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それでも、最強の盾であれ  作者: もちもち物質
第一章:機械仕掛けの体
13/52

13話:鉱山の底へ*1

 厄介なオーガの『親父』ときたら、間違いなく厄介であろう。グレイは兜の奥で、外からは見えないのをいいことに、遠慮なく眉間に皺を寄せた。

「……決闘か?この事態だというのに?」

 一方で、老オーガはこの状況を見て、概ね何が起きたかを見たらしいが……その目が、ぎろり、と、グレイに負けたばかりのオーガへ向けられる。

「まさか、負けたのではあるまいな?」

「そ、それは……」

 オーガが口ごもる。……この状況を見せておきながら、まさか『勝った』とは言えないだろう。

「失望したぞ、スファル」

 老オーガは冷たく厳しい視線を投げかけた。

「やはりお前では、次の長は勤まらんか」

「お、おい、親父!?」

 オーガが戸惑いの声を上げたが、老オーガは踵を返して、そのまま去っていく。オーガはもう、それを引き留めることはできなかったらしい。ただ、自分の父親を黙って見送った。……その表情に絶望を湛えて。




 ……さて。

 観衆は静かにざわめき、オーガは俯いたままその場に留まっている。なんだか妙なことに巻き込まれた気分だが……何はともあれ、決闘はグレイの勝利である。

「あー……待たせたな。行こう」

 グレイは、さっさとエメディアの元へ戻った。オーガとの戦いで消耗してもいたし、さっさとこの場を離れたいことでもある。そして『この場を離れたい』という気持ちはエメディアも同じであったらしい。2人はそっと、観衆の群れの中から抜け出した。


「さっきの人、大丈夫かしら」

「さあな。まあ……何か、事情があるんだろうが」

 ……妙に後味が悪い。どうせ勝つなら気持ちよく負けてもらいたいものだが、ああまで惨めな様子を見せられてしまうと、後味が悪い。

「こういう時はさっさと寝るに限る。明日はダンジョンに行くんだろ?」

「ええ、そうね。……まあ、喧嘩を売ってきたのは向こうなんだし……うーん、でも、私の恩恵のせいでああなっちゃったのよね……」

「それを言い出したら、あんたが居なくても俺の恩恵でいくらでも喧嘩を売ってきただろうからな。あいつはどうせ、喧嘩を吹っかけて負ける運命だった」

 エメディアは優しさ故に、『自分の恩恵が無ければあのオーガはあんなことをしなかったのでは』と気にしているようだが……グレイに言わせれば、今更のことである。

 それに、恩恵があろうとなかろうと、下手を打つ奴は下手を打つし、上手くやる奴は上手くやる。何も、エメディアが責任を感じる必要は無い。グレイが彼らを憐れんでやる義理が無いのと同じように。


「それにしても……グレイ。あなた、本当に強いのね!」

 が、エメディアの話題がこっちにきてしまったので、グレイはまた気まずさを覚える羽目になった。

「あれは、俺ってよりは、鎧が強いんだ」

「いいえ!それを使えるのはあなただからでしょう?すごかったわ。正直、あなたがどうやって勝つつもりなのか分からなくて……心配してたの!」

「そいつはどうも」

 こんな会話をしたことなど今までの人生で無かったものだから、グレイは只々、戸惑いながら愛想の無い返事をするばかりだ。その自覚はあるのだが、これがグレイの精一杯である。……人と友好的に会話することだって、珍しいというのに!

「……で、最後のアレは何だったの?」

「燐寸を擦って奴の襟の中に入れた」

「……器用なことするのね!」

「燐寸を使う分には、魔法じゃないから魔力が動かない。だから咄嗟に警戒が遅れるんだ」

 エメディアが『へえー』と楽し気に頷いているのを見て、はた、と、『こんな行儀の悪い戦い方をお姫様に教えるべきじゃなかったか』と思ったが、もう遅い。エメディアは、『私もやってみようかしら』などと言い出す始末である。

 ……つくづく、好奇心の強いお姫様だ!




