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25. 同日同時刻
待ち合わせの場所は、成望中学校に近い公園だった。雪耶もよく知っている場所だが、まわりを通り過ぎたことはあっても、なかに入ったことはなかった。
意識して見たら、わりかし大きな公園だ。雪耶がやって来たときには、すでに二宮さやかは、ジャングルジムに寄りかかるようにして待っていた。
ほかに人の姿はない。いや、砂場で子供二人が遊んでいるが、ジャングルジムからは距離がある。
雪耶は、さやかのもとに急いだ。だいぶまえに到着していたようだった。さきほどの電話も、ここからかけたものかもしれない。
「先輩」
一目で、さやかが学校を欠席したのだということがわかった。制服姿であっても、雰囲気でなんとなくわかるものだ。
「学校、大丈夫なの?」
「は、はい……今日は、午前中で授業が終わりだから」
すぐにわかる嘘だった。
「そっか」
そのことを追求するつもりはなかった。
説教できる立場でもない。
「えっと……昨日、話に出た子は、なんていったっけ──そうそう、たしか志乃さんだったよね?」
「そうです」
「どう? あれから話をしてみた?」
「ええ。でも……」
さやかの表情が、さらに曇った。
「すごく深刻に悩んでて……」
そのさきが、なぜだか言いだしづらそうだった。
「どうしたの?」
「今日……」
「ん? 今日?」
「死ぬ……って」
今日、死ぬって──。
言葉が、棘のように神経を刺し貫いた。
「いま、彼女はどこにいるの!?」
「学校です」
「どうして、そんなことがわかるの? あなた、本当は学校行ってないでしょ!?」
「わかります」
「志乃さん、携帯持ってるの?」
「持ってません」
「じゃあ、家に電話した?」
「してません。今日は連絡をとってません」
「それじゃあ、彼女がいま学校にいるとはかぎらないじゃない!」
「志乃は、学校です。まちがいありません」
その根拠は、どこにあるのだろう。
「学校には、そのことを連絡した?」
さぼって、こんなところにいるのだから、しているわけがない。
「あなたたちの担任の先生に伝えなきゃ」
「あの先生はダメです」
「どうして?」
「大槻先生は、あの三人を救えなかった」
そこではじめて、さやかのクラスの担任が、あの大槻美也子だということを知った。
だが、あの三人を救えなかったとは、なんのことだ?
あの三人……自殺した!?
「それ、どういう意味!?」
「大槻先生は、三人を見捨てたんです」
むしろ無表情にそう言ったさやかに、違和感をおぼえた。
「自殺した三人は、二年生だったんでしょ? 大槻先生の担当教科は英語だから、彼らを教える機会はなかったはずよね?」
技術家庭や美術などの特殊な授業では、全学年を同じ教員が教えることもあるが、主要教科においてそれはない。三年生をうけもっているのなら、二年生との接点はあまりないはずだ。
「三人は、同じ委員会でした」
「委員会? もしかして、美化委員?」
部活動は自由意志だが、成望中学校において委員会活動は必須参加となる。
雪耶も三年間、美化委員として活動をしていた。自分でもなにをやっていたかは、あまり思い出せない。その程度の活動だ。校庭の花壇を手入れしたことだけは覚えている。
その当時から、顧問は大槻美也子だった。だから、学年のちがう雪耶のことを大槻は知っていたし、雪耶のほうも『鉄の女』というあだ名まで理解していた。
さやかとも、その委員会で知り合っている。
「そうです。三人が発信していたSOSを、あの人は無視したんです」
「どういうこと!?」
「今日は、志乃に会ってください」
雪耶の問いには答えず、さやかはそう嘆願した。
頼まれるまでもなかった。
「大丈夫、必ず止めてあげる」
* * *
「わかってます……来月までには、なんとかしますから……」
屋上。人物は、一人──。
「お願いですから、学校にだけは来ないでください……お金は、必ず返します! 信じてください!」
仕事一筋だった。これまでの人生は……。
「どんなことをしても工面しますから……」
あの男にめぐり会ってから、人生が変わった。ちがう生き甲斐をみつけることができたのだ。
「待ってください、ここにだけは来ないでください!」
わたしだけを愛していると言ってくれた。
借金癖があることは承知していた。そんなことは、障害にならなかった。それほど燃え上がっていたのだ。
「大丈夫です、信じてください!」
裏切られた!?
いや、ちがう。彼は逃げたのではない。どこかでお金を調達しているのだ。そうでなければ、わたしの前から姿を消すはずがない。わたしを置き去りにして、逃げるわけがない。
「は、はい……わかりました。来月までにお金を用意できなければ、なんでもいたします……」
いつのまにか、自分が保証人になっていた。
彼がいないのなら、自分がそれを全額抱え込むことになってしまった。
利子で膨らんだ総額は、一五〇〇万。
貯金をはたいたり、両親や友人から借りて、なんとか一二〇〇万円は返済できた。
「信じてください……お願いします!」
お金のことはいい。
だが、あの男に捨てられたら、自分は生きていけないだろう。
「わかってます。風俗でもなんでもかまいません……」
これが『鉄の女』の鎧をはがされた、哀れな姿だ。
彼のいない人生など、なんの価値もない。
もし彼が戻ってこないのなら……。
わたしは、自ら命を絶つだろう。