指名された私
相も変わらずビラ配りをしている私。
今日はあまり調子が良くない気がする。
受け取ってくれる人はいつも四割くらい。受け取ってくれそうな人を吟味してサッと一枚差し出す。タイミングが大事なんだ。だけど今日は成功率が低い気がする。踏み出しが上手く行ってないのかな……気持ちが沈んでいるから、キレが鈍くなってしまうのかもしれない。
思わずフーッと溜息を吐いた私の目の前に影が落ちた。
足元を見ていた視線を上げると……ヒョロリと背の高い男の子が。
「こんにちは」
「こ……こんにちは!」
思わずどもってしまうくらい、吃驚してしまった。
すると男の子はフフッと笑ってニッコリと笑い掛けてくれた。
うわぁ。
何だか余裕がある。
以前みたいにビクビクオドオド(はっきり言ってスイマセン!)していない。自信が体に備わったみたい。そして見た目も……とても似合っている。ジャケットは羽織っていないものの、彼は私と一緒に買ったアイテムを身に着けていた。とってもしっくりきていて……うん、カッコいい!
「あの、髪を切って欲しいんです。指名しても……良いですか?」
ちょっと小首を傾げて柔らかく笑う表情に思わず見入ってしまい、私は慌てて返事を叫んだ。
「は……はい!是非!よろしくお願いします!」
「ぷっあはは、相変わらず元気良いですね」
そう言って、はにかむ笑顔が眩しい。
あれ、何だかドキドキしてきちゃう……これって、大成功!って事だよね。私の手伝いで、彼がカッコ良くなったって事だ。プロデュースした当人がドキドキしちゃうくらいに。
「はい!元気モリモリです!」
そう拳を作って主張したら。
彼はまたしても、堪えきれないように笑い出したのだった。
カットを粗方終えて鏡で後ろも確認して貰う。彼が満足気に頷いてくれたので、シャンプー台に案内した。
「熱く無いですか?」
「はい大丈夫です」
シャワワ~とシャワーを掛けて頭を丁寧に洗っていく。ある程度流した後はシャンプーを泡立てて地肌を重点的に、指先でマッサージしてゆく。
うん。やっぱこの人の頭の形、とっても綺麗。触りながら改めて思う、私好みの形だなぁって。
「気持ち悪い所とか無いですか?」
「無いです」
そう答えた後、彼は少し恥ずかしそうに言った。顔にガーゼを乗せているから、表情は見えないんだけど、声で何となくそう感じた。
「……というかスッゴく気持ち良いです。寝ちゃいそう……」
「アハハ、実際眠っちゃう人いますよ。話し掛けても返事が無かったりすると、あ、寝てるんだなぁって気付きます」
「それ起こしづらくないですか?」
「そっと寝かせておきます。でも大抵椅子を起こす衝撃で目覚めるので、声を掛けなくても大丈夫なんです」
「へーなるほど」
やっぱり余裕が身に付いたように見えるなぁ。
この間は緊張していたのか、シャンプーの間は返事をしてくれたけどそれっきりだった。こんな風に話が弾むなんて……嬉しい反面、ちょっと寂しい。こういうのが『聞き上手』って言うのかな?やっぱり女の子慣れしてきたように思える。
「そう言えば、同窓会どうでした?」
「あ、はい。楽しかったです。その……髪型とか服装、褒められました。買い物付き合っていただいて、本当に助かりました」
「良かった!」
ジン……と胸が熱くなる。
照れくさそうに結果報告してくれる彼の気分が、本心から上がっているのが声の調子で感じられた。ちょっとは役に立てたんだな。でも褒められたのは、彼の人柄もあるのだろう。幾ら格好良くても、嫌な感じの人を褒めたいとは思わないモンね。
「美容師冥利に尽きます。そう言えば……リベンジできました?」
昔彼を『ダサい』と評した同級生に『カッコ良くなった』って言われたいと、最初に髪を切った時に彼が漏らしていたのだ。
「え!ああ……会いましたよ。吃驚しました、あっちも変わってて見た目が全然……」
「もしかしてあんまり可愛くなってて吃驚しました?」
「あ、うーん……そうですね」
ちょっと口籠りながら答える返事に、気持ちが僅かに重くなる。
「『カッコ良くなった』って言われたんじゃないですか?」
「えっと、そうですね」
やっぱり……!
