1話
学校の昼休みは、いつだって騒がしい。
特に入学したてのこの時期は、まだ浮足立った雰囲気が漂っているのもあってか、クラスメイト同士の交流が結構活発だ。
高校生活はスタートダッシュが肝心なんてよく言われているし、新しい交友関係を築くのに皆必死になってるところもあるから、当然といえば当然なのだろう。
そんな軽い人間観察をしていると、幼馴染の恵がお弁当袋を持ちながら、僕の席へとやってくる。
「テツー! 一緒にご飯食べよ! ボク、もうお腹ペコペコだよぉ」
長い黒髪を揺らしながら、お弁当を持って僕の前に恵が座る。
人間関係を一から作らないといけないのは僕だって例外じゃなかったけど、恵とは同じクラスになれたため、今のところ話に相手に困るということはないのが幸いだった。
「ねえねえテツ、おかず分け合いっこしようよ。から揚げとかあったら頂戴!」
「もう、はしたないよ恵。女の子が大きな声でそんなこと言わないほうがいいって」
「別にボクは気にしないさ。他の男子に幻滅されたところでテツがいるしね。ボクはずっとテツ一筋だから他の男子なんてどうでもいいよ」
「またそんなこと言って……冗談でもそういうの、簡単に言わない方がいいよ?」
「冗談なんかじゃないんだけどなぁ。テツは相変わらずにぶちんだね。まっ、だからこそ助かってる部分もあるんだけどさ」
ブツブツと文句を言いながら、お弁当を広げていく恵。
どうも彼女は僕に対して気を許し過ぎている節がある。簡単にこんなことを言ってくるのがその証拠だ。
そのことを半ばくすぐったく思いながら
ら、僕も弁当箱を開けていると、ある会話が耳に入ってくる。
「おい、2組の山田が亜久州に告白して玉砕したってよ!」
「マジか。これで何人目だよ……」
「3人目だな。ちなみに斧崎のほうは4人らしい」
「おお……流石だな……」
聞こえてくるのはそんな内容。
友人同士の軽いノリで行われる、よくある恋愛絡みの痴話トークだ。他人の恋愛話で盛り上がるのは、中学だろうが高校だろうが特に変わりはないらしい。
そのこと自体は別にいいのだけど、僕が抱いた感想は彼らとはちょっと違ったものだった。
「玲奈とエリスは相変わらずだなぁ……」
思わずそう呟いてしまったのは、話に出てきた名前に聞き覚えがあり過ぎたからだろう。
亜久州玲奈に斧崎エリス。
入学してからまだ間もないというのに、既に学年で男子からの人気を二分しているふたりの美少女。
玲奈と呼ばれた子は髪が金色。エリスと呼ばた子は銀色の髪の持ち主で目立つことから、陰で金の女神と銀の女神なんて二つ名で呼ばれてたりするのだとか。
そんな彼女たちは何を隠そう、僕の幼馴染である。
「そうだねー、あのふたり、相変わらず男の子を弄んでいるみたいだね。中学の頃から変わんないなぁ。悪女ってあの子たちみたいな人を言うんだろうなぁ」
……一部訂正。彼女たちは僕と恵の幼馴染である。
小さい頃はよく一緒に遊んだ仲で、今でも仲がいいはずなのだが、今となってはこの通り。恵のふたりに対する評価はいつの間にか、割と辛辣なものとなっているらしい。
「……恵、その言い方はどうかと思うよ」
「だって事実じゃん。んー、卵焼き美味しー!」
」
僕の忠告などどこ吹く風とばかりに、お弁当に舌鼓を打つ恵。
そんな彼女を見ながら、僕は小さく嘆息する。
(まあ仲が良いからこそって感じなのかな。女の子同士のことだし、口は挟まないでおこう)
四人でこの学校に入学したくらいには、今も仲が良好なはずだ。多分。
ま、まぁ恵のことは一旦さておき、仲良し四人組だった僕らの交流は高校生になった現在でも続いているけど、恵以外は僕とは別のクラスとなっていた。
