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囁き  作者: てんの翔
14/46

15

        15. 同日午後五時


 素直に正門から出てみたら、いっせいに取材陣が寄ってきた。

 アマゾン川に落ちた牛に群がるピラニアのようだった。

「ここの生徒さんですか!?」

「自殺した生徒たちは、みんな友達同士だったんですか!?」

「取材いいですか!?」

 ピラニアを無視して、雪耶は早足で歩いていく。脈がないとみたのか、記者たちはべつの牛へと群がっていった。腹をすかせたピラニアにしては、あきらめがはやい。

 事前に学校側から、強引な取材をやめるよう要請があったのだろう。

 ほっとしたのも束の間、雪耶はある人物と眼が合った。取材の光景を遠巻きに眺めている野次馬たちのなかに、そいつはいた。

「あ、ウェルテル!」

 相手は、すぐに眼をそらし、その場を立ち去ろうとこころみたようだが、今度は雪耶自身がピラニアと化す番だった。

 学校の塀を乗り越えたときのように、猫のような──いや、猫科の肉食獣のような身のこなしで、男との距離をつめる。

 あとは、川に落ちた牛に食らいつくだけだ。

 ガシッ、と《ウェルテル》のジャケットの袖をつかんだ。

「ちょっと話、聞かせてよ」

「もうオレには近づくなと言ったはずだ」

「あなたのほうから近づいてきたんでしょ」

「べつに、キミに用があったわけじゃない」

「いいから、聞かせて!」

「はなせ!」

 あのときは怯んでしまったが、もう引き下がらない。

「ダメ、そんなこわい顔しても、はなさない」

 雪耶の決意が固いと悟ったのか、ウェルテルは身体の力をゆるめた。

 ほかの野次馬たちから、距離をあける。

「なにが聞きたい?」

「まずは、あなたのこと。あなたは、わたしのように自殺を止めようとしてるんでしょ? それとも死のうとしているの? いったい何者? そもそもあなたは、いい人、悪い人、どっち!?」

 一気に、質問をあびせかけた。

「あやしい者じゃない」

 雪耶の危惧をウェルテルも察したようだ。

 ジャケットの内ポケットから、名刺を取り出した。

「身分は、厚生労働省が保証してくれる」

「独立行政法人……自殺防疫研究所」

 まるで呪文のように、雪耶は掲げられた名刺の文面を読み上げた。

「この名称は、仮だ。正式名は、まだ未定なんだ」

「調査員、南波……夕介」

「それは、正式だ」

 その冗談は、受け流した。

「自殺を止めるのが、仕事なの?」

「ちょっとちがうが、似たようなものだ」

 自殺防止につとめる組織ならば、雪耶もある程度のことは知っていた。有名なところでは、NPO法人の『ライフリンク』や『自殺防止センター』などがあげられる。

 しかし……。

 この男のように、調査員と称して積極的に活動している例は、ないのではないか。

 そういう団体の主な活動は、自殺未遂者や遺族などの心のケア。悩みを抱える人々への相談ホットラインを開設すること。自殺防止の研究を白書で発表し、警鐘を鳴らすこともしているのだろうが、リアルタイムで自殺者を止めることはないだろう。

「聞いたことない……」

「まだ設立してから、一年半しか経ってないんだ。知らなくてもムリはない」

「でも……あなたも死のうとしてた」

「死のうとはしていない」

 雪耶は否定を表現するかのように、頭を左右に振った。

「西新井駅では、飛び込もうとしてた。南砂町では、貧血のふりをして、わざと落ちた」

「キミに止められたり、助けられなくても、オレは死ななかった」

 自殺未遂も、演技で落ちたことも、ウェルテルは認めた。

「なぜ、あんなことしたの?」

「自殺の感染を防ぐためさ」

「感染?」

 そういえば、『自殺防疫研究所』という名称──たとえ仮だとしても「防疫」という単語には引っかかるものがある。

「自殺は感染する」

「なに……言ってるの?」

「自殺を止めようとする人間だったら、それぐらいは基礎知識のうちだ」

 ウェルテルのその言いぐさに、雪耶は頭に血がのぼるのを自覚した。

「えらそうに!」

「──自殺の感染を防ぐためには、ただ止めればいいというわけじゃない」

「ちょっと、本気なの? 自殺が、インフルエンザみたいに、人から人に伝染するとでもいうの!? バカみたい。それともあれ? 歌で自殺がうつっていく、っていうホラー映画なら見たわ」