彼の表情は分からないけれど、言葉少ななのは照れているからだろうか。
「連絡先聞かれたりしませんでしたか?」
「……そうですね」
「うわ!スゴイ。リベンジ大成功ですね」
えーん。何かグッサリ来た……!
だからことさら、明るい声で盛り上げるように言ってしまう。
うう……何だか寂しいよう。見た目なんか変わらなくても、彼は優しくて良い人だった。それが分かったから、もっと人生楽しんで欲しくてお洒落のアドバイスをしたんだ。
そして彼は見事に変身……!彼の事を見向きもしなかった女性からもアプローチされて。まるで男版シンデレラ。私が魔法使いで、同級生の女の子が王子様で。
彼の幸せを喜ぶべきなのに、完全に喜べない私。
でも、髪を切らなければ良かったとは……思えないんだよなぁ。
ドンドン会うたび明るくなって、自信を付けていく彼を見ていたら。やっぱり良かったって思う。これで良かったんだって。
「はい、終わりました。椅子の背、起こしますね~」
シャンプー台から鏡の前に移動して、ドライヤーで髪を乾かし始める。
すると彼が何か言いたげな様子をしているのに気が付いた。
「どうしました?」
「あの……女の人って……」
「はい」
「何を上げたら……喜びますかね?」
「……」
恥ずかしそうに視線を逸らして尋ねる彼の顔を、マジマジと見てしまった。
「もしかして、プレゼントされるんですか?」
「いや、まあプレゼントって言うほどの物じゃないんですけど……」
たどたどしく言う言い訳に、私は目を丸くする。
スゴイ。つまりお近づきになる為に何かこちらからアプローチをするって事だよね。
胸が熱くなった。
本当はちょっと寂しい。
だけど、彼が勇気を持って一歩踏み出せるように変わった事が―――嬉しかった。
寂しいは寂しいけど……それだけ彼が変われる切っ掛けを作れたのだから、これはこれで良かったのだろう。それが証拠に、また私を指名してくれたんだもの。つまり私のお手伝いが成功したって事。私はきっと今日、美容師として一歩前進できたんだ。だからお客様の幸せのために―――もう一度、精一杯応援させて貰おう。
「お花が……良いんじゃないでしょうか?」
「花……ですか?」
「お花を貰って気分を悪くする女の人は少ないと思います」
「いきなりだと驚きませんか?」
「うーん、一応消えモノですし。じゃあ負担にならないように一本にするとか、それか同じ消えモノでお菓子にするとか。いきなり残るモノだと引いちゃうかもしれません」
「……引いちゃいますか」
「……引いちゃいます。後は理由ですね、誕生日とか何かの御礼とか……親しくなってるなら気にしなくても良いかもしれないですけど。タイミングに納得できないと、受け取って貰えないかもしれません」
「そ、そうですか……」
キッパリと言う私の台詞に動揺する様子が、ちょっと可愛い。
私はクスリと笑ってフォローした。
「でも素敵な男性に好意を示されて喜ばない女の子はいないと思います」
「す、素敵な男性……」
「気にしないで、ドーンと行っちゃってください!」
「受け取って……もらえますかね?」
「きっと大丈夫です!」
後でちょっと『言い過ぎたかな……』と思った。
私も動揺していたのかもしれない。あの男の子が持って行ったプレゼント、きっと受け取って貰えると思うんのだけれども……もし駄目だったら。相手の女の人にアッサリ冷たく断られたら―――ガックリしてもうここに通ってくれなくなるかもしれない。
と言う事に気が付いたのは―――彼がイソイソと会計をすませて笑顔で帰って行った後だったのだ。




