第2話
「……で。ジャック。私に何か言うことあるわよね」
喫茶店の裏手。
物置になっている場所に二人の人物がいた。
一人は恋人探し中の少女リエル。美しい銀髪に黒いドレスを纏った、10歳くらいに見える少女。木箱の上に座り、足を組んでいる。
もう一人は冒険者ジャック。金髪で人相が悪い。地べたに正座させられ、リエルに見下ろされている。
ジャックはおそるおそるリエルを見上げる。
「な、なんでしょうか……マスター」
「この私を嫌みなく、わざとらしくなく、それでいて優雅に褒め称え、ウィルさんも私が好きになるような紹介文を考えておきなさいって言っておいたわよね」
「あ、はい。そうっすね……」
「で? それで? 何かしら? 『最高』だとか『いい女』だとかを繰り返すばかりで、私の魅力が全く伝わっていなかったけれど?」
「すいません。俺の語彙力ではあれが限界でして……へへ」
「言い訳しないっ!!」
リエルの右手にはいつの間にか赤い物体が握られていた。
彼女の手のひらに収まるほどの柔らかく、脈打っている赤い物体。
心臓である。
その心臓をリエルが軽く握ると、ジャックは電流が走ったように飛び上がる。
「が、ぎゃああああ!!」
リエルの手に握られているのはジャックの心臓だった。
リエルが心臓を握る度に、ジャックの体には激痛が走った。「ぎゃああああ!!」とジャックは何度も叫び、痛みにもだえ苦しみ、とうとう倒れ込んだ。
うつ伏せに倒れ込んだジャックをリエルは見下ろす。
「ジャック。よく聞きなさい? アナタはこの私『吸血鬼』リエルの忠実なる下僕になったの。私の命令は絶対。拒否することも失敗も許されていないの。おわかり?」
「は、はい。マスター……」
リエルは手元でジャックの心臓をもてあそぶ。
「あ、あのう。マスター。俺の心臓で遊ぶのはやめてほしいんですけど……」
「あら? 今度は口答えかしら? 今日の晩ご飯はジャックの心臓の串焼きにしましょうか?」
「すいませんっ!!」
ジャックは謝意を見せるために、床に頭をこすりつける。
リエルは靴を脱いだ足でジャックの頭をムニムニと踏む。
「全く。使えないブタちゃんだこと。そう思わない? 思うわよね?」
「はい! 俺は無能なブタです!!」
「ワンモア」
「俺は無能なブタです!!!」
「よろしい。特別に許してあげる。光栄に思いなさい?」
「ありがたき幸せ!!」
とジャックは頭を上げようとするが、彼女に頭を強く踏みつけられた。
「あら。頭は上げちゃだめよ。反省は、しないとね」
「うっす!!!」
リエルに頭を踏まれたままジャックは土下座の体勢を維持する。
完全にジャックは調教されていた。
「……しかし。マスター。早く席に戻らなければ、ウィルが不審に思うのではないでしょうか……?」
お手洗いに行くと席を立ったので、ウィルを席に残したままなのだ。
しかしリエルは平然と言った。
「大丈夫よ。時間は止めてあるから。殿方を長時間待たせるなんてみっともない真似したくないもの」
時間を止めた、とリエルは何でもないことのように口にする。
彼女の言葉通り、ジャックとリエル以外の時は停止していた。
落ち葉は空中で停止して、空を飛ぶ鳥もピタリと動きを止めている。
また街中の往来も完全に静止していた。人も動物も全ての動きが止まっている。
「い、いつの間に時を止める魔法を……流石ッす。マスター……」
ジャックは心の底から畏怖を込めて言った。
『吸血鬼』。
伝説上の生物。不老不死。世界の理から外れた存在。
彼らの存在は僅かな伝承に描かれるだけで、空想上の生物だと思われていた。
しかし。彼らは実在していた。
超常的な力を持つ存在として、この世界に生き続けていた。