「本当に、なにも知らないんだな」

 怒りと恥ずかしさから、雪耶は顔を紅潮させた。

 もちまえの雰囲気と、これまでの境遇から、子供あつかいされることに慣れていないのだ。

「なによっ!」

「自殺は感染する」

 むきになる雪耶をないことのように、ウェルテルは同じセリフを口にした。

「この学校で自殺が続いているのも、それが原因だ」

「どうやって、感染するのよ!?」

「もちろん、ウイルスや細菌じゃない」

「じゃあ、どうやってうつるのよ? まさか、地縛霊の仕業とかいうんじゃないでしょうね?」

「地縛霊? それを、呪いと考えるのなら、当たっているかもしれない」

 無意識に、雪耶は男との距離をとった。

 不可思議なことを「呪い」と結びつけるのは、怪しいオカルティストの常套手段だ。そういう輩は、新興宗教の勧誘か、霊感商法を狙っているのが相場だ。心療内科医の板垣に、よく気をつけるように言われている。

「壺とか売りつけるつもり!?」

「話が見えないが……」

 ウェルテルは、どこか呆れ顔だ。真顔を取り戻して、

「呪いのメカニズムを知ってるか?」

 雪耶は、なんの返答もしなかった。

 ウェルテルは、それでも話を続けた。

「呪いというのは、呪いたい相手に、その事実を知らせなければ成立しない」

「……?」

「たとえば、オレがキミに呪いをかけるとしよう」

 雪耶はギロッと睨んだが、ウェルテルには無視された。

「キミの知らないところで呪いをかけても、キミはピンピンしているだろう。それはそうだ。呪いの力なんて、この世には存在しないんだから」

「存在しないのに、どうやって呪うのよ?」

「キミのまわりで、藁人形に五寸釘を打ちつけていればどうだ? 深夜、それらしく白装束を着てね。キミが、その姿を目撃しなかったとしても、身近でおこなわれれば、キミの知り合いのだれかの眼にはふれるだろう。キミは、自分が呪われていることを、その人から知ることになる。さあ、どういう気分になる?」

「気持ち悪いにきまってるじゃない」

「そうだ、みんなそう感じる。そして、そのときたまたま胸が苦しくなったとしたら、どうだ? もしかしたらこの胸の痛みは、自分が呪われているからなのか、と思い込んでしまう──かもしれない」

「……」

「呪いとは、そういうものだ。つまり、呪いの正体は『情報』さ」

「情報……?」

「自分が呪われているという情報。情報を受け取って、はじめて呪術が成立する。まあ、そういう意味において、呪いの力は存在しているということになるんだが」

 呪いのメカニズムとやらは、わかった。

 しかしこの男は、いったいなにが言いたいのだろう。

「自殺も同じだ」

 その静かなはずの声が、強く心に響いた。

「自殺があったという報道や噂話で、人は自殺に感染していく」

「それ……」

 聞いたことがある、と雪耶は思った。

 そうだ。そういえば、そんな話をドキュメンタリー番組かなにかで観たことがあった。もう、ずっとむかしの話──雪耶の「ずっとむかし」とは、当然、幼い子供のころだ。

 記憶のすみに残っていた。

 男の言葉で、その内容が鮮明によみがえってきた。

「群発自殺……」

 雪耶は、つぶやいた。

 ひとりでに唇が動いていた。

「なんだ、知ってるじゃないか」

 とくに感心したふうでもなかったが、ウェルテルがそう言った。

「群発自殺(CLUSTER SUICIDE)──それを止めるのが、オレの仕事だ」          

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