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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
20/116

形代の意味

 放課後のチャイムが鳴り、部活にいく生徒たちが足早に歩く中、深鳥はその流れから分かれて、校舎の裏のブナ林まで来ていた。プールと挟まれたちょっとした所にあるためあまり人が通らない。

 そのブナの木陰に佇む少女がいた。深鳥が近づくと、開いていた本を閉じ、顔を上げる。

「わざわざごめんなさい。私、3組の衣川然青(いがわ さお)。剣道部のマネージャーしてるの」

 深鳥は足を止め、思いついたように言った。

「剣道……なら快晴と一緒だよね? きっと。私は――」


「快晴……………て」

 然青はぎゅっと拳を握った。

「――呼び捨て」


 然青のつぶやく声が聞き取れず、深鳥はさらに近くまで寄った。

「あの、私――」

「時村深鳥さん、でしょう。知ってる」

「?」

 不思議そうに見つめる深鳥を、然青は無言で見つめ返す。

「負けたの」

「え?」

「幾生君、負けたの。おとといの試合」

 木々がざわめき立つ。風に吹かれ、葉に残った雨の雫が二人の頬に当たる。


 そぶりは全く見せないけれど、いつも以上に近寄りがたかった。あの試合は相当不本意だったのだろう。怪我をおして練習に出てくる快晴を然青はついに止めたのだ。


 ――今日はちゃんと病院にいってくれてるはず。じゃないと……


 いつのまにか、然青の眼に涙が満ちていた。

「あなたがあんな石くらいでつまづくから幾生君、支えようとして手を……」

「手……?」

 然青を心配し、深鳥は背中をさすろうとしたが、その手をパチンと払われた。

「あなたの……せいよ」

「!」

 然青は深鳥を睨みつけている。

形代(かたしろ)あるんでしょ?」

 後ずさる深鳥の背中が壁につく。

「返して? どうしてあなたがつけてるの?」

「それは……」

 快晴はあれから何も言わない。深鳥はただ、預かってるだけなのだ。舞手でいる間だけ――そう深鳥が言うと、然青は怪訝な顔つきで深鳥を見た。

「意味、分かってるの?」

「意味?」

「形代を受け取る意味よ」

「舞手だから……だよね?」

 ハァ、と然青は溜息をつく。

「ふざけないでよ」

「ふざけてない」

 深鳥は胸元の石を制服の外からぎゅっと握った。 然青は声低く言う。

「形代は――(たま)を分かつと決めた相手に渡すもの。ただ預かっていいものじゃない」

「魂を……分かつ……」

 深鳥の反応に然青は痺れを切らした。

「何も……分かってないのね。あなたに形代をつける資格なんてない!」

 然青はすばやく紐を掴むと、ひょいと深鳥の首から形代を抜き取った。

「だめ」

 深鳥は取り返そうと紐の端を掴んだが、然青の方が圧倒的な握力で形代をもぎとろうとした。

「やだ……」

 プチン、と糸が切れた音がした。その時。

「やめろ!」

 然青の手を後ろから掴んだのは――快晴だった。






「いい加減にしろ」

「……幾生…君?」

 然青は血の気の引いた表情で快晴に尋ねる。

「どうして? 何でいきなりこの子なの? ちっとも舞手にふさわしくないじゃない」

「ふさわしいかどうかは俺が決めることだ」

「でも! 私だって4年お務めした」

 再び然青の眼から涙が込み上げ、一粒土に落ちる。

「舞だって一生懸命練習した。この子よりずっと上手よ」

 快晴は掴んでいた手を静かに下ろした。

「こいつに決めたんだ」

 快晴は然青の目をまっすぐ見、すっとその目を伏せた。

「ごめん……」


 然青は俯き、唇を噛みしめる。

「……こんな、もの……」

「?」

 快晴は不穏を感じ、然青を注視する。

「無くなってしまえばいい!」

「待て衣川!」


 形代を手に然青がブナ林を駆け抜けようとすると、突如目の前に誰かが立ちはだかった。然青は止まれずにそのままぶつかりそうになったが……

「……ッ」

「おっと」

 両手で然青の体を止めたのは那由他だった。





那由他兄(なゆた にい)? なんで……」

 然青は状況が分からずに狼狽した。

「風が呼んだのさ」

「……」

 咎めるような然青の視線。那由他は頭をかく。

「……なんてな。実は英語助手のバイトで最近母校に出入りしてんだわ。……お前の様子も見れるしな」

 面と向かう那由他に涙を見られてくなくて、然青は急いで目元をこすった。

「そっか……那由他兄が幾生くん連れてきたのね」


 那由他はぐいっと然青の腕を掴んで寄せた。

「舞庭に石置いたのお前だな」

「知らない」

 然青は首を振るう。

「ピンポイントで石置く奴なんて、立ち位置分かってる代役(おまえ)くらいしかいないだろ?」

 然青はそっぽを向いたまま答える。

「……なんで私がそんなことしなくちゃいけないの? 舞の奉納が危うくなったのも、幾生君が怪我したのも、あの子が未熟だったから――」

 那由他は呆れたように息をつく。

「いい子だから然青、そんくらいにしとけ。な? 姉ちゃんはもう少し聞き分け良かったぞ?」

 然青は那由他を睨んだ。

「……嘘。那由他兄に選ばれなかったからあの時、藍姉(あいねえ)ずっと泣いてたの。那由他兄は知らないだけよ!」

 然青は思いきり目の前の胸を叩く。だが、鍛練された分厚い胴に少女の拳は何の効力も持たない。


 那由他は首をかしげる。

「デートん時はよく笑ってたけどなー……ありゃ、お前がまだ小学校の時か」

「……デート? 何それ」

 然青は眉を寄せた。

「快晴を選んじまった代わりに藍と約束したんだ。可愛いもんだから俺もついな、あいつのわがまま聞いちまって」

「え?」

「持ち帰り」

 ニヤッとする那由他に然青は必死でもがいた。

「~~~~サイッテー! 那由他兄なんか好きになる藍姉も藍姉よ!」


 やっとのことで振り切って行こうとする然青の手から、勾玉が消えていた。

「?!」

「ザ・ン・ネ・ン。返してもらうぜ。これは俺が快晴に授けた大切なもんでもある。そして快晴はあの()に……なぁ然青、弁解じゃないが選ぶ選ばないは好き嫌いじゃねえんだ」

