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ヒマワリノシオリ

作者: 真樹あおい

 少し肌寒さを感じられるようになった季節、僕は太陽の眩しい真昼の墓場の坂道を、水で満たされた手桶を片手にゆっくり上っていた。一週間程前までは蝉の声もうるさく鳴り響いていたというのに、今ではもうその音もまばらになってきているのが少し物寂しい。

 坂道を上がってすぐのお墓の前に着くと、僕は毎年やっている様にお墓を洗い流して、この季節にはあまり似つかわしくない向日葵の花を新しく添えた。生前、このお墓の中にいる君がとても大好きだった花だ。

 線香の香りに何だが懐かしさを覚えながら、全ての準備が整った僕は、手を合わせてゆっくりと目を閉じ、君に話しかけるように思考を張り巡らせた。


 __久しぶり。一年ぶりだね。また懲りずに会いに来てしまったけれど、君はそっちの世界でちゃんと元気にしてるかな?僕は相も変わらず元気にやっているよ。

 今年も君が大好きだった向日葵を持ってきたんだ。何?毎年同じ花ばかり持ってきて芸が無いって?仕方ないだろう、僕はそう洒落た事ができるような性格でも無いし、何より君に送る花なんてこれくらいしか思いつかないんだよ。しかもこの涼しくなってきた季節に向日葵は、見つけるのに相当苦労するんだ。大目に見てくれ。

 あの日、僕が駆けつけた時にはもう既に体温を失っていた君がとても大切そうに握っていた、向日葵の花びらがラミネートされている栞を、今でも持っている。勿論君は向日葵がとても好きだったから大切にしていた事は分かっているけど、あの惨状の中でこの栞だけは絶対に守ってやろうとする君の姿は、僕には何か伝えたいことがあるかのように感じられたからだ。

 とても内気で、消極的だった君は、この社会にうまく溶け込む事が出来ず、やっとのことで内定を取ることの出来た会社でも周りからひどいいじめに遭っていたね。でも、ある日を堺に君は少しずつ笑顔を取り戻して仕事に行くものだから、僕は安心しきって油断してしまったのかもしれない。まさかあんなことが起こるなんて思ってもいなかった。僕がもっと早く君の心に抱えている闇に気づいてあげられれば、君は自分で自分を殺めることはしなかっただろう。僕はあの日からずっと後悔している。

 でもね、この世界は君には少し眩しすぎて生きにくかったかもしれないけれど、この眩しすぎる世界でも君の大好きだった向日葵は、ちゃんと上を向いて生きているよ。



 まだ少し熱の残っている夏の終わり、私は少し不気味な夜の墓場の坂を早足で上っていた。去年までは手桶を片手にゆっくりと噛み締めてこの道を歩いてたものの、今回はそんな移動如きに時間を掛けるどころか、墓を洗ってやる気にすらならない。今までは物思いにふけるのだけで精一杯だったのに、今年は全くそんな感情が浮かんで来ないから、ジリジリとした虫の声や風の音が鬱陶しく耳に入り込んできてより一層この夜の墓場を不気味にさせた。

 坂道を上がってすぐのお墓には、去年私が添えた向日葵が枯れて残っているだけで、他に新しい花は添えられていなかった。その姿があまりにも滑稽だったから、私は無様に枯れた向日葵を取り除くと、途中花屋でたまたま見つけた一輪の新しい向日葵を供えた。まるでこれが最後に残った情であるかのように。


 __貴方はいつも勝手でしたね。元々飽きっぽい性格だったのか、仕事は何をやっても続いたのが一年足らず。あの頃の私たちはずっと不安定な暮らしをしていました。でもね、嬉しかったんですよ。貴方が勤めていた最後の職場、貴方は本当に楽しそうに働いていたじゃありませんか。例え裕福な生活は出来なくとも、あの頃の私は生き生きと働く貴方を見ているだけで幸せだったんです。

 だけどそんな幸せもあっという間に終わってしまいました。ある時期から貴方は極端に家に帰ってくるのが遅くなったり、それまで一緒に過ごしていた休日も、勝手にどこかに行ってしまったりと、不審な行動が多くなりました。私も最初は仕事の付き合いだからと思っていましたが、恥ずかしい事に数年経った今更、そんな事では無いと気付かされたのです。

 あの日の夜、貴方は会社を抜け出して車で急いでどこかに向かっていたところ、あまりに焦り過ぎたのかハンドル誤操作で事故に遭い、貴方は亡くなってしまいました。その後、警察から渡された遺品の鞄の中から見つかったんです。向日葵の花びらがラミネートされた栞が。おかしいですよね、貴方は小難しい物が嫌いだから、本なんて読まないはずなのに。勿論、鞄の中から栞が見つかったくらいでは何も断言出来ませんし、当時の私もあまり栞については興味を持っていませんでした。それよりも当時の私は、貴方に関しての悪質な噂と戦うとこで精一杯でしたよ。まあその噂も間違っていなかったと確信した今、あの努力も水の泡なんですけどね。

 それよりも貴方は、あの日のお昼頃、ちょうど貴方が交通事故に遭う少し前くらいですかね、貴方の職場の隣の区で女性が自殺したって知っていますか?ニュースで報道されていた時間はぎりぎり貴方も生きていたでしょうか。まあニュース云々は関係無く、貴方は当然知っているでしょう。なんせ貴方と同じ職場の女性ですものね。まあ正直私には同じ職場である事なんてどうでもいいのですが、それよりもその自殺者の女性の遺品から、貴方と全く同じ向日葵の栞が出てきた事しか気になりませんでした。

 そうです、やっとお気付きになりましたか。あなたに関する悪質な噂というものは、貴方の浮気に関するものです。私も最初はその噂をデマだと信じ、貴方の名誉のために戦っていたんですよ。しかし数年経った今、向日葵の栞含め様々な証拠が浮かび上がってきてその噂は本当なんだと思うようになりました。

 貴方の左斜め前のお墓、毎年そこに季節外れの向日葵をお供えに来る人はこの事実を知っているのでしょうか。まあ、もうここに来ることは無いので私には関係ありませんが。


 最後に、この闇の深い社会では貴方は生きにくかったかも知れませんが、どんなに光の見えない暗闇の中でも、向日葵はちゃんと上を向いて生きています。

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