 結局、その日はなんとか、表通りの宿を取って一泊することができた。宿はどこも満員に近かったが、幸いにして、高級宿はその値段の高さから倦厭されたらしく、空室があった。どうせ金はある。2人はさっさとそこで部屋を取った。

 が、そこのベッドがあまりにも寝心地の良いベッドだったものだから、グレイは疲労も相まってしっかりと眠ってしまい……そうして翌朝、少々寝坊した。

 しかしなんと、エメディアも同様に寝坊したらしく、2人はばたばたと慌てて宿の前で落ち合い、『私達2人揃って遅刻したみたいね!』ところころ笑うエメディアにつられてグレイも笑った。

 こうして楽しく、少々予定時刻を過ぎて出発した2人であったが……ダンジョンへ向かう道中は、特に問題も無かった。野盗の類が出るかとも思ったのだが……まあ、ダンジョンへ向かう奴相手に戦いを挑んで勝てる野盗団なら、野盗などやらずにダンジョンに潜った方が稼げることだろう。

 そして。

「さーて……ここが噂のダンジョンね!」

 エメディアがうきうきと楽し気に、そのダンジョンの入り口を見つめた。

 ……そのダンジョンは、魔石でできていた。




 ダンジョンというものは、勝手に生まれるものである。王都の近くにあったあのダンジョンも、ある日突然、森の中に生まれたものだ。

 そして……ダンジョン1つ1つが、その土地に相応しいものとなる。例えば、グレイとエメディアが出会ったあのダンジョンは、森の地下に生まれたために、石と苔でできた、湿っぽいものになった。

 ……では、鉱山の町、コルザの近くのダンジョンはどうなったか、というと……魔石である。


「綺麗ね……」

 エメディアは、ダンジョンの壁を構成するきらきらしい魔石の結晶に目を奪われ、ほう、とため息を吐いている。

「……まあ、見目はいいが、質のいい魔石じゃないな」

「そうね。これだけでも、切り出して持ち帰ったらそれなりのお値段にはなりそうだけれど」

「そうなったら、鉱山は廃坑になるかもな」

「ああ……値崩れするわよね、これじゃ」

 ……ダンジョンの中では、既にかなりの人が動いている。というのも、ダンジョンの壁を少し掘れば、魔石が出てくるのだ。質の良し悪しはさておき、魔石は低級のものであっても、石炭と一緒に炉にくべるなど様々な使い道がある。皆、これを見逃すわけがないのだ。

「……食料が宿場に届かなかった理由が2つ程度、分かってきたな」

 そうして、ダンジョンの中を見てみれば、宿場の食糧難の謎も解ける。

「ここにダンジョンができた。ダンジョンは少し潜れば魔石が出てくるような、『鉱山』だった。……今まで鉱山で働いてた奴らだけじゃなくて、こっちにも集まってくる。安宿が満員だったのも、労働者がいきなり二倍に増えたからだろうな」

 そう。結局のところ……今のコルザは、とんでもなく、人が多いのだ。

 冒険者は当然増えただろう。それに加えて、鉱山労働者も増えたと見える。そうなれば、食料の生産を主として行っているわけではない鉱山の町の食糧事情がどうなるか……分かり切ったことである。

「となると、食糧は足りなくなる。宿に回す分は減る。更にそこで、野盗だ」

「あの野盗、なんだったのかしら」

「……オーガと関係がありそうだけれどな。どうもこの町、支配者が変わったように見える」

 グレイは、以前のコルザの様子を思い出す。

 以前のコルザは……騒がしく下品であったことは間違いないが、ここまで下卑てはいなかった。健全な活気もまた、あった。

 ……やはり、オーガがちらほら見られることと、関係があるように思われるが。

「まあ、俺達には関係ないな。さっさとダンジョンをクリアして、ここを消し去っちまおう」

「……もしかして、ここを消しちゃったら色んな人の労働の場を消しちゃうことになるのかしら」

「だろうな。だが、ここはダンジョンだ。放っておいたら、表の鉱山が枯れかねない」

「そうね……。『権力者たるもの、ダンジョンに手を出すこと無かれ』か……」

 エメディアがため息を吐いているが……人類の歴史上、様々な者達が『ダンジョンの支配』を試みてきた。

 ダンジョンに現れる魔物や鉱石といったものを、安定して供給して資源にしようとしたのである。

 だが……それらの全てが、失敗に終わっている。結局のところ、ダンジョンというものは、『急に現れる』ものなのだ。材料はその土地と魔力。ダンジョンを長らく放置しておくとその土地全体が弱り、長期的に見れば大きな損失となる。

 周辺の水源が枯渇したり、鉱山が枯れたり。……このダンジョンは、放っておけば、コルザの鉱山が丸ごと全て枯れることになるのだろう。

 そういう意味でも、ダンジョンというものは、できる限り早くクリアしてしまうに限るのだ。……とはいえ、権力者達はわざわざ危険のあるダンジョンを自らがどうにかすることに消極的だし、貧民はダンジョンの上層で甘い汁を吸いたい。が、大体は貧民の中の力ある者がダンジョンをクリアして、権力者は胸を撫でおろし、貧民は文句を言いながらまた別のダンジョンへ向かう……というのが毎度の事である。




