月曜日
最初に感じたのは視線だった。誰かの姿が見えたわけではない。陽子はリビングで、何処と無く絡みつくような視線を感じた。
陽子は半年前に、この「サニータウン」に夫の和成と、2歳になる息子の拓人と3人で引っ越してきた。以前に住んでいた都内の狭い賃貸住宅とは違い、少し郊外ではあるが、一応庭付きの一戸建てである。
「サニータウン」は10年前にできた新興住宅地であるが、それなりに隣接住宅との配置等が計算されており、窓からの視線が向き合わないように設計されているのが陽子には魅力だった。たまたま夫の和成が持って帰ってきたチラシの中にこの物件を見つけた。一目見て気に入った陽子は、夫の和成を説得し、この中古物件を購入した。防犯設備も完璧なこの家に和成も気にいった様で、二つ返事で了承した。
結婚以来住んでいた都内の住宅地密集地では、昼間でもカーテンを閉めっぱなしで薄暗く、大きな不満だった。昼間からカーテンを開けられる家。それが陽子の夢だった。
もう一つ、陽子には夢があった。リフォームでいいから、家の間取り等を一から作り直したい。この物件はサニータウンができた時に建てられたもので築10年になる。外観こそ、スタンダードで古さは感じないものの、間取り、及び内装に関しては若干の時代の流れを感じてしまう。昔、インテリアデザイナーを目指していた陽子は、いつか全面リフォームを、と夢を膨らませていた。
1階はワンフロアにして、リビングを吹き抜けにしてより明るく、2階は少し狭くなるけど、天井を取りはらってロフトにして、拓人の部屋にしよう。
夫の和成の稼ぎはそんなに良くはないが、来年拓人を幼稚園に預ければ、陽子も少しではあるが働く事ができる。和成も、リフォームには最近から理解を示してくれているのが嬉しかった。
サニータウンに引っ越してきて、もう一つ予想外に嬉しかったのはご近所付き合いだった。
陽子はご近所付き合いは面倒くさいものと決めつけていた。前に住んでいた賃貸住宅でもご近所とはほとんど話したことはない。
お隣の矢野美和子はサニータウン5班の班長であり、陽子達が引っ越して来た当初、新しい土地で不安な陽子に話掛けてくれ、ご近所様の名前やゴミの分別の方法、安いスーパー等いろいろなことを教えてくれた。今年41歳だと聞くが、見た目も中身も若々しく、28歳の陽子とも会話がよく合った。美和子に加え、美和子の反対側のお隣の五味川梨恵。向かいは左から、藤田明子、高島野江、山中由紀江が、「サニータウン」5班のメンバーである。
図示すると次の様な並びになる
藤田明子 高島野江 山中由紀江
矢野美和子 陽子 五味川梨恵
陽子と美和子と向いに住む35歳の野江の3人は専業主婦で、境遇が近いこともあり、それぞれの家でランチパーティーを開くほどに仲良くなった。
3人で集まると子供の話や旅行の話、陽子のリフォームの夢など、夕方までおしゃべりは止まらない。
他の5班の人達も、陽子の姿を見かけると話し掛けてくれ、実家から送ってきたという果物や、旅行のお土産を持って来てくれた。
幸せってこういうものなのかしら?
陽子はサニータウンでの生活に幸せを感じていた。
夏のある日、いつものようにカーテンを全て開け、拓人と昼寝をしている時に誰かの視線を感じた。
誰かの姿が見えた訳ではない。何となく見られている様に感じたのだ。
嫌だ、誰かに見られたかしら?あんまり無防備過ぎるのもいけないわね。
キャミソールにホットパンツという格好の陽子は、カーテンを閉め、ハーフパンツに履き替えた。
そういえば、お隣の五味川さんのところには引きこもりの高校生の息子さんがいるって言ってたわね。年頃の男の子だし、こちらも少し警戒しないと…。
拓人の方を見ると幸せそうに眠っている。
陽子は、フフッと微笑んで、晩ご飯の支度に取り掛かった。




