〈1〉
差し込んできた光に目を顰めると、さとしは体を起こした。
「ろくろが…ない…」
これでは一日が始まらないではないか、そう憤慨しながら辺りを見渡すと、
「あ…。やっぱり、夢じゃなかったんだ」
見慣れないゴシック調の高そうな家具が自分を見下ろしていた。そう、自分は異世界にいたんだった。もう、陶芸は…できないんだ…。
この先の不安が漠然と渦巻いてはいたが、とりあえず階下のリビングに向かうことにした。
「ろくろ…ろくろ…」
そう呟きながら歩いていると、階段を降りた先にフードの姿があった。
「あ…おはようございます…」
「おはようございます」
今日のパーカーの色は灰色だ。制服のスカートは白。真野とは違う学校なんだな、とぼんやり考えていると、何やら不機嫌そうな顔でフードが見つめていた。
「な、なんでしょう?」
「いや、別に……。」
顔を背けながらフードは続ける。
「昨日の…」
「昨日?」
思い当たるふしが無いので、考えこんでいると、リビングから声がかかる。
「あ、おはよう二人共。ご飯冷めるから早くおいで」
ひょっこりと顔を覗かせたのは真野。赤チェックのエプロンが見事に似合っていた。
「ま、真野サマが作っていらっしゃるのですか?」
「そー。あと、真野でいいから。敬語もいらない」
そう言うと、さっさと部屋に戻っていった真野に続き、さとしもリビングに入った。
真野は、なんだか不思議な子だ。見ず知らずの他人の世話をここまで焼くくせに、向かい来る敵を笑顔で払いのける。
なにか企んでいたり、するのだろうか。
「おねえ、胡椒とって」
「はいはい」
ウインナーにスクランブルエッグ、サラダにクロワッサン。どれも綺麗に盛りつけてある。
「真野…は、料理得意なの?」
「まあまあかな。この家他に作る人いないしね」
悪戯っぽくフードを見やる真野に、フードは不機嫌そうな視線を返す。
「ジャージさんは、いないの?」
「ああ、あいつはいつまでも寝てるから、放っておいていいよ」
田中さんは質問が多いですね、と隣から。
「今日は幸運な事に休日だから、食べ終わったら直ぐに役所に行こう。終わったら街をちょっと紹介して…あ、通う学園も決めちゃおうか」
頭がついていかずにこくこくと頷いていると、じわじわと、大変なことになってきた実感が湧いてきた。
僕は無事に家に帰って、またろくろをまわすことができるのだろうか。