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囁き  作者: てんの翔
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        38. ?月?日


 ヴィルヘルム様

 ヴェッツラーは昨日をさがして。


 ヴェッツラーとは『若きウェルテルの悩み』に出てくる土地の名だ。そして物語は、ウェルテルからヴィルヘルムに宛てた書簡という形で進んでいく。

 ちょっとヒネりすぎたかも。でも、これは序章のようなもの。

 前文は、謎めいていたほうがいいでしょ?

 だけど、わかる。これを読んだレミングどもは、計ったように、わたしの思惑どおり動くのだ。まるで、迷路に入れられたすべてのモルモットが、同じコースをたどってしまうように。

 ここから、計画がスタートする。

 前文送付から数日後。わたしは山城に、架空の人物をよそおってメールを出した。名前は、もちろん《赤いイルカ》。

 設定は、こう。二〇代の会社員。バンドマンになるのが夢だったけど、望み破れて就職した。しかし職場には馴染めず、毎日がおもしろくない。夢破れたのならば、生きていてもしょうがないじゃないか、と。

 遺書のようなものよ。見ず知らずの人間からのメールであっても、いまの山城が不自然さを感じることはない。確信がある。彼の心が一番病んでいるから。だから、一匹目なの。山城には、ほんの些細なきっかけだけあればいい。

 できることなら、同じ中学生か、せめて高校生がよかったわ。でも、学生の自殺のほとんどがイジメがらみでしょ? だったら、山城には無縁よ。いくらなんでもムリがある。一匹目のレミングを菊地に選んでいたら、それでもよかったかもしれないけどね。普段から、カマっぽいってからかわれてたから。

 参考にした人物はいる。メールを出そうとした前日に、ビルから飛び降り自殺をした男性だ。名前は、伊藤康文と新聞では報じていた。

 あの御茶の水駅で出会った、本物の《赤いイルカ》によって導かれたレミングだ。ネットで、予告のような『導き』を読んだ。本当は西新井駅で死ぬとされていたけど、実際には翌日、台東区のビルから飛び降りたようだ。でもわかる。その『導き』に導かれたということが。予感のようなものよ。わたしもイルカなのだから。

 さしでがましいのはわかっていたけど、わたしはその書き込みに、お節介を焼いておいたの。ウェルテルが来るかもしれなかったから。ウェルテルは好き。でもウェルテルに邪魔をされたら、導かれた人が可哀相でしょ。生き地獄が続いてしまう。ウェルテルは憎き敵なのだから。

 ウェルテルには気をつけろ──。

 そう忠告を書き込んでおいた。その数日後にも《赤いイルカ》の予告があったから、また書いておいた。たしか、南砂町駅だったかな。憎い憎いウェルテル。

 話を戻しましょうか。メールのなかのバンドマンのくだりは、わたしのアレンジよ。アルベルトの娘なんですから、嘘を並べ立てるのはおもてのもの。

 不良ぶってる山城が、新聞やニュースを眼にしているとは考えられない。もう死んでいる人間がモデルだとは夢にも思わないはず。

 ははは。なんて可笑しいのだろう。山城は、その日のうちに近所のマンションから飛び降りたじゃない。

 わたしは、涙を流しながら笑った。

 これが、導く、ということなのだ。

 メッセージどおりに、昨日をさがしたようね。意外。それはつまり、山城が新聞かニュースを見ていたということよ。でもさすがに、死んだ人間からメールがきたとまでは思わなかったようね。

 次よ。斉藤には、その山城になりすましてメールを送った。まさか山城が、そんなに早く自殺するなんて考えなかったから、メールが斉藤に届いたのは、山城の死のあとだ。だけど心の弱った斉藤には、そこまでの判断力はない。

 内容は、不良になりかけている自分ですら世界に「負ける」のだから、女々しいおまえが「負ける」のは当然だ、と切り出した。死の理由は、成績が落ちているし、オレの人生はもう終わったからだ──と嘆いておいた。わかりやすいでしょ、なんとなく。

