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14. 六月二六日
学校のまわりには、大勢のマスコミ関係者が詰めかけていた。
まさか自分の母校が、こんなことになっているとは信じられなかった。
上野にある私立成望中学校──。
都内でも屈指の進学校だが、こんな陰鬱とした話題で脚光を浴びたことは、開校以来はじめてのことだろう。イメージダウンは免れない。
わずかひと月たらずで、三件もの自殺が続いた。全員が二年生だった。
一件目、二件目までは、それほど騒がれることはなかった。無論のこと、学校内や近隣周辺では、大変なことがおきたと問題になっていただろうが、世間一般に大きく報じられることはなかった。
それが、二日前におきた硫化水素を使用した自殺までも、ここの生徒だったことが発覚し、報道各局は一斉に取材合戦を開始した。
これでは、校門に近づけない。
雪耶は、携帯を取り出した。
「失敗。待ち合わせ場所がまずかったわ。どうしよっか?」
電話の声は、すみません、とあやまった。
「いいよ、そんなこと。出てこれる? あ、やっぱり、わたしのほうから行く。突入するから」
突入!? と声は少し驚いたようだった。
「裏門あたりで待ってて……あ、ダメ、たぶんそこも人でいっぱいだろうから、新校舎の裏にいて」
そう伝えると、雪耶は通話を切った。
騒がしいまわりの様子から遠ざかるように歩いてゆく。
この成望中学は、古くからある旧校舎と、のちに増築された新校舎の二棟からなっている。表門と裏門は、旧校舎側に通じているのだ。奥にある新校舎付近から外に出ることはできなくなっている。
歩きながら、雪耶は回想した。
昨夜あった、後輩からの連絡。雪耶が三年生のときに、一年だった女生徒だ。雪耶が高二の現在、彼女は中三になっているはずだ。
とくに親しかったわけではない。委員会活動のときに何度か言葉を交わしたことがあるぐらいの微妙な仲だった。とはいえ、雪耶のごく狭い交遊関係のなかでは、それでも親しいほうなのだが……。
電話番号も、教えた記憶はない。
しかしどうやって調べたのか、連絡があった。その電話で、雪耶は、ただごとでないなにかを感じ取った。
彼女は、相談にのってほしいと言った。
どんなこと?
雪耶はたずねた。
友達が自殺したいって……。
自殺?
その段階で、雪耶はまだこの騒動を知らない。噂で、母校で自殺した生徒がいる、と耳にした程度の認識しかなかった。身近に自殺者が出て、動揺しているのだろう、そう軽く考えた。
いいよ、会っても。
本当ですか!?
でも、どうしてわたしなの?
見たんです。
見た?
御茶ノ水駅です。
すぐにわかった。一人目のことだ。
自殺を止めてましたね……。
雪耶は、翌日の一六時に、校門前で彼女と待ち合わせることにした。
今朝になっても、このような騒ぎになっていることには気づかなかった。新聞やニュースには興味がない。両親も姉も、話題が話題なのでわざとふれなかったのかもしれない。
授業が終わり、高校を出ようとしていたときに、同級生が話題にしていたことではじめて知った。
「三人連続で自殺だってよー」
「呪いじゃナイ? 地縛霊の仕業かな?」
そんな会話だった。
「チョーこわくない?」
「オニコエー○×△□──」
言語機能が停止しかけたところで、通りかかった柏木に訳させた。ここぞというときに偶然現れるのが、彼の長所だ。
『上野にある中学校で、自殺騒動がおこっているようです』
丁寧に通訳された柏木の言葉が、荒々しく心を打った。
もしやと思って急いで来てみれば、事態は想像をこえていた。
三人の自殺。
同じ学校で……。
たしかに、尋常ではない。
「北川先輩!」
塀の向こうから声がした。
高さは一メートル三〇センチほどのコンクリート製で、さらにその上に一メートルほどの金網がはられている。
