第4話
時間は進み、吸血鬼リエルは意中の相手であるウィルと並んで歩いていた。海岸沿いの整頓された細い道を歩く二人は、なかなか絵になっていて、端から見れば恋人のように見えるかもしれない。
ウィルはリエンの歩幅に合わせて、さりげなくゆっくり歩いている。また日光に弱いリエルのために、彼女の側に寄り、日傘を持ってあげてもいた。歩く最中にはリエンが退屈しないようにと、王都で話題になっている劇団の話や、冒険者間であった失敗談を語る。
リエルはウィルの話に合わせて、控えめに笑う。見た目は幼い少女だが、立ち振る舞いには品があり、どこか謎めいた魅力があった。道行く人は彼女のことをお忍びで街に来た貴族の令嬢だと思ったかもしれない。
そんなリエルはデート中。こんなことを思っていた。
(はぁぁぁ~~~。ウィル様素敵~~~。押しのフォドリック様に劇似~~~! 尊すぎる~~~!!)
すました顔をしているが、内心は欲望で爛れきっていた。
(私に気を遣って傘をさしてくれている~~~♡ すき~~~♡ それに造詣も良い~~~♡ ああ傘を持っている手~~♡ 綺麗で♡それでいて大きい~~~♡ この手を持って帰って剥製にして飾りたい~~~♡)
(……マスター。今はやめておいた方がいいですよ)
とリエルの心の中に、ジャックの声が響く。
テレパス。リエルの扱う魔法により、ジャックとリエルは心の中で互いに会話することができた。これにより遠く離れた場所でも会話が可能になっている。
喫茶店から出た後、ウィルとリエルはデートすることになった。
ジャックは邪魔にならないよう、離れた場所からリエルを護衛する役目を担っている。
(あら。確かに少しはしたなかったかしら)
(少々テンションは上がりすぎてたかも、っすね)
リエルはこくんと頷く。
(アナタの言う通りね。少し浮かれていたわ。うん。恋仲にもなっていない殿方の手をコレクションに加えるのは、少し気が早かったわね)
恋仲になってもダメだろ、ジャックは指摘しなかった。
相手は人外。結局のところ、彼女の価値観は人間とかけ離れている。指摘したところで無駄である。
それにジャックはリエルの忠実なる下僕となっていた。
彼女の為に忠告することはあっても、彼女の願いそれ自体を否定することはない。
(それにしても……)
リエルはちらりと頭上に視線をずらす。
今日は雲一つない晴れ模様で、絶好のお出かけ日和とも言える天気だった。
リエルは頭上の太陽を憎々しげに睨む。
(太陽。相も変わらず不愉快な物体だこと。年中ずっと熱を放っていて飽きないのかしら)
吸血鬼は日光に弱い、という伝承がある。
リエルもその伝承の通り太陽の光が苦手だった。
苦手なだけ。弱点ではない。
ひたすらに不愉快なだけ、らしい。
(あ~。やっぱり壊してやろうかしら。魔法で壊してしまえば爽快なのに~)
(その場合、人類が死にますね。俺もウィルも余裕で死にます)
(……ハァ。仕方がないわね。アナタはともかく、ウィル様が死ぬのは困っちゃうもの)
とリエルは太陽への攻撃をやめてくれた。
彼女なら頭上の太陽も破壊することも訳がないのかもしれない。
彼女の気分一つで人も星も死に絶えてしまう。
ジャックは寒気を感じて体を震わせた。
「――リエルさん。どうされましたか? 少し疲れましたか?」
と、そこでウィルはリエルに言葉をかけた。
リエルが黙っていたので、体調が悪くなったのではないかと心配したようだ。
リエルはハッとした表情を浮かべ、そして次には控えめに微笑んだ。
「あら。ごめんなさい。少しばかり、暑さに当てられてしまったようですわ」
「どこかで休みましょうか?」
リエルは首を振る。
「お気遣いありがとうございます。ですが……大丈夫です。折角ですから、もう少しウィル様とお出かけしたいですわ」
とリエルはウィルに笑いかけた。
可憐で上品な笑い方で、見る者は誰だって心を動かされるだろう、そんな笑顔だった。
リエルはこの日のデートのために特訓をしてきたのだ。
