ふるさと
「……私に?」
深鳥は困惑し、目の前の紫野をまじまじと見る。
「おい紫野、いきなりそれは……」
那由他の声に紫野はちらっと背後を見る。興味津々といった年長組の視線を受け流し、再び深鳥に向き直る。
「ここではあなたも返答の仕様がないと思う。良ければ私と離れへ」
紫野は宮司に目配せする。宮司も承諾を込めて頷いた。
さ、さ、と障子の向こうで足音が遠ざかっていく。
残された者達が思い思いに話しだす中、快晴と那由他が顔を見合わせる。どちらともなく立ち上がり、両側から質問攻めに遭っている宮司と聡を横目に、二人は部屋を後にする。
普段開いてるはずの奥の間の障子が閉められている。
「入るぞ」
そう言って開けようとした那由他だったが。
「いま着替えている」
非難を含んだ声で紫野は制した。引き下がるのかと思いきや、那由他が構わず覗こうとしたので快晴がすかさず後ろからはたいた。
人影を映しながら障子がガタガタと揺れる。紫野と深鳥は思わずそっちの方を凝視する。
深鳥が立ち上がり、障子の隙間から廊下を覗くと、
「……ってーなぁ」
と那由他がぼやきつつ、おでこをさすっているのが見えた。深鳥の視線を感じたのか、快晴は振り向き、なに食わぬ顔でその隙間を覗き込んだ。
「……!」
互いの鼻先が触れ合うほど近づいて、深鳥が言葉に詰まっていると、
「隣の部屋にいるから、必要だったら呼んで」
呟くように言い、障子にかけた手の指先で深鳥の唇を押さえてから、快晴は顔を離した。
深鳥は額を預けるように障子を閉め切った。
男達の気配がなくなると、紫野はふ……と一息つき、いきなり着ている衣を緩めだす。立ったままの深鳥の目が紫野の背中に釘付けになる。
肩から背中にうっすらと残る、おびただしいほどの痣だった。紫野は肩越しに深鳥を見る。
「これは流紋。風を宿すと体に表れる」
「……それ…」
快晴の肌にも同じ模様を見たのを、深鳥は思い出した。
「この渦やうねりを水の流れに例えている……蛇だという人もいる」
紫野は肩の模様に視線を落とし、指先でその痕跡をなぞる。
「一時と言え、あなたも多少苦しむかもしれない。……私の様に痕が残るかもしれない」
緩めた衣を正すと、紫野は深鳥の方に向き直り、片手を前に上半身を伏す。
「あなたにはどれも酷なこと……………………それでも、どうか――」
深鳥は紫野の前にやって来て膝をつく。
「あ……あの、紫野さん」
深鳥はそっと紫野の両腕に手を添えた。
「私、やってみます」
紫野は顔を上げる。深鳥の澄んだ眼に小さな自分が映り込んでいる。
「うまく出来るか分からないけど……」
深鳥ははにかんでみせた。そんな深鳥の様子に紫野はやや拍子抜けしたようだった。
「あなたはまだ帰ってきたばかりだと聞いた。なぜそこまで千久楽のことを?」
紫野の問いかけに少し考えを巡らしてから、深鳥は気付いたようにふわりと微笑う。
「紫野さんは、千久楽を大切に思ってる。…………きっと、私も同じ」
思いがけない言葉に、今まで淡白だった紫野の表情にかすかな熱が点る。
深鳥は自分の胸に手を置き、瞼を下ろす。
「ここに来れて良かった。おばあちゃんにも友達にも、快晴にも逢えた。……ここが故郷で…………だから私も、千久楽の役に立ちたいなって」
そう言って、両手でグーを作ってみせる深鳥。紫野もつい表情を緩めて言った。
「あなたは……とても不思議な人だ」
ーーあなたのように、私も運命を受け入れられたなら……
忽然と涌いた憂いを吹き消すように紫野は息を吐き出す。小さな風が生まれた。きょとんとする深鳥に、紫野は何でもないと言うように首を振ってみせた。
「では、さっそく準備を始めましょう」




