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真昼の月  作者: ふじの
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(4)


 扉を開けるとちりんちりんと軽やかな音がした。


「ここに外れはないから好きなのを頼んで良いわ」


 窓際からメニューを取り莉子に渡す。

 何回も着ている私は見るまでもなく、今売り出しているものをテーブルの上に置かれている別メニューから読み取る。相変わらず甘いものに力を入れている店だった。

 季節にあった甘味――カキ氷などはもちろん――定番のパフェから、お汁粉、果てはパイにアイスと女の子が喜びそうなものが列挙されている。そしてそのどれもが美味しいのを私は良く知っていた。

 調整された冷房が寒くも暑くも無い気温を保っている。高校の近くにある喫茶店やファミレスは冷房が効きすぎて寒くなってしまうがここならそんな事も無い。そういう細かい気配りなども含めて私はここが気に入っていて今でも度々訪れる理由であった。


「そうなんですか。でも、どれも美味しそうです」


 笑顔で大きく頷く彼女。その姿に暗さは無い。

 顔の前でメニューを広げあっちこっちに視線を動かす様は見ていて楽しかった。

 しばらくその様子を観察しているとちらちらと私の方を見る。最初その動作が何を表しているか分からなかった私は何度目かに目が合った時、思わず首を傾げてしまった。

 すると莉子は少しだけ照れたように頬を赤くしてから、一人で見ていたメニューを私にも見えるように差し出す。それから小さな声で「一杯ありすぎて、決められません」と言った。

 ごにょごにょと篭る声は私が放送部の朗読のようと思った口調とはかけ離れていた。でもそれが中学生という年相応に感じられて私は小さく噴出す。

――薄い紅色が耳まで広がり真っ赤になった。

 それが更に可愛くて私は口元が緩んでいくのを感じた。

 一頻り莉子の表情を堪能した後、私は拗ねてしまったらしい彼女にごめんねと軽く謝りつつメニューの片方を支える。広がる名前はデザインに違いがあれど、予想していた通り私が記憶していたものと大差ない。


「そうね……甘いのは好き?」


 甘いものが嫌いな女の子は少ない。莉子は見るからに甘いものが好きそうに見える。

 そんなことを思いながらも一応の確認に彼女の顔を見る。かく言う私はも甘いものは好きでカフェというより喫茶店の雰囲気を持つこの店にも何回か来ている。


「大好きです!」

「なら、これとか良いんじゃないかしら」


 思っていた通りの返事だった。私は相槌を打つように頷いてから一つの名前を指差す。

 私が時折無性に食べたくなるものだった。

 莉子も気に入るかは分からないがそれでも彼女に食べて欲しいとは思う。自分の好きなものを人が気に入ってくれるのはとても嬉しい事だから。


「これが好きなんですか?」


 私の指先の文字と私の顔を莉子の視線が往復する。

じっと見つめる顔は真剣そのもので、きっとこういう人のことを直向きな性格と呼ぶのだろうなと思わせる。しかしお菓子選びにそこまで真剣な表情が出来てしまうあたりが彼女らしい――たかが数時間で、という人もいるだろうが私は莉子のどういう行動が“彼女らしい”のか何となく分かる程度には彼女の事を知ったつもりでいた。


「そうね。私のお気に入りの一つってところ」

「それにします」


 ニコリと微笑んだ私に彼女はほぼ即答した。

 きっと文字なんて見ていないし、それが何かも分かっていない。

――いいのかしら?