笑顔の練習から、男性と一緒に歩く際の振る舞い方までを頭にたたき込んできた。人間の流行を学び、相手の話題について行けるよう会話の練習もしてきた。
それに何より太陽の下で歩く練習もした。太陽の光は彼女にとって何のダメージを与えないが不快なことに変わりはない。太陽の下にいても不愉快な感情を表に出さないように、何日も日中の野外で活動をして、太陽の光に耐性をつけてきた。
彼女は人外で、根本的には人間だって見下している。
ただ人間と恋をしてみたいと本気で思っているし、そのために努力もしている。
彼女の為にできることはしてやりてぇな、と調教されきった忠実なる下僕なジャックは考えてしまう。
せめてデートは問題なく終わって欲しい、と彼は思う。
ただ。やっぱり上手くことは運ばないものだ。
デート中の二人に遠くから声をかける集団がいた。
「おいおい。ウィル! ギルドの公認冒険者が、女連れなんて良いのか~~」
と下品な野次が上がる。
男が5人。全員とも体が大きく、体にはゴテゴテとした金属の装飾品を沢山付けていた。人相も例外なく悪く、顔に大きな傷が付いている者もいる。
冒険者である。
ウィルとは正反対の、旧来の冒険者。
暴力が大好きな無法者達だ。
「……行きましょう。リエルさん」
とウィルはリエルの手を取り、早足になる。
しかし冒険者達も追いかけてくる。
彼らはウィル達に近づきすぎず、かといって離れすぎない距離で歩いてくる。
集団の一人、赤髪の男は大声をあげた。
「つーか。そっちの女は? っ、てかガキじゃねぇん。そういう趣味でもあったんですか~?」
彼らは武器を携帯していないように見える。ギルドのお達しにより、冒険者も決められた場所以外での武器の携帯は禁じられている。しかし、服の下にナイフくらいは隠し持っているだろう。
対するウィルは武器を持っていない。
「おいおい。無視するなよ~」
と男達は下品な笑い声を上げる。
道行く人たちはウィル達に心配そうに視線を送るも、彼らを恐れて遠巻きに眺めるしかない。
「ビビってんのかよ。冒険者が情けねぇぞ~」
と赤髪の男がまたウィルに野次を飛ばす。
赤髪の男にジャックは見覚えがあった、ような気がした。名前は憶えていない。
ただ彼らがどんな男なのかはわかっていた。
ジャックと同類の冒険者だ。
相手を傷つけることが好きで、暴力による支配を尊ぶ。
幼稚な残虐性が強者の証明だと疑わない。
取るに足らない自分と同じ、くだらない奴らだとジャックは思った。
(ジャック)
と脳内でリエルの声が響く。
彼女はジャックの方には背を向けてウィルと歩き続けている。
(ジャック。あれ。何とかしてちょうだい)
端的な命令がジャックに下された。
命令であるならば、ジャックに逆らう選択肢はない。
ただ気になることは一応、尋ねてみようとジャックは思った。
それにうまく会話を続ければ、ご褒美を確約できるのではないかという下心もあった。
(了解っす。ですが、いいんですか? デート中、俺はあまり介入しないようにと言われていましたが。それに、あの程度の雑魚は俺がやらずともマスターであれば一瞬で片付けられますよ)
(まぁ、ね。でも私はできる限り手を汚したくないの。相手はカスでも……殺すのは避けたい。言っているでしょう? 私は人間の男性の恋人がほしいの。人間と恋仲になるのであれば、できるだけ綺麗な私でいたいじゃない)
彼女にとって人間を殺すのはたやすい。
技術的な問題だけではなく、心理的な抵抗感もないだろう。
ただ人間と恋愛したい、と考えたとき。
その相手に対しては『人間にとって害のない自分』として向き合いたい気持ちがあるらしい。
(ジャック。命令。聞いてくれる?)
(もちろん)
(あの馬鹿どもを片付けてちょうだい。私たちの視界に入らない場所で、素早くね)
(了解です)
(帰ったらご褒美として、いっぱい褒めてあげる。私の気分が良ければ、ご奉仕してあげてもいい)
(……最高っすね!!)
(よろしい。ならあとはよろしくね。私の代わりに汚れてちょうだい)
それを最後にリエルの言葉は聞こえなくなった。
ジャックは舌なめずりをして、その場から離れた。