 しかし、ここでは思惑どおりにならなかった。

 斉藤は、なかなか死のうとしない。

 まったく、度胸のない男だ。だから、小学生に負けるのだ。

 わたしの計画では、四人がほぼ一週間おきぐらいに連続で自殺する。そういう大きなインパクトが欲しかった。それぞれの死に方と死に場所は、『昨日をさがして』よ。

 わたしからのメールを受け取って、それを読んでから、受け取った人間が死を考える。ころあいを見計らって、わたしが次の人間にまたメールを送る。その繰り返し。

 でも斉藤には、一週間を大きく過ぎても、死の兆しはみられなかった。失敗したか……そう落胆していた矢先だった。その日、学校で見かけた斉藤は、とても生き生きとしていた。

 わたしには、わかった。死ぬ覚悟ができたのだと。

 その日は、金曜日。ならば、週末は最期の幸せを満喫しようとするだろう。

 家族といっしょに過ごすのか、親しい友達とたわいもない話で盛り上がるのか。大好物を食べる。心残りのないように、終わってないゲームで遊ぶ。

 それは、人それぞれ。きっと、月曜がXデーだ。

 わたしは、日曜にメールを送った。三人目になる菊地にだ。

 あいつはヘンに頭が良いから、送り主がわたしだとバレる心配がある。念のため、教えてもらった家のパソコンでなく、いつも持ち歩いている携帯用のパソコンに送ることにした。委員会活動のときに、彼が席をはずしたスキをついて、メールアドレスを調べておいたの。送るのも、まんが喫茶からにしておいた。

 文面は、わざと丁寧な文章を心掛けた。菊地は神経質だから、乱暴ではダメ。どうせ、それほど親しくもないはずだから、あとはそれらしい内容にまとめあげれば大丈夫。

 斉藤は見立てどおり、月曜に死んだ。

 今度は、菊地の順番だ。でも、斉藤のようになかなか死なないと困るので、わたしは、さらに裏で動くことにした。菊地の担任の先生に、斉藤が柔道部でイジメにあっていることを密告した。もうわかってると思うけど、そんなの嘘よ。

 これでその先生は、菊地をはじめとするクラスの生徒たちに、斉藤の自殺の真相をそう説明してくれるでしょう。

 しかし、そんな工作は必要なかったのかもしれない。

 菊地の様子を静かに観察していれば、そのことがわかった。この変化は、斉藤の死からだろうか? いや、もっとまえ。そうだ、山城の死のあとからだ。

 わかった。菊地の恋する相手は、山城だったのだ。

 なんだ。だったら、心配することなかったじゃない。

 順調、順調。

 わたしは、菊地の自殺しそうな日を予想した。斉藤の自殺から、一週間後の月曜。ということは、菊地は日曜日を参考にするはず。

 その日は、午前中から硫化水素自殺があった。菊地の『ヴェッツラー』はこれになるわ。でもまって。最近は、硫化水素を発生させるネット情報が、どんどん削除されているのよ。菊地が、発生方法を知らない可能性がある。

 わたしは、菊地にメールを再び送った。硫化水素の作り方を。

 おっと……ウェルテルのことも忠告しておこう。ついでだから。気まぐれよ、ただの。あの男のことは嫌いなんだし。

 四匹目になる大槻先生には、メールは送らない。いくらなんでも、大人の先生には見破られるでしょ。

 わたしの意志どおりに、菊地は自殺した。ただし、一日遅れの火曜日だったけど。

 まあ、想定の範囲内だわ。幸運なことに、月曜にも硫化水素での自殺があった。駒込だったかしら。

 これで、世間もようやく騒ぎだすはずよ。

 ここでやっと、北川先輩の出番になる。

 わたしは、先輩に電話をかけた。相談があるって。

 どこか、挑戦したい気持ちもあった。

 止めてみなさいよ。四匹目を。

 そして、わたしは悟った。

 どうして《赤いイルカ》が、北川先輩の連絡先をわたしに教えたのか。

 後継者。

 あの方の後継者は、わたしではない。北川先輩なのよ。

 悔しいけど、わたしは『つなぎ』なの。

 北川先輩が覚醒するまでの……ね。

 ならば、最後の役目を果たすまでよ。

 この世に未練は、一つしかない。大好きなウェルテルに出会うこと。

 それだけ。

 わたしは、舞踏会をひらくことにした。

 彼とめぐり会うために──。


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