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真昼の月  作者: ふじの
6/9

(5)


「それで、どういうの何ですか?」


 色とか形とか……と尋ねる莉子の言葉に私は頬に手を当てた。

 言うべき特徴はさしてない。色は良くある白だし、形も一般的な折りたたみ式である。ストラップもよく失くすという理由で余りつけない上にデコレーションをしているわけでもない。

 そういう変哲の無い携帯電話をどう説明すればいいのか少し困ってしまったのだ。


ETYUエチュの、Pシリーズなんだけど」

「あー、可愛さ(pretty)を売りにしたシリーズですよね」

「そうそう」


 機種としては然程珍しいものでもない。

 むしろ何年か前まではほとんどの女子高生はこのシリーズを使っていた。それはやはり売りになっている可愛さと同時にカメラやメールなどの女子高生が欲しがる機能が一番合っていたからだ――難しすぎず、操作しやすい。

 そんな理由で数年前までは大流行していたのだが、他社のものやそれぞれ多極化するニーズに合わせて色々なシリーズが増えた今使用者は三分の一くらいに止まっている。


「そういえば莉子はケータイ何使ってるの?」

「私はtapio(タピオ)です」


 私の言葉に莉子はポケットから一つの箱を取り出した。長方形のそれは言うまでもなく携帯電話で、黒の鈍い光沢が新品ではない事を示してる。

 tapioも携帯電話の会社としては大手である。私の使うETYUとは市場を二分していると言っていい。 この頃は他にも色々なものがあるらしいのだが、そこまでそういう事情に詳しく無い私にとっては携帯電話の会社で出るのはこの二つの名前くらいだ。


「へー、それなんだ?」

「はい」


 少し恥ずかしそうな表情はきっとその機種が揮いという事を自覚しているからだろう。私の曖昧な記憶では莉子の持つものは4年ほど前のものだ。一年に二回は新機種が出る現在そこまで古い方を持つ人物は少ない。少なくとも私は見たことがなかった。


「物持ちがいいのね」

「そう、ですか?」

「ええ」

 

 莉子が不思議そうに首を傾げる。

 ――この時もう少し詳しく話をしていたら、なんてそんな考えが後になって出てくるなんて私は少しも思っていなかった。





「ないねー」

「ないですね……」

「となるとやっぱり、あそこかぁ」


 莉子と出会った場所。夏草が生い茂って地面が見えなくなっているあの場所。

 そこしか考えられなかった。

 携帯電話が無いことに気付いた喫茶店から歩いてきた道を辿ってきたが何処にも携帯電話らしきものは無かった。もちろん駄菓子屋のおばちゃんにも落ちていなかったか聞いたし、念を入れて交番に届けられていないかまで聞きに行った。

 しかし答えは見ていない、届けられていないの一点張りでとりあえず一番落ちていそうな場所に私と莉子は足を伸ばしていた。考えてみれば私は木から落ちたんだし、その時地面に落ちていたとしても何の不思議も無いのだ。


「探すのは大変そうね」

「手伝いますから。頑張りましょう」


 莉子の微笑みに私は力なく頷いた。

 はっきり言ってまたあそこまで戻ってから移動するのは面倒くさい。

 しかし自分の不注意が起こした事だと考えればまだ諦めもついた。

 とぼとぼと歩く私の隣で莉子は心配そうな、それでいて嬉しそう、という複雑な表情を浮かべながら足を進めていた。


「のんびり戻りましょう?」 

「はーい」


 ふわふわと笑う莉子に私はゆっくり足を進めた。

 急げと心は急かしてくるがまだ暑さの残る時間帯に走ったりできるほどの体力が残っていなかった。いや、体力というより気力である。


「ごめんね、こんな事に付き合わせて」


 莉子に街を案内していたはずなのにいつの間にか落し物探しである。

 あらためて考えてみると申し訳ない気持ちが競り上がってきて私は莉子に頭を下げた。


「いえ。わたしも楽しんでますから気にしないで下さい」

「そうなの?」

「はい」


 莉子の顔に嘘は見られなかった。

 相変わらず艶やかな黒髪は風に靡いていたし、汗をたくさんかいたはずなのにいい匂いが私の鼻腔を擽る。これがお嬢様との差なのだろうかと意味の無いことを考えて疲れを紛らわす。

 つまり莉子は本当に心の底からこのハプニングを楽しんでいる――そんな感じがした。


「とりあえず行きますか」

「ええ」


 私の目の前に手が差し出される。手を繋ぎましょうってことなのはさすがに分かる。

 ただどう反応したらよいかがわからなくて私は困ってしまったのだ。されたことがほとんど無い行為に返し方を知っている人間がいたら見てみたい。

 余程間抜けな顔をしていたのだろうか。莉子は私の顔を見るとまた少し笑って、それから自然に私の手を取った。


「こっちですよね」


 きゅっと手を握られる。それから莉子は道の先を指差した。

 その感覚が少しだけ懐かしくて、口の端が緩んでしまった。だってこんな風に手を握られることなんて幼稚園以来といっていいくらいだと思う。

 ――莉子の手って柔らかいし温かい。

 別に不思議なことじゃない。けれどそんな当たり前のことがとても嬉しかった。

 少し恥ずかしい気もしたが繋がった手はそのままにして道を歩くことにする。


「そういえば、あの場所は家から近いんですか?」

 

