密議
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草木も眠る丑三つ時、微かな声に聡は目を覚ました。
障子を開け雨戸を少しずらすと、うっすらとした光がその頬を照らした。今夜は月が欠け、光が衰える暗夜のはずだ。くらむ目が慣れてくると、奥の間にこもる橙色の灯りと、それを遮る二つの影を見つけた。
――客人?
こんな夜更けに尋ねてくる者はそうはいない。よほど知られたくないことなのか……公式の会合ならば自分にも知らされるはずだ。
一度は床につくものの、心がざわついて眠れなくなり、聡は意を決して部屋を後にした。
奥の間から少し離れた廊下の角の手前に立ち、聡はじっと耳を傾けていた。間近に近づかなくても聞き取れるのがこの聡い耳のいいところだ。実際、今まで何度か盗み聞きを試みたことがある。子供ゆえに極秘の内容よりもそのスリルを楽しんだものだった。しかし聡にはもう話の分かる歳だという自負がある。
「……調査」
鼓膜の奥で響くような感情のない声。遮るものがあるのか、ややくぐもって聴こえる。男の声ではあったが、その年齢も人間性も判断がつかない。
「世界環境研究所の要請で……初めは断ったんだが、今度は政府を通じて申し入れてきた。千久楽が政府の保護を受けている以上、これを拒むことはできないだろう」
祭も……そう言いかけて父の宮司は黙した。やがて、向かい側から短い溜息が漏れた。
「どこで聞きつけたのか、先方がぜひ見学したいと言ってきてね」
しばらくの間があった。しかし、相手は一向に口を開かない。
「使者は二人だ。祭の、中一週間滞在することになる。当然この辺りには泊められない。街に住む総代にお願いするつもりだ」
「……」
「出迎えや案内は私らがやる。……そこで、千久楽の守人である君に見送りを頼みたい」
――チクラノ、マブリト……?
耳慣れない言葉に聡は混乱する。たしかに父はそう言ったように思うのだが。自分は一切聞かされていない事項だ。
一間置き、守人と呼ばれた相手は真意を確認するように、宮司にその先を問う。
「……では」
宮司は頷いた。
「帰る時に、分かっていると思うが――――消して欲しい」
——消す? 何を……
一瞬、空気が動いたのを感じ、聡は我に返る。
男は部屋から廊下に出て、直接縁側から庭に降りる。聡の耳でさえ微かと感じるだけの音しか立てずに。なかなかの身のこなしだ。
小さな窓の向こうに刹那、聡はその姿を捉える。わずかな月明りの元、白い獣が走り去ったように見えた。大きく伸びやかな身をひるがえして。聡は息を飲む。
獣? ……いや、あれは簓だ。風の姿を模した、木を削ってこしらえる神の依り代。
――まさか、風の神。
こっちを見ていた。闇の中でさえきらめく隙のない眼で。獣さながらの俊敏さで……向こうも聡に気付いていたのだ。




