富田礼子
俺は生物学的には女である。
が、そのことを伏せて一人の女と付き合っていた。
彼女の名前は須藤優里香。ゆりちゃん、と呼ぶとはにかみながら、なぁにと言ってくれる、可愛い彼女。 彼女は備え付けのパイプ椅子に座って、横たわっている俺を心配そうに見つめていた。
「レイが女の子ってこと、知ってたよ」
女の子、という単語だけで心がずきりと痛む。いつもは甘いはちみつのように聞こえる優里香の声が、金属質に聞こえた。レイガオンナノコッテコト、シッテタヨ…。
女の子なのに。女の子だから。女の子でしょ。女の子は______。
俺の名前は富田礼。心は男である。
昨日の朝、みぞおちの激しい痛みに襲われて、救急搬送された。
優里香はすぐに駆けつけてくれた。いつもは淡い桃色の頬が、白粉をしたように白かった。
俺は諸々の検査の後、恋人と一緒に医師の説明を受けた。
「胆石症ですね。端的に言えば、胆汁っていうものを運ぶ通り道に、石が詰まってしまう病気です。あまり若い方には見られないのですが、女性の方がかかりやすい病気なので…。はい、治療法としては、此の症例ならば内視鏡治療になります。明日行って、術後二日から三日程度で退院ですね」
話の後半部分はほとんど聞いていなかった。
ただでさえ事務的な女性医師の声が、消毒薬の香りと混ざって気持ち悪かった。耳と鼻が繋がっているのは、本当らしい。
ジョセイノカタガカカリヤスイビョウキナノデ…。
優里香の顔が、強張っていくのが手に取るように分かった。いや、強張った顔をしていたのは俺の方か。
バレた、ということよりも医者にそう呼ばれたことがショックだった。
お医者様なら分かってくれると、そう信じていたのは何故だろう?これが職業的偏見とかいうやつか、と苦笑いする。引き攣った笑い方をする自分がまた一つ、嫌いになった。
「病院の受付に行った時、看護師さんに言われたの。富田礼子さんならいらっしゃいますが、って」
「うん」
俺は返事をした。声が震えているのが、体の芯のごろごろという音で分かった。
「前からね、隠し事があるのは知ってたよ」
「うん…」
「私たち付き合ってるんだから。気づかない方が可笑しいよ」
そうだよな、と、うん、しか言えなかった。
「ごめんね、早く言っておけばよかったね…」
なんでお前が謝るんだよ。ぜんぶ、俺の所為なのに。そう言おうとしたのに、口からは吐息しか出なかった。
「…俺も、ごめん」
「レイは病気なんだから、ちゃんと休むんだよ」
そう言って優里香は、今思えば寂しげな笑みを見せ、それを見て俺は世界一可愛いと思った。
なんで寂しげかどうか分かったかって?
次の日から彼女は、俺の前から文字通り消えたからだ。
朝起きてみると、登録してある電話番号が消えていた。メールアドレスが消えていた。LINEのアイコンには、unknownと記されていた。
いつか行ったラベンダー畑で、快活に笑う須藤優里香の写真だけが、フォルダに残っていた。
彼女の声が聞こえてくるようだ。
見た目は好きだったよ、レイ。
女なんでしょ、レイ。
殺風景な病室で、俺は泣いた。天井がぼやけて、扉が霞んで、世界がぐちゃぐちゃに見えた。
初投稿です。よろしくお願いします。




