第3話
ある日、ジャックは『吸血鬼の城』と呼ばれるダンジョンに挑んだ。
はるか昔に主が死に、魔物の巣窟になっているダンジョン。難易度はトップクラスであり、生きて帰ってきた者は誰もいない魔境。
そのダンジョンにジャックは一人で挑んだ。
自分の力なら余裕だと思ったのだ。
吸血鬼なんて存在は信じていなかったし、仮にいても自分の敵ではないと鷹をくくっていた。
彼には二つの誤算があった。
まず吸血鬼は実在したこと。城の奥には『吸血鬼リエル』が待ち構えていた。
二つ目の誤算は、吸血鬼が強すぎたことだった。
ジャックは為す術もなくリエルに敗北した。
リエルは時間を操るという超常的な力を持っているだけではなく、他にも様々な力を持っていた。大国ですら一瞬で滅ぼせそうな程の威力の魔法。傷を受けても一瞬で再生する肉体。
世界は滅んでいないのは、彼女の気まぐれに過ぎない、とジャックは思い知らされた。
それからジャックは彼女に囚われ、彼女に調教される日々が始まったのだ
心臓は彼女に抜き取られ、文字通り命を握られ、ひたすらに調教される日々が。
肉体を切り下ろされて、その度に魔法で再生させられ、再び体を刻まれる拷問。
強烈な電撃を浴びせられ続ける拷問。
また単純な肉体的苦痛を伴う調教以外にも、ジャックの人間として人間性を破壊する調教も度々行われた。
粉状に分解させられ、そのまま菓子と一緒にリエルに食べられることもあった。完全に消化されるまでジャックに意識があった。魔法で体を再生してもらったあと、外の朝焼けを眺めたとき、ジャックは生まれて初めて生きていることに感謝して、泣いた。
全身をバラバラに分解され、時には楽器にさせられ、時にはブタの餌にさせられ、時には使い捨ての家具にさせられ……ジャックの尊厳は蹂躙されていった。
もともと尊厳なんてなかったのかもしれない、とジャックは思うようになるまで時間はかからなかった。
一年も続く調教により、ジャックの自尊心は悉く粉砕され、死の恐怖を体にたたき込まれていった。
そしてジャックが完全にリエルの下僕となった日。
彼女はジャックに一つの命令を下した。
「ジャック。アナタは何者なのか、言ってみなさい?」
とリエルが促すとジャックは背筋を伸して、声を張り上げる。
「はい! 私はマスターの忠実なる下僕でございます!!!」
「よろしい。では、アナタに一つ命令してあげる」
「ありがたき幸せ……」
ジャックは本心からそういった。
もう本心から、そういう言葉を吐くくらいには心が調教されていた。
「アナタに手伝わせたいことは私の恋人探しよ」
とリエルは少し頬を赤らめて言った。
ジャックは彼女が何を言っているのか分からなかった。
「こ、恋人……。マスターと同じ吸血鬼の相手を探すということっすか?」
リエルはハァ? と言って首をかしげた。
「違うわよ。大体、吸血鬼なんてみんな血が通った家族なのに。私が探しているのは人間の恋人。人間で、素敵なオスの恋人が欲しいの」
ますます訳が分からなかった。
彼女と対峙した時も調教したときも、リエルは『上位存在』として人間を見下している節があったからだ。
しかし、恋人とは。
「なぜ、人間の恋人が欲しいんで……?」
とジャックが尋ねると、リエルは目をキラキラさせて語り始めた。
「私のお兄様もお姉様もね。人間と素敵な出会いを果たしたの。短命で愚かで貧弱で、猥雑で、見所のない人間に、それでも胸を射貫かれた。その素敵な思い出を私に語って聞かせてくれたわ……!」
とうっとりしながらリエルは語る。
その様子は恋に憧れる少女そのものだった。
彼女は懐から一冊の本を取り出す。題名には『王国騎士フォドリック』と書かれていた。
「それに人間の創作物には沢山の……吸血鬼の胸を打つ素敵な出会いが書かれていた。この『王国騎士フォドリック』は私のお気に入りなんだけど……主人公のフォドリック様が本当に素敵で!! フォドリック様のような殿方と! 素敵な出会いをして! 素敵な恋をしてみたいの!!!」
彼女は自分の頬に手を当てて、きゃーきゃーとはしゃぐ。
無邪気にはしゃぐ吸血鬼を前に、ジャックは
「そうですか!!」
と言うほかなかった。
例え、どれほど下らない願いに思えても、マスターであるリエルの願いを否定する選択肢などジャックの中に残っていない。
リエルはジャックをビシッと指さす。
「アナタには私の恋人探しを手伝ってもらうわ!! 私を手伝う下僕として……ジャック。アナタは合格したの。嬉しいわよね? ね?」
「はい。嬉しいです! ……ちなみに合格の基準とか教えてくれたりはしないっすかね?」
「私より人間社会に詳しく、私の下僕と呼べるには最低限に強く、何より雑に扱っても困らない悪人。ほら? 人間の善人を殺すのはダメだけど、悪人なら乱雑に扱って殺してしまっても『まぁ、いいか』みたいな風潮が人間社会にはあるらしいじゃない? 私も人間の殿方と付き合うことを考えるのなら、やっぱり、できるだけ悪いことは避けていた方が印象良いでしょ?」
「なるほど! 流石です……!」
ジャックの中にマスターの考えを否定する選択肢ももちろんなかった。
「で。アナタは下僕の条件として完璧。嫌われ者の悪人だし。万が一、私が殺しちゃったとしても無問題よ。だから私の下僕として選んであげたわ。泣いて喜んで良くてよ」
「はい……俺は嬉しいです!! 最高な気分っす!!」
ジャックは泣いた。
本当に嬉しいと思ってしまった。
嬉しいと思ってしまう自分に気づき、悲しくもなった。
「では。早速、行くわよ! 素敵な出会いを求めて!」
「了解です!!」
こうしてリエルの恋人探しが始まったのだった。
現在、八人目。未だ恋人はできていない。