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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
6/116

 *


 風がせっかく掃き集めた葉を散らかしていく。少し緩みのある風。春だな、と(さとし)は思う。

「お父さん、誰か来ます」

 (ほうき)を止めて、聡は耳を澄ます。たん、たん、たん……階段を登ってくるリズミカルな足音。

「聡、どうした?」

「こないだ言ってたお客さんだと思う。ちょっと行ってきます」

 聡は父である宮司にさっとお辞儀をすると、箒を近くの木に立てかけ、足音もなく駆け出した。



「おっと、ここだ、ここ」

 神社の入り口は葉の茂みに隠れていて、知らなければ通り過ぎるところだ。

「ここは相変わらず秘境だなぁ」

 父である草治を先頭に一家は枝をよけて進んでいくと、目の前に石段が現れた。上に向かうほど薄暗くなっていて、人の歩くところ以外は苔に覆われている。

 石段を挟んで二連の木がもつれるように枝を広げている。互いの幹と幹を縄が結ぶ。……鳥居、と言ったところか。この辺りでも高台なのに、目的の神社はさらに高い。

「お義母さん大丈夫ですか?」

 草治の心配をよそに、祖母はふふふと笑った。

「毎日お参りに来ているからねぇ。お陰で足腰はとても丈夫ですよ」

 三人が登っているところを、深鳥はすいすいと駆け上がっていく。

「子供にはかないませんね。深鳥〜、滑るから転ぶなよー」

 草治が後ろから声をかけると、振り返りつつ深鳥は手を振った。プリーツスカートを踏まないように少し持ち上げて、最後まで駆け上がる。


 そこには開けた空間があって、風が吹く以外は誰もいなかった。深鳥は鼓動を鎮めようと息をつく。

 視線の先には白い岩で組まれた小さな祠があり、そこに至るまでの参道はとくになく、ただ道を示すかのように両脇に木々が並んでいるだけで、閑散としていた。

「へえ……元気ですね」

 突然声がしたので、深鳥はびくっとした。そこには自分と同い年くらいの少年が佇んでいたのだ。ほんの今まで人の気配がなかったのに。

「あ、驚かせちゃってごめんなさい。僕、ここの神社の者です。宮森 聡っていいます」

 右手を差し出して、刺繍衣姿の少年はにこりと笑った。とても穏やかな眼をしていたので、深鳥はほっとしてその手を取った。

「あ……はじめまして。私、時村深鳥です」


 風が火照った体を冷やしていく。深鳥はふと視線を移した。風は祠の奥にある森から絶えず吹いてくるようだ。

「この神社は……あまり見かけない感じだね」

 深鳥の率直な感想に、聡もああ、と慣れたように相槌を打った。

「とても古い神社なんです。風の神を祀ってて」

 深鳥は興味深そうに聡を見た。

「風の神さまを?」


 その時、後ろから三人が到着し、祖母が呼びかけた。

「あら、聡君じゃない」

 聡は深々とお辞儀をした。

「神社へようこそいらっしゃいました」

 祖母はにこにこして聡に歩み寄った。

「あら、改まっちゃって。いつも手伝っていて偉いわね。春休みは楽しい?」

 聡はしゅんとして言った。

「それが全然。毎日毎日、掃除だの修行だの勉強だのってしごかれて、うるさくてうるさくて、はぁ……」

 溜息をついた聡は、突然背後に危険を感じた。

「くぉらーーっっ!!」

 ひゃっ、と聡は縮こまった。

「客人をろくに案内もせずに、掃除だけはさぼりおって! さっさとやらんとまた散らかるだろうが!」

 父である宮司の大きな手に頭を押さえられ、聡はジタバタしている。

「まあまあ。いいじゃないの元気で。聡君もずいぶん頼もしくなっちゃったし。宮司も一安心でしょう」

 祖母が横から話しかけた。

「まだまだやんちゃです。中学入って少しでも成長してくれるといいんだが」

 宮司は溜息混じりに言った。

「あら、そうだわ。聡君も来週から中学生だから、深鳥と聡君ちょうど二級違いになるのね」

 宮司はうなずき、深鳥に笑いかけた。

「君が深鳥さんか。よろしくね。何かあったらうちの聡をいつでも使ってやって下さい。こいつはキレイなお姉さん大好きだから」

 聡はさらにジタバタして、とうとうその手を逃れた。

「お父さん! 変なこと言わないで下さい!」

「ほれ、言われたくなかったら、ちゃんと皆さんを客間へお連れしなさい」



 



 大人たちが昔話に花を咲かせているのを見計らって、聡は障子の隙間から深鳥に手招きした。

「深鳥さん、外いこ!」

「うん!」


 神社と言えど、祠とその脇に集会所があるだけだった。その建物も防風林に囲まれているため、見た目的には木、木、木と……要は森の一角である。

 二人は神社の裏手に広がる深い森の前に立った。石段の所のものよりも何倍も太い縄が、これまた大きい古木に巻かれていた。

「すごい……」

 深鳥は上を見たままぽかんとしている。

「ここから先は入らずの森です。……ほんとは立入禁止なんですけど。この縄の太さの通り」

 聡は人さし指を口に立て小声になる。

「この辺の木はほとんどブナです。特に、ここから先はブナの原始林として核心地域(コアゾーン)にも指定されてる。こんなに立派なブナも他ではそう見られないけど、奥にはもっとすごいのがありますよ。せっかくだから見てみますか?」

 目を輝かせるものの、ためらう深鳥に聡はこっそり耳打ちする。

「もちろん、大人達には内緒で」

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