髪を切る私
やった……!
初めての指名のお客さん―――獲得……!!
「カッコ良くなったら―――誰に見せたいですか?」
「……カッコ良くなったら?」
流されるように頷いてくれた彼は、あまり私の言う事を信じてはいないようだった。
私は確信しているのに。彼は髪型と服装が少し似合わないだけで―――すこうし手を入れれば、見違えるほどカッコ良くなるんだって。
だってあのフォルム―――理想的な頭の形。
私はホウッと熱い溜息を吐いた。
あんなに私の理想にピッタリの素敵な頭の形の男の子がいるとは。
ちょっと薄味の繊細な表情―――大人しそうに見えるけど……今流行りの塩味男子そのものではないか。ちょっとピリリと胡椒を利かせれば、パリッと美味しい美男子に早変わりするのに。
いや私には十分素敵に見えるけれども―――世間的に言って、もっとずっと見栄えをよくする事は、ちょちょいのチョイで簡単な事だ。ただこういった事が得意分野の人間の手に掛かれば―――って注釈付きだけど。
「そうですね、そんな事があるとしたら……昔僕の事を『ダサい』って言った同級生に『カッコ良くなった』って言われたいですね」
ポツリと呟く表情の、二つの瞳が少しだけ昏く光った。
むむむ……なるほど。
実に勿体無い。
実は『カッコ良い』か『ダサいか』って言うのは、ほんのちょっとの匙加減の差でしかない。そんなに大きな違いは無いのだ。あと心構え。本当は素地はそんなに関係ない。女の子より男の子の方が―――それはかなり顕著だ。清潔感のある身だしなみと自信を滲ませる目の光、それから聞く人の心を落ち着かせる安定感のある声や口調。女の子より元の作りは『モテ』にはそれほど関係ない。
その証拠に人気のあるアイドルや俳優さんは、中高生の頃あまりモテない地味な人だったって事が結構ある。ようはカッコ良い、モテそうな『イメージ』が大事なのだ。
けれども男の人の中にはお洒落に気を遣う事自体に拒否反応を持ってしまう人も、まだまだ多い。そしてそう言う男の人は得てして美容室には足を踏み入れないのだ。
だけどだけど―――それじゃあ、勿体無い!
最初の数秒で人の印象が決まってしまうとも言われるけれども―――人は見た目じゃない。
だから、ほんのちょっとの工夫や習慣で180度印象が変わる些細な事に振り回されて欲しく無い。だけど見た目に無頓着な人ほど相手を見た目で判断する事が何故か多いのだ。そうして、自分を駄目だって決めつけて俯いてしまう。
やっぱりそんなの、スッゴく勿体無いと思う!
「良いですね!目にもの見せてやりましょう!……と、髪型ひとつでそこまでは言えないですが、『ちょっとカッコ良くなったじゃない?』ってぐらいは言わせて見せます。お任せください!どーんと大船に乗ったつもりで!えっと……言い過ぎました。ジュニアスタイリストと言う小舟ですが、背一杯『ちょっとカッコ良い』向こう岸まで漕がせていただきます!」
こうして私は初めての指名を受けて、髪を切る事となったのだった。