「――」

「言葉にならねぇ……てっとり早く言えば直感だ。お前も分かってると思うぜ。仮にも舞手を務めたんなら、その感覚を」

 しばらく沈黙が続いた。

「分からない……分かりたくなんてない」

「……そか」


 然青は俯いたまま、続ける。

「紫野姉みたいになりたかった。だから剣道部にも入ったの。怪我してマネージャーになったけど……でも、舞手になれた。もしかしたら私もって思ったの。けど……藍姉も私も後継にはなれなかった。なれたのは紫野姉(しのねえ)だけ」


 那由他は形代を宙に放った。快晴が受け取ると、この場を去るように手で払って合図した。快晴は立ちすくんだままの深鳥の背を押して、戻るよう促した。先にスタスタ歩いて行く快晴を、深鳥も急いで追いかけた。


 那由他は然青の頭を優しく撫でている。然青は泣き顔を隠すように那由他から顔を背ける。

「藍は元気か?」

「うん」

「いい奴は出来たか?」

「……高校卒業したら、彼氏と一緒に千久楽を出るって」

「そっか……良かった」


 ぽんぽん、と然青の肩を叩くと、那由他はすぐ側にあったブナの若芽をいじりながら言った。

「俺は、藍の気持ちには応えてやれなかった。それだけの男でもない。あいつは本当に可愛い。だから幸せになって欲しいんだ」

 然青は意外そうに那由他を見つめた。

「後継なんてなったところで面白くも何ともない。それは紫野を見てれば分かるはずだ。俺も快晴を選んじまったが、それが果たして正しい選択だったのかどうか」


「さっき直感て……」

 耳を疑う然青に、那由他はふと息を抜いて微笑う。

「確かに快晴だったさ。だがな、負を抱えた快晴にさらに千久楽っていう重荷を背負わせちまった。後継はある意味、(にえ)を選ぶようなものかもな」

「贄――」

 口を閉ざした然青の肩に、那由他は宥めるように手を置いた。

「然青、快晴はきっとお前の手に負えない。俺でさえそうなんだから。悪いことは言わない。もう終わりにしとけ」


 然青の肩がかすかに震える。

「じゃあ、あの子は?」

 もいだ芽が那由他の手からパラパラと落ちていく。

「さぁ、どうなるかな……」


 んじゃ、と言ってしばらく進むと、那由他は突然くるっと引き返してきて然青にそっと耳打ちした。

(ちなみに、さっきの件は内緒ナ☆ 紫野に殺されちまう)






 水溜まりが青く揺れる。ぬかるみを避けて歩いていくと那由他は公園に着いた。服もお構い無しに、泥んこになって遊ぶ子供たちが目に飛び込んでくる。


 ――そう、お前らの姉ちゃんは恐かったんだ。キレイだけど、男みたいに強い紫野を、俺たちはいつも遠巻きにして見てた。


 あの日――夏祭の朝。幼い那由他は近所の仲間とかくれんぼをしていた。隠れようとした畦道の途中で、あまりの気持ち悪さに立てなくなった。真夏日のせいで熱中症だったのか……生温い風。稲穂の揺れる音。蝉の声。それから、悲鳴――


 太陽が落ちた、と那由他は思った。風の間に間に見えないはずの景色が見えた。灼熱地獄の中をひたすら歩く。喉が焼ける。目の前を通り過ぎる人。……いや、黒い影の固まり。

『ア……ツイ……ミヅ ヲ……』


 いきなり水が降ってきた。ひんやりと体が心地良い。空のバケツを持った紫野がそこにいた。舞手の衣装を着て、あえぐ那由他の前に手を差し出して。

『キミが見たもの、全部教えてくれるか?』






 知らぬが仏、とあれから何度思っただろう。こんな力、熱に浮かされたと片付ければそれまでだったのに。紫野が自分を見つけたばかりに。自分が見つかったばかりに。


 あれが過去の景色(シーン)だったのだと、那由他は大きくなってから気付いた。今は無い、かつての国の悲劇だ、と――。


 風読みの力は本来、先を見るものだ。過去を手繰り寄せたのは後にも先にもあれが最後。結局、那由他が見たようにはならなかったが、似たような事は起こった。……〈沈黙の春〉という名の災いが。


 長い長い冬の始まりだった。風に守られるが故に存在していられる、そんな異様な状態が千久楽の現状だった。


 ――千久楽は終わるのか。快晴で最後なのか。……肝心なとこ教えてくれよ、風の神サマ。 


 那由他は両手をポケットに空を仰いだ。雨上がりの空には、半円の虹が架かっていた。

衣川三姉妹……長女・紫野、次女・藍、三女・然青  といった具合です。

正式な舞の後継になったのは紫野だけ。あとの二人は代役止まりですが、舞は相当上達していたことでしょう。

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