雪耶は金網に手をかけると、猫のように柵をこえた。
「どっかの教室で話す?」
着地するなり、そう言った。息も切れてない。
「迷惑じゃありませんでしたか?」
雪耶の提案は、彼女の気遣いのために無視された。中学生とは思えないほどに、常識がある。
言葉づかいからも、服装からも、ギャル要素は微塵もなかった。
「迷惑じゃない」
雪耶は即答した。
後輩──二宮さやかは、安堵したように表情をゆるめた。
やはり、この年代で二つの歳の差は大きいようだ。自身が大人びていることも原因だろうが、雪耶の眼には、まだ幼く見えた。
「学校内には、まだ人がいっぱい残っているので、庭園のベンチでいいですか?」
「いいよ、どこでも」
新校舎と旧校舎のあいだには、ささやかな庭園が設けられていた。雪耶もここの生徒だったころ、そこにあるベンチでお昼休みをすごしたことがある。
放課後に人が立ち寄ることはほとんどない場所だから、ちょうど適している。
「全員、二年生なんだよね」
「はい、そうなんですけど……」
腰をおろすなり、二人は話しはじめた。
「イヤな偶然が重なったね」
「はい……」
「自殺したいっていう友達も、二年生?」
「ちがいます。同じクラスの子……」
では、三年生ということになる。
「あの……本当に、偶然なんでしょうか?」
「え?」
「偶然で、三人も自殺するでしょうか!?」
ドキリ、とする問いかけだった。
「偶然じゃなかったら、なんだと思うの? まさか、地縛霊の仕業とか言いださないわよね」
二宮さやかは、答えに窮したようだった。
「どうしてだろう、自殺は連続しておこってしまうものなの。でも偶然は、そんなに続かない。あなたの友達も大丈夫よ」
偶然におこるのは、柏木の登場だけで充分だ。
「そうだといいんですが……」
さやかの表情が晴れることはなかった。
「あの、会ってもらえますか? 志乃に」
「いいよ。その子は、まだ校内にいるの?」
「まだいると思うんですけど……」
さやかは立ち上がった。
雪耶も立ち上がろうとしたときに、背後から声がかかった。
「二宮さん? そこにいるのは、二宮さんよね?」
さやかも、雪耶も振り返った。
「先生」
三〇代半ばの女性教師だった。
やさしげな印象とは遠い。美人で通るが、親近感のわかない容姿をしていた。
「今日は、もう帰りなさい。部活動もすべて中止になったわ。在校生は、すみやかに下校するように、って指示が出てるの」
「は、はい」
「あら、あなたは……」
雪耶の姿が眼に留まったようだ。
「北川……さん?」
「ごぶさたしてます」
「困るわね。いくら卒業生だからって、無断で入るのは」
「すみません、先生。わたしが呼んだんです」
さやかの言葉に、教師の顔つきが鋭さを増した。
「まさか……あなたも、ヘンな噂を信じているんじゃないでしょうね!?」
噂?
まあ、だいたい見当はつくけど……。
「とにかく今日のところは、二人とも帰ってちょうだい。いいこと? マスコミの人たちに、よけいなことはしゃべらないようにね」
女性教師は口早にそう伝えると、旧校舎に向かっていった。
「ご、ごめんなさい、先輩」
教師の姿が見えなくなってから、さやかは丁寧に謝罪をした。
「いいって。あの先生、むかしから人気なかったんだから。『鉄の女』って呼ばれてた」
「いまでもそうです」
「本人は気に入ってたみたいだけど、みんなは嫌味で言ってるのにね」
反応に困ったのか、さやかは苦笑いで応えるだけだった。
「どうする? 場所を変えるんだったら、それでもいいけど」
「すみません、また後日でいいですか?」
「いいよ、それでも」
「志乃にも話しておきます」
さやかのように、きれいな言葉づかいで話をされると、悪い気はしない。雪耶は、また電話して、と告げると、庭園をあとにした。
だいぶ離れてから振り返っても、さやかは頭を下げていた。