元彼と彼女の関係
屋台に戻ると後輩ちゃんは既に去った後だった。まだ絡まれるようなら、もう彼女に当番を譲ってしまおうかとすら考えていたのに。元カレに彼女の事を訪ねると「返した」と素っ気ない回答が返って来て……拍子抜けした。
「客足も落ち着いたし……あの子の所に行ってあげれば?」
「……」
余計なお世話かと思ったが、つい口をついて出てしまった。すると彼は目を瞠って私を見て―――それから黙って視線を逸らすと、小さく首を振った。
生理現象を理由にあの場を逃げ出した私だけれど、本当は切羽詰まってなどいなかった。だから一目散に彼等の視線が届かない場所まで逃げてから、ゆっくりとしたものに歩調を戻し、落ち着いて考えを巡らせたのだ。
後輩ちゃんの焦る気持ちは分からないではない。
彼には前科がある、だから信用できないのだろう。これがいわゆる因果応報と言うヤツだろうか?人から奪って得た幸せはそのまま、いつか奪われるのではと言う恐れに変わる。そして例え、彼にとって私が単なる暇つぶしの遊び相手で、後輩ちゃんが真実彼の運命の相手だったのだとしても―――あんな風に繰り返し疑われたらいつかギクシャクしてしまうのではないだろうか。……要するに彼女は不安なのだ。
私にも覚えがある。彼が私以外の女の子に心を配っている間、寂しかったし不安だった。置いてきぼりにされているようで―――心細かった。意地でそうじゃない振りを装ってはいたけれども。あれ?じゃあ、私のやり方じゃ駄目じゃん。結局振られたんだし。
フォローしてあげれば良いのに、と思う。もしかして『敏い』と思っていた彼も存外女心に鈍いのかもしれない。
それとも本当に私の言葉は『余計なお世話』で、あの後、既にちゃんと誤解を解いて上げてたりして。だから大人しく彼女達は引き下がったとか……?
そう、不安が湧き上がったとしても、後から「大丈夫だよ」って言ってくれるだけで随分違うと思うのだ。これ、現実の体験から来たリアルな実感。そしてそれは、同時に私が掛けて欲しかった言葉でもある。
あの時、彼女みたいにもっと素直に不満を言えば良かったのかな?そうすれば、元カレも私の不安に気が付いてくれただろうか。それとも私ではそんな気になれない?後輩ちゃんに対してなら、漏れなくキチンとフォローしたりして。庇護欲を掻き立てるか弱い女の子って、得だよね……。
気まずい空気が流れる。本当に余計な事を言ってしまったな、と自分の空気の読めなさ加減に舌打ちしそうになった。あーあ……彼が帰らないのなら、いっそ私が帰りたいな。―――なんて思い始めた頃、サプライズプレゼントのように彼等が現れた。
「あ、本当にいた」
地味系男子の集団が近づいて来た。同じ科の男の子達が四人、私を最初に見つけたひょろ長い男の子がちょっと楽しそうに笑って、隣の彼の肩を叩いた。振り向いた彼の眉が上がって、ちょっとだけ微笑んだように見える。
ドキリとした。
本当に―――彼は変わった。派手では無いし目立ちはしないけど、さり気なくお洒落なシャツを着こなしているし、表情も豊かになったと思う。単に前髪が無くなって顔が見えるようになった所為もあるかもしれないけれど。そりゃ、サークルの男の子に比べたら『表情豊か』とは言い難いかもしれないけど……ちゃんと目を合わせて話してくれるだけでも随分な進歩だ。
彼の周りの男の子もそれほど積極的に女子に話しかけるタイプじゃ無かった。だけど最近一緒に飲みに行ったりしたお陰で、気さくに話しかけてくれるようになった。以前サークルで屋台をやると言っていた事を覚えてくれていたんだろう。
「頑張ってるね」
「うん、あ!どう?今ならお買い得ですよ?」
別に定価のままだし、割引はしていない。あくまで軽い感じで売り子を演出すると、ひょろ長い子は愛想良く笑ってくれた。彼も釣られて笑う。
わーい!受けた!と思わずニッコリしてしまう。
「お姉さん、お勧めは何ですか?」
ひょろ長い彼が乗ってくれたので「そうですね~やっぱ、定番のテリヤキですか。あっトマト&バジルもなかなかですよ?」と返してみる。
「じゃあ、テリヤキ一つ!」
「俺はトマトのやつ」
「まいどっ、お一つ三百円でっす。箸は一つずつで良い?」
頷く彼らに、パックに入った鶏肉のグリルに箸をつけて渡す。すると財布から三百円を出してそれぞれ払ってくれた。
「あ、僕も……えーと、テリヤキで」
「わっ、ありがと!」
「いや、美味しそうだし」
思わず大仰に喜びを表してしまう。嬉しい!彼が買いに来てくれるなんて期待していなかったから、本当に嬉し過ぎる!!先に三百円を差し出してくれた彼に、私は満面の笑顔で接客した。
「お箸は一つで良いかな」
「ええと……二つで」
もう一人の子と分けるのかな?優しいじゃん。
「おっ……二つか……」
「いいよな、お前は。これから待合わせだもんなー」
「リア充め」
と、思いかけた所で―――即座にその想像を否定され、思わず固まってしまった。
「ほら、テリヤキに箸二つ」
元カレから受け取ったそれを彼に渡すと、照れくさそうにペコリと頭を下げてくれた。
するとひょろ長い子が笑顔で私を労ってくれる。
「あっ……ハイ。どうぞ!」
彼は私からそれを受け取ると、照れくさそうにペコリと頭を下げてくれた。
ひょろ長い子が笑顔で私を労ってくれた。
「じゃあ、頑張ってね」
励ましの言葉に私はニパッと笑顔を作って、胸元で小さく両手を振って見せた。
「うん!あっ、学祭楽しんでね~!」
……どうかな?いつも通りに見えるかな?
「はーい」
「うーっす」
眼鏡のぽっちゃり君と体格の良い子が返事をしてくれた。彼も片手を上げてくれて―――いつもならキュンとする所なのに、落ち込んでしまう。
いつもよりずっと柔らかい雰囲気だった。少しにこやかなのは―――私に会えて嬉しいわけでも、お祭りの雰囲気に浮かれている訳でもなくて、噂の『彼女』とこれから会うから……なのかな?
「はぁ~……」
彼等が背を向けて十分に遠ざかったのを確認して―――私はガックリと目の前の作業台に両手をついて肩を落としたのだった。




