水曜日
陽子はリビングで拓人と遊んでいた。カーテンは開けていたが、美和子さんに言われたこともあり、一応Tシャツとショートパンツという格好で過ごしていた。
子供の成長は時に親の想像を超え、驚かされる。
最近では「こんにちは」「バイバイ」などの挨拶を突然話し始め、陽子と和成を驚かせた。
今日は拓人の大好きな「おおきなかぶ」という絵本を読んでいると、絵本を指差し、「じいじい」「ばあばあ」「ニャンニャン」と言い出した。また語彙が増えている。
本当に子供って毎日成長するのね。
と陽子は感心していた。
そのときである。
拓人がリビングの窓の外に向かい、
「バイバ〜イ!」
と手を振った。
えっ!?
陽子は振り向くが、誰もいない。
リビングの窓を開けて周りを見渡してもやはり誰もいない。
拓人は誰に向かって手を振ったのだろう?
「拓ちゃん。誰かいたの?」
拓人は頷く。
「誰がいた?お兄ちゃん?お姉ちゃん?おじちゃん?おばちゃん?」
まだ、自分の見た物を上手く説明できない拓人は、陽子のあまりの剣幕に泣き出してしまった。
「拓ちゃん…、ごめんね〜。」
陽子は拓人を抱きしめたが、胸の鼓動は収まらなかった。
拓人が反応したという事は確かに何かがいたのだろう。ネコという可能性もあるが…。
陽子はカーテンを閉め、気晴らしに拓人を連れ、外へ散歩に出掛けた。
外の道では、野江と左斜め向かいに住む藤田明子が雑談をしている。
明子は旦那と2人で暮らしているバリバリのキャリアウーマンで、毎朝スーツを着て出掛ける姿は陽子も憧れてしまう。今年45歳だと聞くが、35歳の野江よりも若々しい。
「こんにちわぁ〜」
「陽子ちゃんと拓ちゃんこんにちは〜」
陽子が声をかけると、2人ともこちらを向いて笑いかけてくれた。
拓人は恥ずかしいのか、陽子の後ろに隠れている。
「こら!拓ちゃん。こんにちはは?」
と言い聞かせるが、拓人は恥ずかしいのか、陽子の後ろから出てこない。
「まだ恥ずかしいよね〜。また遊ぼうね〜。」
と野江が優しく話し掛けてくれる。
陽子は気にかかっている事を聞いてみることにした。
「ノグチ トシコさんって知ってます?私の家に前に住んでいた人みたいなんですけど…」
陽子の問いに、2人の笑顔が消えた。その場の空気が急に変わったように感じた。
「私、あんまり知らないなぁ。ほとんど話した事ないし。」
と明子が答えた。
「ちょっと変わった人だったしね。私もあんまり知らない。」
野江も同調した。
2人の返答に違和感を感じながらも陽子は話を続けようとしたが、2人とも用事があるとのことでソソクサと帰ってしまった。
陽子は2人の不審な行動に不信感を抱きながらも家に帰った。
和成が帰ってきたのは夜の10時を過ぎていた。最近は残業が多く、なかなかゆっくり話す機会がないが、今日はどうしても話したい事がある。
「ねぇ、和成…、これ見てよ」
陽子はノグチトシコ宛の「督促状」を取り出して和成に見せた。
「今日、台所から出てきたんだけど、ノグチさんって前に住んでいた人かな?なんか気持ち悪いよ」
「もう4年も前の手紙やろ?そもそも俺たちには関係ないから大丈夫だよ。」
「けど、最近誰かに覗かれている気がするし、今日も拓人が誰かにバイバイって言ったりなんだか気持ち悪いの…。」
という陽子の言葉に、和成は明日からはなるべく早く帰ってきてくれると約束してくれた。
そうだ!明日美和子さんにも相談してみよう!
陽子は、拓人が眠っている隣のベッドに身体を横たえると、今日の疲れからか、ぐっすりと眠った。




