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風が廻る場所  作者: 飛水一楽
〈風車の章〉
13/116

舞手の二人


 数日後。

「どういうことですか?!」

 聡は驚きを隠さないまま、父である宮司に詰め寄る。

「深鳥さんが舞手なんて……まだ千久楽に来たばかりなのに」

 聡をなだめるように、宮司は穏やかな声で言った。

「快晴から正式に要請があったんだ。深鳥さんも承諾してくれた。後継の決定に、皆で相談して口を出さないことになったんだ」

 聡は憤り混じりに溜息をつく。

「だからって……無茶苦茶です。こんなの――」


 深鳥の舞手への抜擢が物議を醸していた。それは詰めて言えば年令に関してだった。


 舞手は常時2人で、選出権を持つ〈後継〉の一存でもう1人を選ぶが、8〜17歳の十年間、千久楽の若者は〈間人はしひと〉と呼ばれ、基本的にその間人の中から選ばれる。そして女手は初潮を迎えない少女(おとめ)でなければならない。(案外条件が厳しいのである)深鳥は14才。条件は満たしていたとしても、長くは勤められないのでは、という懸念があった。男手の場合は関係なく17才まで勤めることができる。


 ときに男手、女手の選任は性別を問わず行われる。年齢が進み、容姿の変化に伴って途中で入れ替わることもある。

 ちなみに男子が女手を務める場合であれば、同様に17才まで可能。……ごくごく稀ではあるが。


 昨晩、神社の敷地に注連縄(しめなわ)で囲まれた座敷が設けられた。篝火が細々と灯る中、祭関係者数名がお酒とつまみを片手間に、声密やかに議論していた。

「俺は反対だ。いくら若者が主役だからって、見過ごしていいことになんねぇ。大人の意見も必要だ」

「だども、紫野の前例もあるし……後継の意見さ尊ぶのが千久楽の習わし。まんず思いきって任せてみだら」


 大人という括りでも、若手と年配が言葉の違いを織り混ぜながら会話するのは、千久楽ではよくある風景だ。長いひげをたくわえる年配組の中に一人、ひげの短めな御仁がおり、席を立つと宮司に近寄った。宮司は気づいて箸を置いた。

「名倉先生」

「お邪魔するよ」

 名倉先生は、自分の器を持って、宮司の隣に腰を下ろす。その一連の所作には無駄がなく隙がない。それもそのはずで、快晴が通う道場の主であり、剣術の師匠である。その話し方に年代的な(なま)りが少ないのは、若かりし頃、名倉先生が千久楽に移住してきたからなのだと宮司は本人から聞いている。


「快晴は…あの子もまったく掴めん子だからの。どうしたものか」

 名倉先生は宮司の杯に酒を()いだ。宮司は軽く礼をして口を付ける。

「名倉先生でさえそう思うのですから、私など……」

「まぁ、総じて誠実な子と思うが、何を考えているのか全く読めん所もある。表情がないのは試合では有利かもしれないがの」

 相槌を打ちながら、宮司は杯を持つ自分の手を見る。

「あの子は昔からそうだった。それでも、少しずつ生き生きしてきたと思います。千久楽に戻って来た時よりは……やはり、名倉先生に後見をお頼みして良かった」

 名倉先生はいや、と言って首を振る。

「お主も快晴を何かと周囲と関わらせるようした。それはとても大事なこと。……あの子は家の事情もあるし、孤立しがちなのは止むを得んが……そのうち那由他も戻る。わしらがそう心配することもあるまいて」


 結局、その座敷の場に快晴が呼ばれ、本人から直接の意見を聞くと、その議論はその夜限りで終わった。こうして、事なく深鳥が舞手になることが決まった。


 *



 さっさっさ、と聡は廊下を足早に進んでいく。

  一体あの人は何を考えているんだろう。いつもそう思う。聡にとって快晴は前々から苦手な存在だ。那由他が選んだ人。それは分かっているけれど……


 素質は申し分ない。最初は舞手の後継を嫌がっていた快晴だったが、聡の父である宮司に助けられながら、祭をきちんとこなしていった。舞の方も年々上手になってゆき、今では千久楽の人々は皆、彼を認めていた。先代を長く務めた那由他に比べれば華やかさには欠けるが、不思議な優美さを備えていて、決してひけは取らない。 