それもあってか、僕らの交流は以前より少し減っていた。
各々の行動スケジュールのズレもあったのだろう。少なくとも入学して以来、中々顔を合わせることが出来ていない。
昔は毎日一緒に遊んでいたため、そのことに少し寂しさがないと言えば嘘になる。
だけど、それ以上に不安なことが僕にはひとつだけあった。それは……。
「ま、この調子だと高校では何人に告白されるか分かったもんじゃないね。変な男に捕まらないといいんだけど」
そう、それこそがまさに僕の懸念事項だった。
これだけ告白されているとなると、所謂悪い虫ってやつが寄ってこないとは限らない。
「だよね、クラスも離れちゃったし。やっぱり心配だよ。ふたりとも、僕にとって大切な幼馴染だしさ」
「あれ? ボクは? テツくんはボクのことは大切だと思ってないの?」
「そんなわけないだろ。恵だって僕にとって大切な人だよ。恵になにかあったら、僕が全力で守るつもりだからね」
「そ、そう? 冗談で聞いただけだったんだけど……ヤバ、そんな真剣な目をされたら、ボク惚れ直しちゃいそう……」
何故か頬を赤らめて身を捩らせる恵だったが、とりあえず今は置いておこう。
恵がこんな反応をするのはよくあることだからだ。
「話を戻すけど、本当に大丈夫かな。恵はどう思う?」
「まぁなるようにしかならないんじゃない? なんだかんだ、あのふたりに悪いとこがあるのも事実だしね。一度痛い目を見たほうが分かることもあると思うよ」
話を振ってみるも、恵の返事は淡白というか、ひどく冷静なものだった。
「事実って……ふたりだって別に悪気があるわけじゃないんだし」
「悪いと思わず男子を勘違いさせまくってるのは大分罪作りだと思うけどね。てか玲ちゃんはともかく、エリスのほうは明らかに意識してやってるでしょ」
「それは……まぁそうだけど。でも高校生になったんだからちょっとは変わってるかもしれないし……」
「んなわけないって。エリスの性根の悪さは筋金入りだよ。全くテツはエリスに甘いんだからさ」
そう言ってため息をつく恵。
彼女の言っていることは、確かに事実ではあった。
玲奈とエリスは俗に言う『男を勘違いさせる女の子』というやつである。
彼女たちからすれば当たり前の行為だったりただの親切心からした行動を、受け手側となった男が「この子は俺に気があるのでは?」「もしかして自分のことが好きなのかしれない」なんて思い込んでしまうのだ。
実際中学時代は彼女たちを好きになった男子が続出し、幼馴染である僕に自分のことを紹介してくれだの、ふたりについて根掘り葉掘り聞いてこられたりだのといった被害をおおいに被ったことは、未だ記憶に新しい。
(確かに中学時代のあれをまた繰り返されるのはキツいよなぁ……)
僕の心労もそうだけど、高校でも男子を勘違いさせ続けるのはふたりにとっても良くないだろう。
幸い中学の頃は大事にならなかったが、高校でも大丈夫とは限らない。
告白を断られ、逆上して彼女たちに危害を加える男子が出てこないとは限らないのだ。
「……これまでは何も言わなかったけど、忠告くらいはしたほうが流石にいいよね」
「テツはお人好しだなぁ。ボクとしては放っておいてもいいと思うけどねぇ。ボクもふたりと同じくらい美少女だけど、テツ一筋だから男なんて寄ってこないしね!」
そう言って大きな胸を張る恵。
実際恵も相当な美少女ではあるのだが、ふたりと比べてあまりモテないのはその色々隠しもしない性格が大きいんじゃないかなぁ……。
「テツ、今凄く失礼なこと考えてなかった?」
「ソンナコトナイデス」
殺気を放つ幼馴染たちに怯えつつ、僕は食べかけだったお弁当へと急いで箸を伸ばすのだった。




