に普段なら先ず同じく無難な世間話から仕掛ける所なのに、アルコールで理性のタガが外れ掛かっている私は、単刀直入に気になって仕方が無い『あのこと』について尋ねてしまう。


「学祭の時、見たよ。彼女?」

「え?」

「私、正門の入口のカフェで休んでたの。金髪の女の子と歩いてたでしょ」

「あ……ええと」


 彼はキッパリと応えずに頬を赤くした。そのはにかんだ表情が肯定を表しているようで、私の心臓にグサグサと何かが突き刺さった。その痛みを誤魔化すように口を開く。


「なんか彼女……個性的だよね、髪の毛もそうだけど格好も。他の学校の子?短大とか専門とか」

「いや……美容師だよ」


 恥ずかしそうに、それでもキッパリと応える様子に気持ちがガリガリと削られるような気がした。私は彼の口からどんな回答をして欲しかったのだろうか。


(誤解だよ、ただの知合いだ)


 なんて言ってくれるとでも思っていたのかもしれない。なのに『決定的な台詞を聞くまで引き下がりたくない』と、心の奥で諦めの悪い誰かの声がする。泥沼に落とした落とし物を探しているみたいに、ぬかるんだ場所に踏み込んだ足を引き抜けずにいた。


「美容師と言う事は……ひょっとして髪、彼女に切って貰ったの?」

「あ、うん。そうだよ」

「もしかして……今着てる服も彼女のお勧め?」


 私の率直な質問に、彼は少し言い辛そうにモゴモゴと口を動かしてから「うん」と頷いた。恥ずかしそうに視線を下げる純朴な態度を目にして、俄かに心配になった。


 もしかして……彼、カモにされていない?


 彼女にとっては彼は『お客様』だ。良い顔をして、高い美容室に何度も通わせようとしているのじゃないだろうか。それに服まで……もしかして知合いの店に連れて行って高い服を売りつけているかもしれない。彼が素直に彼女の言う事に従うから―――利用されているのではないだろうか。確かに髪型も清潔感のあるカジュアルな服装も、彼の素朴な雰囲気に似合ってはいるけれど……。


 そんな考えが頭に浮かんだのは、悔しかったからかもしれない。彼の変化の理由が、あの金髪の彼女に起因するもので、だとすると私が彼に注目する以前から彼女が彼に注目していたと言う事で。でも私だって、彼の見た目が変化する前から彼の良さには気付いていたのにって。


 それともただ単純に僅かな希望に縋ってしまったのかもしれない。あの金髪の彼女が、後輩ちゃんみたいに自分の目的の為に相手の気持ちを利用するような人間だったら―――そうだったら私が彼に横恋慕して、彼の関心を得ようと努力する事に大義名分が出来るのに、って。


 そんな邪な自分の気持ちを見ないようにして、私は殊更冗談めかして言ったのだ。


「騙されているんじゃないの~?」

「え?」


 照れて俯きがちになった視線を上げて、彼はパチクリと瞬きをした。そう、まるでそんな考え、露程にも浮かべた事が無いと言うように。


「あのね、私のサークルでもH大生ってモテるのね、インカレの他学生の女の子に」


 彼は私の言葉に訝し気に眉を寄せた。不快に思われた!と慌てた私は科の男の子達の前で口にしていなかった情けない事情を吐露してしまう。


「実は私もつい最近、短大の子に取られちゃって!彼氏をさ……」

「えっ……そうなんだ」


 一気に彼の表情が同情に傾く。ホッと胸を撫でおろして、気まずさのしこりを胸に抱えたまま、私は続けた。


「まあ、それについてはもう吹っ切れたんだけど!でも『美容師』って接客業だから人の扱い上手いでしょ?将来性で男の子をキープしたいと考えているとか……それかホラ、服とか彼女のお勧めで買ってるって聞いたから、知合いのお店で高い物買わされていないかって心配になって」


 ちょっと言い過ぎたかも。と思った時にはもう遅かった。

 もっと良い言い方があった筈なのに、何でそんな言葉を選んじゃったのだろう。きっとあの金髪の彼女を貶めたくなっちゃったんだ―――それこそ、焦って私を貶めようとした後輩ちゃんと同じように。


「―――そんな子じゃないよ」


 低い硬い声音にギクリとして、背筋を冷たいものが走った。


「彼女は……いつもすごく一所懸命で、純粋な子で」

「それが演技かもしれないでしょ?女の子のそう言うの、男の子は見抜けない事が多いし、実際それで後悔している人も……」


 彼があまりに熱心に庇うから―――咄嗟に反論してしまった。だって実際そう言う事が私の身には降りかかって来た訳で。それをあの金髪の女の子に限って『あり得ない』と言い切る彼に、苛立ってしまったのだ。


 いや……違う。私は単純に嫉妬しただけだ。


 元カレは後輩ちゃんの手管に簡単に引っ掛かって私を振った。なのに目の前の彼はあんな派手な奇抜な格好の彼女の、誠実さを信じると言い切ったのだ。隣にいる私の忠告なんか、まるで信用していないと、そう宣言したのと同義だ。それを聞いた時、まるで私が彼に切り捨てられたような……そんな痛みが私の胸を突き刺したのだ。


「……」


 ふと気が付くと隣から冷気を伴った沈黙が漂って来た。

 顔を上げると、真顔の彼が私をジッと見通すように温度の無い瞳で、私を見ていた。


「あ、あの……ごめ」

「僕ちょっと……トイレ」


 スッと彼は立ち上がり、未練も残さず去って行った。その怒りを湛えた背中が、半個室の壁の向こうに消えるのを―――ボンヤリと眺めていた。そして我に返って頭を抱えた。




「私……サイテー」




 呟いた囁きが、青りんごサワーのグラスに落ちて炭酸の泡の上で弾けて消えた。


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