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豊穣の加護  作者: たま


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1/3

覚醒

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

豊穣の覚醒


侯爵家の令嬢エレインは明日誕生日を迎え十七歳になる。

義妹セリアは一月違いの同じ歳。不貞を知った日から、世界が色を失った。

セリアと婚約者との不貞を知ったのは友人のアリスからだった。


婚約者リオンは、エレインの異母妹であるセリアとの関係を認め、彼女が妊娠したことを告げた。

そして、父であるハロルド侯爵は、冷たい目でエレインを見つめながら言った。

「婚約者はセリアと交代だ。お前は母方の実家であるローレンス公爵家が欲しいと言うのでな、即刻この国を出て行け。もうこの国に戻ることは許さない」


エレインの母はエレインが四歳の時に身体を壊し亡くなった。

侯爵家では常に疎外感を味わってきた。

王宮では、王族の大量の執務を押し付けられ、息つく暇もなかった。

そのすべてが、今や無意味に思えた。


母の実家であるローレンス公爵家への旅は、静かな絶望に包まれていた。

馬車の窓から流れる景色は、次第に北の大地へと変わっていく。

侯爵領の整然とした田園地帯を過ぎると、公爵領の雄大な自然が広がっていた。

到着した公爵城は、侯爵家の華美さとは対照的で、重厚ながら温かみを感じさせる石造りの建物だった。


初めて足を踏み入れた庭園は、手入れが行き届いているとは言い難かった。冬の名残で枯れた草木が多く、春の訪れを待ちわびているようだった。

エレインは、ふと一本のリンゴの木に手を伸ばした。

その幹に触れた瞬間、突如として衝撃が走った。


暖かな光が彼女の体内を駆け巡り、視界が金色に染まった。

木の声が聞こえる?

いや、声ではない。

感情、欲求、生命の鼓動が、直接的に彼女の頭に流れ込んできた。


『水が欲しい』

『根が詰まっている』

『東側の枝に日光が足りない』


エレインは驚いて手を離したが、その感覚は消えなかった。

彼女はゆっくりと別の灌木に触れてみた。

同じように、植物の「願い」が伝わってきた。


「これは…」


彼女は庭師を呼び、感じた通りに指示を与えてみた。

半信半疑ながら従った庭師たちが、数日後に目を見張った。

エレインが触れた植物は、驚異的な速さで回復し、成長し始めたのだ。

枯れかけたバラはつぼみをつけ、弱っていた果樹は新芽を吹いた。


ローレンス公爵である伯父のギデオンは、この異変を静かに見守っていた。ある夜、書斎にエレインを呼び出し、穏やかに言った。


「エレイン、君の母も同じ力を持っていた。

我が家に伝わる『豊作の加護』だ。しかし、彼女はその力を完全に覚醒させる前に侯爵家に嫁ぎ、やがて力を失った。お前がここに来たのは偶然ではない」


ギデオン伯父の指導のもと、エレインは自分の力を探求し始めた。

庭園だけでなく、領地の農地にも足を運び、作物の声に耳を傾けた。

小麦が求める養分、ブドウが望む日照時間、土壌が訴える疲労――すべてが明確に理解できた。


彼女の指導で、公爵領の農業は革命的な変化を遂げた。

かつてない豊作が続き、領民の生活は潤い始めた。

エレインは、初めて自分が役に立つ存在だと実感した。

侯爵家で味わった冷遇や、裏切りの痛みは消えないが、少なくともここには居場所がある。


一方、彼女を追い出した侯爵領では、奇妙な現象が起きていた。

エレインが去った年から、作物の不作が続き始めたのだ。

最初は気候の変動と思われたが、三年連続で収穫が激減し、領地は危機に瀕していた。


四年目の春、侯爵家からの使者がローレンス公爵城を訪れた。

老練な外交官であるマルコム卿は、丁寧ながらも焦りをにじませて言った。


「エレイン様のご帰国をお願い申し上げます。侯爵領は連続する不作に苦しんでおります。かつて王宮で農業改革案を提出されたエレイン様の知恵が必要なのです」


公爵の応接間で、エレインは静かに使者の言葉を聞いていた。

彼女の横には、ギデオン伯父が控えている。

侯爵家を出る際、彼女が署名させられた契約書が、今、重要な意味を持っていた。


「マルコム卿」

エレインは落ち着いた声で応じた。

「父上との契約書には、私がこの国を去る際、二度と戻らないことを条件に、母の遺産のすべてと公爵家への移住を認める、と明記されています。侯爵家はすでにその履行を完了しています」


使者は動揺を隠せなかった。

「しかし、領民が苦しんでおります!血縁としての情けはないのですか?」


エレインは窓の外の豊かな庭園を見つめた。

ここでなら、彼女の力は意味を持った。

植物たちの喜びが、そっと彼女の心に触れてくる。


「情けですか?私が侯爵家で冷遇された時、貴方方は助けてくださいましか?その時に示されるべきでした。」

彼女の声は柔らかだが、決意に満ちていた。

「私はここローレンス公爵領で、私を必要としてくれる人々のために力を尽くします。どうか父上にお伝えください――自らの選択には、必ず代償が伴うことを」


使者が去った後、ギデオン伯父がエレインに近づき、そっと肩に手を置いた。


「後悔はないか?」


エレインはゆっくりと首を振った。

「侯爵家での日々は、私を形作った過去の一部です。しかし、ここでの生活は、私自身が選んだ未来です。もうあの国に戻ることはありません」


彼女は庭園へと歩み出た。

春の陽光が降り注ぎ、彼女が育てた花々が咲き誇っていた。

一本のリンゴの木に触れると、かつて感じたあの最初の衝撃とは違う、深く穏やかな生命の流れを感じた。


『ありがとう』

木の感謝の気持ちが、温かな風のように彼女を包んだ。


エレインは微笑んだ。

豊作の加護は、単に作物を実らせる力ではない。

生命と調和し、育み、慈しむ力なのだ。

侯爵家での冷遇も、裏切りも、すべてが今の彼女を形作っている。

そしてここローレンス公爵領で、彼女はようやく自分の花を咲かせることができた。


遠く離れた侯爵領の不作は、偶然ではないかもしれない。

土地もまた、そこに生きる者たちの心を感じ取るのだろう。

エレインが去った後、侯爵領の大地は悲しみ、実りを拒んだのかもしれない。


しかし、彼女にはもう関係のないことだった。

エレインは新たに芽吹いたバラの手入れを始めた。

ここが、彼女の帰る場所。

ここが、彼女が慈しみ、守るべき土地なのだ。


豊穣の覚醒は、単なる能力の目覚めではなく、失われた尊厳と居場所を取り戻す物語だった。

そしてエレインは知っていた――真実の豊かさは、収穫の量ではなく、心が実る場所にあることを。

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