 何かを秘めている、と聡は感じる。那由他とは違う性質の……快晴のあの眼を見ると聡は体がどことなく強ばってしまう。どこか恐れているのかもしれない。


 廊下を歩いていると奥の間から神楽(かぐら)が聴こえてきた。と思ったらすぐに曲は途絶え、快晴は道具を持って廊下に出てきた。舞手の衣装のままでで。そこで聡と出くわした。快晴は気にも止めず行こうとしたが、

「待って下さい!」

 聡は穏やかでない眼差しで、振り返る快晴に尋ねた。

「どうして深鳥さんに形代(かたしろ)を渡したんですか?」


 対峙する二人。沈黙が降りてくる。きちんと向き合ったのは、初めて出会った時以来かもしれない。






 当時はまだ那由他がいて一緒によく遊んでくれた。那由他は聡にとっても、周りの子らにとっても頼りになる兄貴分で、根っからのガキ大将といった感じだ。その那由他の後ろにあの日、聡は小さな影を見つけた。

 なぜだか分からない。その子と目が合った瞬間、辺りの音が止んだ。何も聴こえない。鳥の声も人の息も木のざわめきも。すべてが静まり返ったのだ。……そんなこと今まで一度もなかったのに。


 幼な心に聡はかすかな畏怖を覚えた。前に出てきた、自分と同じくらいの少年に。深く澄んだ水底のような少年の眼に。

『ほら、これがさっき話してた聡。宮司の息子』

 那由他を一瞥してから、少年は再びこっちを見た。

『誰?』

 そう言って聡はとっさに那由他の大きな体の後ろに隠れてしまう。少年は何も言わない。代わりに那由他が答えた。

『こいつは快晴。お前の2コ上だ』

『……どこに住んでるの?』

 聡の問いかけに、またしても少年は黙り込んでいる。

『境の森に住んでるんだ。……おい快晴、おめーもなんか言えって』

 聡はまじまじと快晴の顔を見た。相手も無表情に見つめ返してくる。


 ――サカイノ モリ――お墓ばかりの、あんな寂しい場所に?


 那由他に促され、聡と快晴はおずおずと握手した。快晴の手はひんやりとして……子どもの手ではないみたいだった。





 沈黙を終わらせるように快晴は一つ息をつくと、聡の肩ごしに見える奥の間を(あご)で示した。

「あいつが気に入ったみたいだから、やった」

 あまりにあっさりした返事に聡は思わずカチンときた。

「気に入ったって……本当にそう父達に説明したんですか?」

「用はそれだけか?」

「――」

 言葉に詰まる聡を上から一瞥し、快晴はすげなく歩き出した。

「……戻るぞ」


 背中に何かを問いかけようとしたが、言葉が出てこなかった。その間に快晴は玄関の方へふいっと消えてしまった。


 後ろで衣擦(きぬず)れの音がした。聡が振り返ると深鳥が立っていた。

 (しろ)の麻衣をまとい、その上から刺繍衣を羽織り、前で合わせ帯で止める。裾と袖はいくつものスリットが入り、それが風にひらめく度……おそらく防寒で内に着たであろう柔らかな浅葱色の()が覗いた。

 お伽話から迷い出てきた天女みたいだと思いながら、聡はしばらく見入ってしまった。


「似合いますね」

 聡が微笑むと深鳥は恥ずかしそうに手を振った。

「初練、だったんですね」

 聡の言葉に深鳥は頷いた。

「うん。これはまだ仮衣装なんだけど……今年は時間がないから着て練習した方がいいって」

 聡はああ、と合点した。

「どうりで、白州屋の旦那さん来るの早いと思ったんだ。あ、白州屋さんは昔から祭の衣装の総取締まりです。やけに張り切ってると思ったら……深鳥さんの衣装こしらえる の嬉しいんでしょうね、きっと」

 聡が笑顔を向けると、深鳥はコクリ頷くだけだった。

「深鳥さん?」

 はっとして深鳥は顔を上げた。

「……何か快晴さんに言われたんですか?」

 心配そうに聡が尋ねると、深鳥は首を振った。

「ううん……丁寧に教えてくれた。でも私がまだついてけない感じで……舞って難しいね。足手まといにならないように、もっと練習しなくちゃだね」

 深鳥は小さくガッツポーズを作ると、足早に元いた部屋に戻ろうとした。


「ゆっくりでいいです」

 聡の声に深鳥の足が止まる。聡は小さく咳払いした。

「ええっと~……すっごーく楽しみにしてるから、ちゃんと舞えるようにゆっくり練習して下さい。くれぐれも手抜きはナシ、ですよ」

 振り返って深鳥が微笑った。

「厳しいな、聡君は」

 

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