32/116
序
「森の要塞」……周辺の土地の人から、千久楽はそう呼ばれているそうだ。
言い得て妙とはこのことで、森は昔から変わらずそこにあり、厳しい風にさらされるばかりの一生を送る。実際は風が要塞の役目を果たしていると言えるだろう。
千久楽を囲むようにある、境の森の中にぽつりと、古びた天文台がある。壁はレンガ造りだが、夏は蔦に覆い尽くされ、緑一色の装いになる。蔦は時に建物を傷める厄介ものだが、風が直に当たるのを防ぎ、それなりの情緒を醸し出してくれる。
秋――夏の緑はわずかに、黄色や赤へ移り変わる様はまた見事である。年老いた建物を色とりどりのネックレスが飾り立てる。夕暮れの赤い光に照らされると、それらはなお燃えるように輝いた。
地元の人達の話によると、以前は有形文化財で人が住まうことはなかったが、現在では最新の天文設備を備えた観測所として十二分に機能している。外観はそのままに内部も修復され、天文学者とその家族が、今もひっそり暮らしている。
――「チクラビトについての考察」より