 疑問が過ぎりもしたが莉子と目が合った瞬間にそんなことは飛んでしまっていた。

 彼女の瞳がとても、とても強くて真っ直ぐなものだったから。そこに含まれる真剣さに私は一瞬気圧されてしまったのだ。

“私のお気に入り”――彼女がこの言葉で即決した事は想像に難くない。

 莉子は顔に出やすい。良くも悪くも分かってきたことだった。

 だからこの時表情に出た感情もきっと本物だったのだろう。

 分かっていた。分かっていたからこそ、私はそれを受け止めきれずに気付かない振りをするしかなかったのだ。


「……じゃあ、マスター」


 いつものように注文をする。莉子の手からメニューを受け取り、通いなれた私が両方を頼んだ。じっとその様子を見る視線を感じて頬に熱が昇ってきそうだった。

 注文してマスターの後姿を見送ってから場を誤魔化すために携帯電話を探す。こういう相手の顔を見られない時にあの文明の利器は大活躍だ。

 いつも無造作に突っ込んでいるポケット――ない。

 時折放り込む鞄の横――ない。

 滅多に入れない場所も探す。流石にここまでないと焦りも出てくる。最悪の可能性として自転車の籠に入れていたかもしれないけれど最早自転車自体がないのだ。

 つまりは失くしたということになってしまう。


「どうしました?」


 私が鞄やらポケットやらをひっくり返す勢いで探し始めたのだから、対面に座る莉子も当然様子の変化に気づく。顔を見づらいなど最早考えていられなかった。

 本末転倒もいいところだが事情が事情だ。仕方ないだろう。

 携帯電話には色々な情報が詰まっている。そんなことは女子高校生の間では常識過ぎて誰も口にしない話題だ。命の次、下手すると同じくらい大切と言う子も少なく無い。流石にそこまで大切とも思わないがあの箱には大切な情報やら要らない情報やらを矢鱈滅多ら入れている。

 生きていけないと大泣きする話でもないがもう一度全ての情報を習得することを考えると面倒くささ大きなため息を何度も生む事になってしまう。


「ケータイがない、みたい」


 何だか前にもしたようなやり取りだとデジャヴを感じながら私は言った。

 注文したものが何も届いて無い状態で言うべきことではなかったかもしれない。

 それでもこちらを真っ直ぐに伺う視線に嘘はつけなくて、その上心配の表情が惜しげもなく表れていては誰もが陥落するというものだ。


「け、けーたいですか?」

「うん」

「あの、携帯電話ですよね?」

「そうね」


 莉子の視線がテーブル、窓の外、壁、天井と動く。それからもう一度私の元へ戻ってきて片方の指の先からもう一方の方へと本当に一周する。

 ここまで人に見られるという経験は中々ない。

 それこそモデルでもしている人だったら日常なのかもしれないが、生憎普通の人生を歩いてきた田舎の高校生にそんな経験をしている人物はかなり稀といえよう。

――莉子は都会に行けば読者モデルとかなれそうだけど。

 観察を仕返すように莉子の身体を見てみいると、幼いながら綺麗な顔立ちをしている。

 今はまだ可愛いに近い容姿だが高校生になるくらい――私と同い年になる三年後くらいには美人さんという言葉が似合う人物になっているだろう。彼女の持つお嬢様な雰囲気もそれに拍車をかけていて、同い年だったら声をかけるのを躊躇ったかもしれない。

 なんてつらつらと考えていたがそろそろ時間切れのようだ。

 目の前で莉子の口が何回か開閉する。音はない。ただ私に何かを伝えようと動くだけだ。

 その動きが何度か続いた後、やっと声が追いついてきた。


「探しにいかないんですかっ」

「探しに行くわよ?」


 私の言葉に莉子は直ぐに腰を上げた。今にでも飛び出していきそうな雰囲気だ。


「何してるのよ」

「え、何って探しに……」


 それを間一髪、莉子の腕を掴む事で押し留める。

 私だって探しに行きたい気持ちは当然ある。自分自身の持ち物だし、責任から言っても私が探すのが筋だろう。大体この子は私の携帯電話を見たことも無いはずだ。見たことがない物を探せるとすれば超能力者に他ならない。

 私はふぅと小さく息を吐いた。


「お腹が空いてちゃ見つかるものも見つからないわけ」


 暑い中をここまで来たのだ。そして探す道程は今までの道のりを帰ることになるから同じ距離、下手したらそれ以上に歩く事になる。

 お腹が減っていてる女の子にその道のりは過酷だ。落とした本人である私でさえ嫌なのだから関係の無い彼女を伴って探すというのは罪悪感が募る。

 よって、今何も食べずにここを出るという選択肢はない。

 気持ちとしては飛び出したいがそれは莉子にもマスターにも申し訳なさすぎる。


「ほら、座って?」


 莉子の視線と表情が動く。それを私は有無を言わせない笑顔で座らせた。

 私のそう意識した笑顔は中々怖いらしい。笑顔が怖いってどれだけって思いもしたが時折役に立つので気にしない……しないことにしたい。


「あなたが、そう言うなら」


 その効果が出たのか、はたまた莉子が素直だからなのか。

 どちらかは分からないが莉子は椅子に座りなおしてくれた。丁度良く、頼んでいたものが運ばれてくる。未だ不満そうな顔をしている彼女を宥めながら私はそれに手を伸ばした。




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