「さて。何はともあれ、ここの魔物は厄介だな」

「そうねえ……まあ、剣で立ち向かうには厄介な相手だと思うわ」

 さて。

 ここはダンジョンである。魔石の鉱山ではない。

 ……よって魔物も出現するのだが……それらのほとんど全てが、鉱山の岩石を元に作ったような魔物なのだ。

 人間の頭ほどの大きさの岩石に、人間の拳ほどの石が複数くっつき手足となった『リビングロック』が、ごろごろとやってきては、襲い掛かってくる。こいつらは動きこそ鈍いが、とにかく硬い。そして重い。うっかり体当たりなど食らってしまうと、それだけで死ぬことすらある相手である。

「ひたすらリビングロックが出てくるとなると、いよいよ俺の本領発揮だ」

 が、グレイは大楯持ちだ。グレイの大楯にぶつかってくるリビングロックを、がごん、どごん、と跳ね飛ばし、ざっと薙いで端に寄せ、時々、斧槍で突いて割ってやる。……動きが鈍い相手なので、如何様にも動けた。こうした手合いは、グレイの得意分野である。

「ねえグレイ!私の出番が無いわ!」

「そりゃ、こんな小物相手にお姫様を働かせるわけにはいかないからな……っと」

 エメディアは少々文句を言っていたが、その間にも、グレイは大楯でリビングロックを打ち据え、遠くの方へと吹き飛ばしてやった。

「……まあ、俺の予想なら、あんたの出番はもうすぐ来るよ」

「本当?ならいいんだけれど……ううん、良くない気もするけれど……」

 エメディアはつくづく複雑そうな顔をしていたが、グレイは笑って、先を急ぐ。

 ……岩石ばかりのダンジョンなら、『守護者』がどんなものかは推して知るべし、といったところだ。




 そうして、グレイとエメディアはとにかく凄まじい速度でダンジョンを降りていった。

 ……途中からは、全く人が踏み入っていないような有様になる。それはそうだろう。恐らく、このダンジョンに入った人間の多くは、浅いところで魔石の採掘をしているだけなのだ。奥まで進んだ者はおろか、奥まで『進もうとした』者すら、居なかったに違いない。

「……少し、空気が変わってきたわね」

「そうだな。……ダンジョンの奥の気配、か。やれやれ……」

 グレイは、相変わらず出てくるリビングロックを大楯で片づけつつ、ため息を吐いた。

 ……ダンジョンは、深部へ進めば進むほど、魔物が強くなる。ダンジョンの核に近づくほど魔力が強くなるためだ。

 特に、リビングロックのような、岩にそのまま魔力がくっついて魔物と化すような類の魔物は、その影響が顕著である。今も、随分と素早く迫ってきたリビングロック相手に、グレイは少々、ぞっとさせられたものだ。

「でもまあ、ここのダンジョンの核はきっと、洗わなくても大丈夫だと思うわ!」

「……まあ、内臓の中にあるんじゃなくて、岩石の中にあるんだろうからな……いや、血じゃなくて土埃にまみれていたとしても洗ってくれ」

「拭けばいいわ!」

「……ああ、うん、好きにしてくれ」

 実に勇ましいエメディアに『やれやれ』と思いつつ、グレイは油断なく、前方を見やり……そして。


「……案外、早かったな」

「そうね。このダンジョン、結構浅かったみたい」

 ……恐らく、ここが最深部だろう。

 グレイとエメディアの視線の先では、巨大なゴーレムがその首を擡げてこちらを見ていた。




 ゴーレム。

 それは、岩石の体を持つ巨人である。

 小型のものなら、人間が使役することもあるが……こうしてダンジョンの奥底に居るようなものは、概ねが魔石を核として自然に生まれたものである。

 特徴と言えば、とにかく大きいこと。そしてとにかく硬いことだ。

 ……剣や槍で戦いたい相手ではない。だが……こちらには、エメディアが居る。グレイはにやりと笑って、エメディアと目を合わせた。

 エメディアもまた、にっ、と笑って杖を構える。

 ……そう。こうしたゴーレムの類には、とにかく魔法が有効なのである。




 早速動き出したゴーレムの動作を慎重に追いかけ、グレイは大楯を構えた。

 エメディアはさっさと下がって魔法に集中し始めたので、ゴーレムはまず、目の前にいるグレイを狙うことにしてくれたらしい。

 ……ゴーレムに対して、グレイが苦手とする理由が1つあるとすれば、それは、自我というものが薄いことだ。

 人に使役されているものではないためまだマシだろうが……結局、グレイの恩恵は、『意志あるもの』にしか通用しない。『好き』も『嫌い』もあまり無いような……虫の類や生ける屍の類、そして、ゴーレムの類は、グレイの恩恵が影響しにくいのだ。

