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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈虚空の章〉
71/116

粉雪



 *



 風が哭いている。

 あらゆるものを壊し、奪い去ろうとする、か細い風の音。今見た夢さえたちまちに吹き流してしまう。


  ——待って。


 伸ばした手が宙をつかんだところで、思わず深鳥は目を開けた。夢現(ゆめうつつ)のまま、ずれた布団を引き寄せ、冷えた体をしまい込む。風圧で鳴りつづける窓、世界が揺れているような錯覚……深鳥はぶるっと体を震わせた。

 温もりの中、夢に思いを馳せていると、こくりこくり、再び睡魔がやってくる。

 

 どれだけ経っただろう。辺りがやけに静かなのに気づいて、深鳥は起き上がり、窓へと近づく。少しだけカーテンを開けてみる。

 雪が粉砂糖みたく景色に降りかかっている。風で吹き散らされた雪で、辺りは霞がかったようになっていて、吐く息で窓ガラスが曇り、さらに見えなくなる。深鳥はふと溜息をついた。


  ——きっとまた、同じ夢だ。


 それでいて思い出せない。

 振り向きざま、指先に何か当たって転がっていった。深鳥は慌てて机の下をのぞき込む。隅でぼんやり光る形代を見つけた。拾い上げ、両手でぎゅっとにぎりしめる。触れていると落ち着く。……涙が出そうになる。

 

 大切なお守り。なのに誰からもらったのか分からない。思い出せない空白——このことについて考える時、深鳥は言いようのない不安に駆られた。とても大切なことを忘れてしまっている気がした。

 降りしきる雪の向こう、誰かが心をノックし続ける。

 


 *



「あ、深鳥さん?……そうですね、今日の約束はまた今度で。はーい、じゃ、また連絡しまーす」

 受話器を置いたとたん、聡はがくりと頭を垂れた。

「せっかくのデートが……」

 溜息をつくも、やがてあくびへと変わってしまう。未明からの雪で、今日の約束もおじゃんになってしまった。

「聡、どうせ暇なんだろう。除雪剤まいといてくれ」

 父である宮司が、納屋の鍵を持って廊下に出て来た。

「はいはい、どうせ暇ですよ……」

 とぼとぼ玄関に向かう聡を、再び宮司が呼び止める。

「深鳥さん、最近どうだ?だいぶ落ち着いてるか?」

「え? あ……はい」

 玄関を開けると、雪がふわりと舞い込んできた。

「……なら、いいが。お前がちゃんとサポートするんだぞ」

 藁靴(わらぐつ)を履き、蓑帽子(みのぼうし)を被ると、聡はにっと笑ってみせる。

「言われなくとも」

 

 早くもくるぶしが隠れるくらいまで、雪が積もっている。さく、さく、と少し大股気味に聡は歩いていく。枝から落ちてきた雪が蓑に当たり、滑り落ちる。聡は思わず上を見た。雪が口や目に入ってくる。

 

 あれは、ちょうど今日のように雪が降り出した頃……一年前のことだ。日が落ちた暗がりの中、快晴が神社に現れたのは。






 快晴の頭にも肩にも雪が被さっている。

「何が、あったんだね」

 押し殺した父の声音でただ事ではないと感じ、聡も玄関に駆けつける。

「しばらく天文台を空けます」

 思いもよらない快晴の言葉に、理由を尋ねようとする宮司を、快晴は凍てついた眼差しで制した。

「俺の、……全てを消しました」

 宮司は息を飲む。

「……まさか」

「深鳥をお願いします」

 快晴はすっと(こうべ)を垂れる。足下に雪が落ちた。

「どこへ——行くと言うんだ、快晴!」

 追う間もなく、快晴は身をひるがえし冷えきった闇へと消えていく。そして一切の消息を絶った。

 

 (本人いわく) Arcからの追手を警戒して、Ygg-1までソアラを送った那由他だったが、途中、宮司から快晴失踪の連絡を受け、帰りがけに途中の3都市に足を延ばし、渡航者管理局にも問い合わせたものの、結局消息はつかめず一ヶ月程して千久楽に帰ってきた。

「……ったく。どこに雲隠れしたんだ、あのバカ」

 

 宮司が一計を案じ、快晴は千久楽から森を越えて隣接するYgg-7でなく、最も遠方のYgg-1への留学のため、しばらく休学ということにされた。

 失踪が長期にわたるかもしれないという懸念と、帰ってきた際も高等部への編入がスムーズにいくよう考慮してのことだった。


「世界環境研究所から視察来てたらしいね」

「それでスカウトされたんだぜ、きっと」

 急な話に周りの生徒らの間で、引き抜かれただの、大学に飛び入学しただの、はたまた異人さんに連れ去られただの(もし快晴がソアラ達とエールに行っていたらそれもあながち外れではなかったのだが)様々な憶測が飛び交ったものの、長い冬休みを機にそれらも立ち消えとなった。

 

 冬休みが明けると卒業式ムード一色となり、それと相まって、外部(千久楽では普通、最も近辺のYgg-7のことをそう呼ぶ)の高校へ進学を決めた者たちが合否に一喜一憂する日々が続いた。

 

 放課後、田島先生は蒔を職員室に呼び寄せ、周りを気にしながら、いつにない小声で、

「香芝は時村の親友みたいだから言うが……幾生はまだ見つからないらしい。時村も幾生の記憶なくしたままだって?」

 そう言って、伺うように蒔を見る。蒔も、ただうなずいてみせる。


 その話は冬休み前に聡経由で聞いていた。それでも信じられず、蒔が思い切って深鳥に快晴のことを尋ねると、深鳥は不思議そうな顔をして「かいせい?」とオウム返しをするばかりだ。 

「そうか……先生、詳細はよく知らないが……当分時村の前では幾生の名前を出さないように頼みたいんだ。二人はこのまま高等科行くだろうし、クラスも同じにしてもらうよう言ってあるから」

 田島先生はにかっと親指を立てた。蒔もにやっと親指を立てた。蒔は苦笑いをする。

「といっても2クラスしかないですケド……」


 一つ、緊迫したこともあった。

 移動教室で蒔と深鳥がお喋りしながら向かっていると、突然、然青が前に立ちはだかった。二人は呆気が取られていると、かすれた小さな声で、時村さん、と然青が言った。深鳥はおそるおそる然青に近づく。

「教えて。あなたは知ってるんでしょう? 幾生君がどこに行ったのか」

「いくお……くん?」


 ぱん、と鳴った。

 深鳥は頬を抑えたまま、然青を見つめる。何が起こったのか分からないかのようだ。

「ちょっと! 何するのよ衣川さん!」

 蒔が割って入ると、然青は顔を赤くしながら、悲しげに深鳥を見つめた。

「最低ね……あなたまで忘れちゃうの?」


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