廻りだす物語 *
illustrated by mariy
宙を舞う
弧を描きながら
ゆっくりと落ちていく
どこまでも
……
最後に見たのは
青い青い空
眼の奥深くに広がる
あなたは……………………ダァレ?
*
柔らかな風が前髪を揺らした。耳にはガタンゴトン、と遠く繰り返す電車の音。深鳥はうっすらまぶたを開き、辺りを見渡す。車内は明るさに満ちていて、電車はやっと地上に出たようだ。
――夢……?
不思議な夢を、見ていた気がする。ここではないどこかに、誰かといたような……
暁に染まる草波の中、すらりと佇む人。風にひるがえる黒髪。間近に深鳥を捕らえる、涼しげな眼……
――誰、だったっけ?
名前を思い出そうとしたとたん、記憶は忽然と消え去った。吹いた風にさらわれてしまったかのように。
深鳥はそっと溜息をつく。
「もう少し寝てていいよ。次の駅までまだだから…ふぁ……」
隣に座る父があくびをしながら言った。
次の駅、といっても、そこがもう終着駅だったりする。駅間がひどく長くて、ゆうに一時間はあると思える。
乗車駅を出て、長い長いトンネルに入ってから、電車は一度も止まることはなかった。時折、薄明かりにぼうっと浮かび上がる駅がいくつか見えたが、どれもすぐ闇の中に溶けていった。電車はただ黙々と進み、単調な音のくり返しを聞きながら、いつの間にか深鳥はうたた寝をしてしまっていた。
ゴトン。
しばらくしないうちに電車が止まった。
「通過車両が参ります。少々停車いたします」
アナウンスの独特の節が面白くて、深鳥はくすくす笑う。眠気はどこかへ行ってしまった。
「通過車両……貨物列車かな?」
そう呟く父は、なにか思いついたように自分のひざを軽く叩く。深鳥は父の顔をのぞき込む。
「深鳥、見ててごらん」
父が振り向きざまに椅子にひざを掛け、窓を閉めた。その途端、ゴーッという音と共に、互いの電車の間に圧力が生じる。
「ひゃっ」と深鳥は思わず声をあげた。窓のガラスがガタガタと鳴る。音が止んだ時には、片方の電車はすでに遠くに見えた。
「ハハハ。やっぱりびっくりすると思った」
もう、と呆れ顔で母が見る。
「あなたね、深鳥は初めてのことばかりなのよ。いつも驚かせてばかりいて……ほんと悪ガキみたいなんだから」
「まあまあ。なぁ深鳥。いろいろ新鮮で素敵だろう?」
深鳥は景色に目を奪われ、窓に張り付いている。
電車は大きく迂回し、方向をわずかに変えていく。橙色の光が差した。
「次はーチクラ~チクラ」
三人が電車を降りると、ホームの延びた先に温かな色の夕焼けが広がっていた。