 よって、グレイはとにかく、エメディアへゴーレムの意識が向かないように、と考えて立ち回ることになる。

 ゴーレムにも、視野はある。となれば、エメディアがゴーレムの視界に入らないよう、グレイは部屋の中を動きまわって、エメディアにはゴーレムの背中が向いているように仕向けるしかない。

 ……が、そうしてグレイが立ちまわっていると、ゴーレムが大きく、拳を振りかぶる。

 少し迷ったが、グレイはそれを、大楯で受けた。

 ……凄まじい音が響き、凄まじい衝撃がグレイの体を揺らす。

 魔導鎧があっても、これだ。耐衝撃の効果はほとんど持っていかれた。これを連続して何度もは、できない。

 だが、ゴーレムの動きは、然程速くない。これなら、最悪の場合、受けるのではなく避けることで対応できるだろう。少なくとも、エメディアの時間稼ぎくらいは、できるはずだ。

 グレイはそう意識して、再び拳を振り上げたゴーレムの巨体を見上げ、さて、どう避けるか、と考え……。




 その時だった。

「貰ったぁあああああああ!」

 ……随分と大きな声が響き、同時に、ゴーレムの頭上から、何かが降ってくる。

 それは、燃え盛る炎の如き赤い髪を振り乱し、金褐色の目をぎらりと光らせた……昨夜の、オーガであった。




 オーガはその拳で、ゴーレムの頭を打ち据える。

 昨夜、グレイの大楯に防がれたそれではあったが、ゴーレムの頭を大きく揺らすのには足りたらしい。ゴーレムは振り上げた拳を、見当違いのところに叩き込むことになる。

 ……大きくダンジョンが揺れた。ゴーレムの拳を受け止めたダンジョンは、天井から石片をぱらぱら落とし、地面をぐらぐらと揺らし……同時に、魔力が揺らぐ。

「もう一発だ!食らえ!」

 が、そんな揺れもものともせず、オーガは更にもう一発、ゴーレムの頭部を殴りつける。

 ……素手でこれなのだから、このオーガの実力は大したものなのだろう。昨夜、グレイと戦った時よりも力強く、素早く……オーガは次々とゴーレムに攻撃を仕掛けていった。

 その攻撃一撃一撃が、実に派手である。殴られるたびにゴーレムはその体の一部を欠き、或いは罅を走らせ、魔力を揺らがせて……どんどん弱っていく。

 同時に、ゴーレムもまた、反撃しようとしていた。だが、オーガはゴーレムより素早い。結果、ゴーレムの拳は床や壁を殴りつけるばかりで、オーガを捉えることができない。

「お、おい、あんた」

「うるせえ!」

 ダンジョンが揺れに揺れる中、グレイが声を掛けるも、オーガはぎらりと目を光らせて吠える。

 吠えて、オーガはゴーレムの腕を肩を、そして頭を足場に跳んで……最初の一撃同様、ゴーレムの頭上から、降ってくる。

「こいつは……俺の獲物だぁあああああ!」

「いや、そうじゃなくてだな……あ」


 オーガがゴーレムの頭を殴りつけると、いよいよ、ゴーレムの限界だったらしい。

 ゴーレムの巨体が、ゆっくりと傾ぎ……床へ、衝突し……。




「グレイ!」

 エメディアの悲鳴を掻き消さんばかりの轟音を上げて……床が抜けた。

 ゴーレムと、オーガと……グレイを巻き込んで。

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― 新着の感想 ―
こうも短慮かつ浅慮であったならグレイに喧嘩をふっかけなくともそう遠からずどこかで足元を掬われていたんだろうな…。
さ、さいあく…
ダンジョンの床を破壊不能オブジェクトにしておかないから…… と思ったけど、 「本当は天井の高い部屋の真ん中に床を作って擬似的な二層にして、隠し部屋作ったとか、破壊不能床やもう一個地下を作るリソースを誤…
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