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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
9/116

 *


 キーン……コーン……


 チャイムが鳴っても生徒達の大半が廊下に出たままだった。押すよ押されよのにぎわい振りだ。自分と同じ歳の子をこんなに見るのは初めてで新鮮だった。やっぱり学校てすごい、と深鳥は思う。


 深鳥が通うことになったのは千久楽中学校で、家からは歩いて30分くらい。棚田を両脇に高台を下って、滅多に閉まらない踏切を越えて、小さなせせらぎを越えた先に学校の正門があった。

 門には〈千久楽中学校〉〈千久楽高等学校〉とそれぞれ書かれた古い木札が掛かっている。


 ちなみに。千久楽には小学校は二つあるが、中学校と高校が一つしかないので、同じ敷地内に二つの校舎、二つの体育館、広大な一つの校庭が存在している状態である。

 ……要は、生徒の数がそう多くはないということだ。


 四月の始業式の日。クラス替えは毎年やってくるドキドキのイベントだと、母が事前に教えてくれた。目を輝かせてうっとりする様子で。

『好きな子がいてね……そりゃあ毎日神社で願掛けしてたくらい楽しみで』

 うふふ、と懐かしそうに母は笑う。


 歴史を感じさせる二階建ての木造校舎に、他の生徒の後をついて深鳥は入っていき、三年生の教室を探す。

 男子の制服は、焦茶色のブレザーに空色のネクタイ。女子の制服も焦茶色で、白のセーラーカラーに空色のスカーフを巻いている。スカートは膝丈。靴下は制服に合わせて、濃灰色のハイソックスとか、茶色の無地が多い。中にはレース模様やタータンチェック柄の子もいる。制服以外は比較的自由なようだ。


 こんな風に、深鳥がもの珍しそうにキョロキョロ見ていた時だった。後ろからいきなりポン、と肩を叩かれ、深鳥は少し慌ててしまう。そこには、深鳥よりも少し背が高く、猫目の女の子が笑顔で立っていた。

「あはは、ごめん、びっくりさせちゃって。転校生だよね? ときむら……みどりちゃん?」

「あ、うん。……あれ?」

 深鳥は目を瞬かせる。

「先生からあなたのこと仰せ遣ってきたんだ。ほら、そこに」

 ようやく見えてきたクラス替え表を指で示す。

「香芝 (まき)って私のこと。時村さんの右。席、隣だよ」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「よろしくね」


 一気に廊下が閑散とする。担任の先生が名簿をかついでやって来たからだ。

「HRやるぞー」

 担任の先生がプリントを配り、時間割りや今学期の予定について話し、出欠を取り始める。

「安藤〜。幾生〜……は公欠か。上田〜」

 男子の名字を聞いて、蒔はパッと顔を上げた。

「あ、そうか今日は剣道部大会だ。丁度いい。ね、時村さん一緒に剣道見に行かない?」

「ケンドー?」

「あれ? 知らない? ま、いいや。百聞は一見にしかず、でね」

 



 ガララ…と重たい鉄のドアを開けた途端、ドーンッと床に伝わる振動と、頭上を抜けるような掛け声が耳に飛び込んできた。一瞬どよめきが起きるが、すぐにしんとなる。


 試合とは言え、応援の声はほとんどしない。みんな息をひそめて展開を見守っていた。試合中は選手の集中を妨げないように派手な応援は控えるのがマナーで、それがさらに緊張感を募らせる。

 二つの竹刀が交差し、激しく競り合うのを、深鳥はつい目で追った。

「驚いた? ウチの剣道部けっこう強くて。一見の価値アリだよ。これは予選大会の最終戦なの。去年ウチの学校の子が優勝したから、決勝に限って今年はウチが試合会場なんだ」


 体育館は2階も1階も人で埋まっていた。制服と私服が入り混じっている。よく見ると、子供やお年寄りもちらほらいたりする。墨で名前を大きく書いた横断幕を掲げている人もいる。

 照明がさんさんと選手達の頭上に降り注ぐ。静けさの中に異様な興奮が満ちている。

「インターミドルかかってるから、みんなけっこう見に来てるなー。ほえー……満席。あ、小さな集落だからね。何かと人が集まっちゃうの」

 耳慣れない単語に、深鳥は思わず聞き返す。

「インターミドル?」

 蒔は驚いた顔をする。

「中学総合体育大会のことだよ。……あ、もしや時村さん文化部だった?」

「ブンカブ……」


「あっっ! 惜しい!!」

「キャーッいいとこ!」

 外から入ってきた女の子達が途端に声を上げた。どこか大人びている。高等部の子みたいだ。

「君達、静かに」

 係りの人が制止するが、接戦に引き込まれ、だんだんと辺りは騒がしくなっていた。

 対峙する選手同士、進んだり、引いたりしながら、お互いの間合いを保とうとしている。激しい剣先の取り合い。カシカシと竹刀のぶつかり合う乾いた音が続く。


 一瞬、片方の竹刀が下から上へ、勢い良くもう一方を弾いた。

そして次の瞬間、床を叩くように踏み込む音と、気迫に満ちた掛け声が辺りに響いた。

「面あり一本!」

 審判の声と白旗が同時に上がる。途端に場内が一斉に沸き立った。相手を制した竹刀は高らかに上がり、残心の構えを示す。

「勝負あり」


 礼をし、選手達が引き揚げると、(せき)を切ったようにみんな口々に感想を言い合った。選手たちの動きがあまりに早く、何が起きたか深鳥には把握できていなかったのだが、隣にいた蒔が興奮しながら教えてくれた。

「すごい、今年もインターミドルだ、やりぃ!」

 二人は抱き合いながらぴょんぴょん跳ね上がった。


「先峰、次峰はニ年生、中堅、副将は三年の松崎たちが出たのね。大将は……やっぱり。我が3ー2のカレだわ」

 蒔が惚れ惚れとうなずく傍ら、深鳥は選手達が面を外すのを見て「あっ」と声を上げた。

 試合を決したその人物が重そうな面を外し、巻いていた手ぬぐいを一気にはがし、顔を振るった。汗に濡れて垂れ下がった前髪の隙間から、あの涼しげな眼が覗いた。

「快晴!」


 遠いので声は届かない。あきらめて振り返ると、隣で蒔が唖然としていた。

「呼び捨て…………!」

 ずいっと迫ってくる蒔の顔に深鳥はたじろいだ。蒔が口の端を上げ、ニヤリと笑う。

「……どーゆーご関係?」

「??」

「ね、付き合ってるの?」

 なぜか小声になる蒔。深鳥は宙を仰ぎ、考えながら指を折る。

「まだ二回……だけ」

「……?! 何が二回なの深鳥ちゅわん??」

 あまりの話の飛躍ぶりに蒔の顔が紅潮する。どうやら深鳥の中では、付き合う=一緒に過ごす……らしい。






「そか、まだステディな関係ではないのね」

 よくよく話を聞き、蒔が残念そうに溜息をついた。

「ステディ……」

 深鳥は首をかしげる。

「でもさ、呼び捨てにしてても彼、とやかく言わないんでしょ?」

 蒔は気遣うような声で聞くと、深鳥の両手を取った。

「私、深鳥のこと応援する!」

 言葉通りに受け取ると、深鳥は嬉しそうに「ありがとう」と言って花咲くような笑顔を向けた。

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