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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈鳥籠の章〉
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追想

 

 夕方の千久楽の空には、いつものようにカラスの声がこだましていた。見上げればあちこちに目につく黒い体躯。その中でひとつ、白いものを見つけた。


  ――白化個体(アルビノ)……


 快晴は立ち止まり、珍しそうに目を凝らす。とりわけ目の良い快晴でなければ、その存在は認知できなかったかもしれない。それは薄れゆく光に紛れながら、その場を飛び去った。

 


 *



 Ygg-7・Arc極東支部。

 高層階のプライベートラウンジからは、さんざめく都市の夜景が四方に透かし見え、まるで星の海に漂うかのような気分になる。……きれいだなどと思ったことは一度もないが。

 一応〈幹部〉の肩書きを持つ自分が来れば、それ相応のもてなしがついてくる。


  ――まだ抹消されてなかったとは、ね。


 レイヴンは苦笑する。

 人はなぜこうまで闇を照らそうとするのか。逆に、光の中に闇を投じようとはしないのか。

 闇は闇のままあればいい。見えないからこそ、人は畏れを抱き、注意深くもなるのだ。闇に生きる自分にとってはごく自明の理。だが生物とは光を求めてやまないものなのか。


 視界の端にひらりと白い影。指先でスワイプすると、瞬時に窓が消える。微風と共にそれは入ってくる。


 肩に止まった白カラスは一つ鳴くと、そのまましばらく動かなくなった。体は淡い光を帯び、ゆっくり点滅している。

「長旅ご苦労、アルファ」

 空いた方の手で撫でながら、とろけたルビーをグラスの中で傾けると、ビロードのソファーに体を沈める。

「時空の歪み、か」


 白カラスから飛行中に送られてきた、千久楽及び周辺のデータ。宙に投影されたその画像を前に、少し考え込むような仕草をして、レイヴンは頬杖をついた。

「あの森のどこかに生じた風穴からチクラの風は生まれる。知ってか知らずか、土地の者は古来より恩恵を受け続けてきた、というわけか。博士は……知ってたかもしれないな」

 レイヴンはおもむろにグラスに口をつける。ワインの香気と共に引き出される、一つの情景(シーン)





『人はどこまで行くんだろうね』

『あなたならば容易に想像がつくだろう、イクオ博士』

 室内に再現された宇宙空間を、博士は気ままに歩いていく。すぐ脇を彗星がひゅん、と通り過ぎた。

『きっとどこまでも行ける。でも……代わりに地球(ホーム)を失うとしたら? それでも先へ進もうとするのかな』

『SSCに暮らして、さらにシャトルでその先へ行く。言わば ※バベルの天辺にあなたは立っている。それなのに今さら何を言うんだ』


 博士は足を止め振り返る。あどけない笑顔で。

『……確かに。でもどちらかと言えば私は逆かな。この子を連れて故郷へ帰りたい。いつもそう思う。とても臆病なんだ。快晴がいるからここにいられる』

 博士の横顔に、慈しみとわずかな憂いが浮かんだ、気がした。

『あなたは子供想いの、いい親だ』

 博士は笑って、首を振るう。

『良識のある親なら置いていくよ。この子を連れてくることは私のわがままなんだ』

 博士はふと寒気を感じたかのように腕を組んだ。

『宇宙は美しい。でもひっそりと冷たくて……一人ならきっと耐えられやしなかった』

 

 次第に視界が明るくなり、空間が移り変わっていく。

 辺りに浮遊するいくつものトンボ。足下を転がっていく鮮やかな落葉。道端に落ちる、肩車をした親子のシルエット。

 幼い手がつかもうとする夕空に、白い鳥が一羽、紙切れのように漂っているのを博士も見つめている。

 

 宇宙にいると時々、あの風が恋しくなる。四方からなぶるように吹く千久楽の風。

『私たちの思い出は、いつも風と共にあるんだ』

 眠る我が子の頬に、博士はそっと指で触れる。

『私の故郷には、大切な人に魂の半分を差し出すという風習がある。半分地上に置いて来た。残り半分はこの子に差し出すつもりだ』





 

 その眼の中に何を映すのかーー常に博士は先を見据えていた。その胸に、覚悟を秘めて。


  ――印象は全く違うが、カイセイの中には博士、確かにあなたがいる。


「小道具など使わず、早く面と向かってお会いしたいものだ」

 レイヴンはグラスを一気に飲み干す。

「あなたの形見、カイセイは必ず手に入れる」


 ――私のためにも………彼女のためにも。


「何としても振り向いてもらわねば。……なんとしても…ね」




――――――――――――――――――――――――――――――


※バベル…バベルの塔。人類離散の所以を示した神話。

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