 ぷらぷらと足を進めていた。

 そう言うととても不真面目な印象を受けるかもしれないが自体に一番あっている言葉なのだから仕方がない。

 のんびり、ゆっくり、お互いのペースで歩く。それは思っていたより心地よいことだった。


「私の?」

「はい」


 莉子と出会った場所は通っている高校と家との中間に位置する。

 そういう意味では近いのかもしれないが、学校が中々に遠い所なのでそことの中間と思うとそう言いたくなくなるのが正直な気持ちであった。


「近いって程じゃないけど、学校からの帰り道にあるから寄りやすいだけかな」


 くいっと繋がっている感覚を確かめるかのように引っ張る。

 少しだけ子供っぽいような気もしたが考えない。手を繋いでいる時点でいつもの私らしくないことは確定している。友人に見られたら失笑される事請け合いだ。

 その点、莉子は大人らしい。私がしたことに気付かないはずがないのに何もないような振りをしながらしっかりと反応してくれる。反応といっても手に込められる力が少々変わっているだけなので気のせいかもしれない。


「寄り道ですか?」

「時々だけどね」


 そんな風にくすぐったいやり取りを繰り返しながら道を歩いていた。

 あの場所に行くのは寄り道としか言いようが無い。

 人との付き合いが面倒なときにちょっとだけ逃げ込む場所なのだ。その目的に雑木林であるあそこは適している。人は近寄らないし、ぱっと見て人がいることもわからない。

 使い出してから今までの数年は見つかった事はない。

 そう考えると莉子があの場所で出会った初めての人物になる。樹から落ちて出会ったという、何とも間抜けな出会いであるがこうして一緒に動くたびに彼女が良い子であるのが分かる。柄にもなく偶然を生んでくれた神様に感謝しても良いくらいだった。


「へー……ってことはあそこに行けば会える可能性があるってことですよね?」


 可愛い事を聞いてくれる。

 そんな風に思うも、別にあそこに行かなくたって私と会うことはいくらでもできる。特に今探している携帯電話さえ見つかれば会うことが難しくたって繋がっていられる。

 寄り道する場所とはいっても私があの場所にいることは余り無いのだ。


「会えなくはないだろうけど、ケータイが見つかったらメアド交換するんだし。別にわざわざ来てくれ なくても街とかで会えると思うけど」

「あ、そうですよね。うっかりしてました」

「そう――」

 

 恥ずかしそうに頭を掻く莉子に頷こうとして身体が固まった。

 いきなり歩みを止めたことに莉子は不思議そうな顔で私を見上げる。どうしたんですか?と小首を傾げる姿は可愛らしかったのだが残念な事に今それに触れる余裕は皆無だった。

 ――いたのだ、私が。

 さっぱり、意味が不明だ。

 見てしまった私にしても理解できない。

 もしかしてこれが世の中に三人いるというそっくりさんなのかとも思ったがそんな言葉で簡単に形容できるレベルの似た方ではなかった。まさに瓜二つ。生き別れの双子の妹だといわれても私は素直に信じただろう。いや、むしろその可能性を信じたい。


「あ、れは妹さんですか?」


 私の視線を辿って莉子もその姿を見つけたらしい。

 一瞬びっくりとした顔をしてから私を見て、至極もっともな疑問を投げかけてきた。


「ううん。弟はいるけれど、妹もいるなんて聞いたことない」

「じゃあ……」


 道路を挟んで向こう側の道を歩いている“私”は中学校の制服を着ていた。私が通っていた中学校と同じものだ。その時点で他人の空似なんて可能性はほとんどなくなってしまう。

 同じ中学ということは学区が重なっている。

 似たような地域に住んでいてこれだけ似ていたらあっという間に噂になるに決まっている。狭い街なのだ。少なくとも子供の顔が商店街の人に覚えられる程度には。


「莉子、そのtapioのケータイ、いつから使ってるの?」

「えっと。そうですね、半年くらい前です。思い切って新しい機種に買い換えたんです」


 思わず頭を抱えたくなった。

 ――なんてことだ。

 私にとっての四年前が莉子にとっての半年前なのだ。つまりここは私のいた時代から三年前くらいになる。通りで駄菓子屋のおばちゃんが中学校に入ったばかりなんていうわけだ。

 おばちゃんは間違っていなかった。間違っていたのは私だったのだ。


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