第6話
夜。空はすっかりと暗くなったが、それに反して街は更に活気を強める。
多くの人が行き交い、酒場で語り合う光景が広がっている。
街の中心街から離れれば、歓楽街があり、酒場とはまた別の活気を見せている。ギルドにより多くの店は営業を制限されていたが、結局のところ完全に規制することはできていない。多くの店は営業形態を変え、ギルドの制定したルールをくぐり抜けて営業をしている。
そんな店の一角。薄暗い宿屋の地下。普通の客は入場もできない、VIP制の酒場がある。主に後ろ暗い取引に使われる場所である。
その場所に冒険者ウィルはいた。席に座って、人相の悪い黒服の男達と膝をつき合わせている。
「……確かにガキだが上玉だ。良い値で売れるだろう」
とウィルはふっと笑う。目には冷酷な光が宿っていて、昼間にリエルに見せていた表情とは全く別物だった。
「次も会う約束はしてある。その気にさせておだててやれば……所詮は世間知らずの子供だ……ここに連れてくるのも造作はない……ああ。上客も気に入りそうな子供だ」
ウィルの言葉に黒服の男達も頷く。
側にいる男がウィルの空いたグラスに酒をそそぐ。ウィルと彼らは顔なじみのようで、どこか親しげな雰囲気すらあった。
「――残念だぜ、ウィール」
そこで店内の静寂を破る声があった。
店の扉が蹴破られ、次に何か大きなモノが転がる音がした。
扉が開かれると共に、黒服の二人の男が転がり込んできて、そのまま倒れ込む。扉の前に立っているはずのガードマン達だ。仲良く気絶している。
そして、扉の奥から別の男がゆったりと入ってきた。
話題に上がっていた少女――リエルとウィルを引き合わせた男。ジャック。
彼はにやにや笑いながら、ウィルに近づいてきた。
「ジャ、ジャックさん……」
「お前の悪い噂は耳に入っていたけどなぁ~。マジでやってんのか? 人さらいなんてリスクの高いシノギに手なんか出しちゃってまぁ……」
すぐに黒服達の男は立ち上がり、警戒するようにジャックをにらみつける。
黒服の背後にいるウィルは最初こそ驚いた顔をしたが、すぐに落ち着いた表情をみせる。昼間に見せたような柔らかい笑みを浮かべた。
「……何か誤解があるようですね。僕は彼らと仕事の話をしていただけです。僕の持っているコレクションを彼らに買ってもらうという、違法性の欠片もない商談の話です」
ジャックはやれやれと首を振る。
「はいはい。そーいうの良いから。お前こそ誤魔化さなくて良いっての。どうせ、アレだろ? お前だって最初はちょっとした小遣い稼ぎで始めたんだろ? ギルド公認冒険者は報酬の殆どをギルドに中抜けされるっている話だしな?
ほんで、軽い気持ちで始めたら、いつの間にか抜け出せなくなっちまった。自分の居場所を守るために犯罪を――人さらいを続けるしかなくなった。くだらねぇな」
ウィルは目を細めて黒服達の男に視線を送る。
その合図のあと、黒服達は一斉に自らの武器を取り出した。ナイフや剣を。
対するジャックは丸腰である。
ウィルはジャックを見据えて、ゆっくりと語りかけてきた。
「良いでしょう。では取引です。ジャックさん。アナタにはリエルさんを僕たちのところに連れてきてほしい。そうすればアナタを生かして帰してあげますし、お礼もたんまりとしてあげますよ。お金に名誉、女。何でも好きなモノを言ってください」
「……マスターはどうなる?」
「マスター……? ああ。リエルさんのことですか。なに、悪いようにはしませんよ。むしろ彼女にとっても得のある話です。アナタや僕よりも、よっぽど金のある男性にもらわれるのですから」
ぶはっと吐き出すような笑いが部屋に響いた。
思わずジャックが吹き出したのだ。
ウィルは眉をつり上げてジャックを見る。
ジャックは涎を拭きながら言った。
「いや。悪ぃな。あんまりにも馬鹿馬鹿しくてよ」
「へぇ。何がおかしかったんですか?」
とウィルは椅子の手すりを指で叩いている。
そんなウィルを見ろしながらジャックは言う。
「滑稽だぜ。お前の……俺たち人間の価値観で、マスターのことを語ろうとするなんてな。滑稽で、心底笑えるぜ」
「……そうですか」
ウィルが手を上げる。
周りの黒服の男達も武器を構えた。
「では……死んでください。先輩」
黒服達は全員手練れだった。何より冒険者達より、よっぽど暴力に慣れていた。
彼らは殺しにも躊躇いはない。
荒くれ者ばかりの冒険者も殺しは流石に避けようとする。ジャックも例外ではなかった。
現に日中にリエルに絡んできた冒険者も、ジャックは半殺しにとどめていたのだ。
気構えに差がある。
だから。黒服の一人の武器をジャックに呆気なく奪われ、そのままジャックに斬り殺される光景を。ウィルは呆気にとられながら見た。
斬られた黒服はミミズみたいに痙攣したあと、そのまま死んだ。
「何を呆けてやがる。ウィル」
ジャックは剣についた血を払い、周囲を見回す。
「お前ら全員皆殺しだ」
ジャックには人を殺すことに躊躇いはない。
人外の化け物の下僕になった日。それを悟った日。
人を殺すことにも躊躇しなくなった。
「ま。別に人を殺すことは初めてじゃねぇよ。これまでのマスターのデート相手。その内、三人はお前みたいなクズでな」
「……彼らのことは知っていますよ。だが彼らは今も生きている」
「そいつはマスターが造った人形だ。よく出来ているが、人間じゃない。本物は俺がバラバラにして海に巻いた」
ジャックは剣を取り、一歩一歩近づく。
彼の気迫に怯えたのか黒服達もなかなか手を出せずにいた。
ウィルも血相を変えて椅子から飛び上がり、そのまま後ずさる。
一目散に逃げ出したかったが、一瞬でも背を向ければ斬り殺されてしまう気がした。
「……な、なんで。アンタは……そこまで。あの子供のために?」
ウィルの問いにジャックは笑って答えた。
「俺はあの吸血鬼に心臓を握られちまったんだよ。お前らとは違う。羨ましいだろ?」
と意味不明なことを言い、剣を振り上げる。
そしてウィルの悲鳴が上がる。
――このあと。地下の部屋から出てきたのはジャック一人だけだった。